10月30日に開かれた控訴審の1回目の期日で審理もせずに即日棄却判決を出されてしまった祐美さんの件、控訴趣意書を掲載します。
高野弁護士による趣意書は事件の全体を示し、1審の事実認定がいかにデタラメであるかを理路整然と論証し、祐美さんの無実を主張しています。
それにも拘わらず、全く実質的な審理をせずに棄却を言い渡され、あまりのことに祐美さんはその場で嗚咽を漏らし、泣き崩れたそうです。
*祐美さんのみ仮名です。祐美さんを騙した犯罪者の男たちは全て実名です。
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2007年9月6日
東京高等裁判所第6刑事部 御中
平成19年(う)第1594号
大麻取締法・関税法違反被告事件
被告人 木村 祐美
弁護人 高野 隆
控訴趣意書
頭書事件についての弁護人の控訴の趣意は次のとおりである。
第Ⅰ 事実誤認
本件は、「ラブ・コネクション」と呼ばれる手口の大麻密輸事件である(*1)。麻薬密売人の外国人が、海外経験の浅い未熟な日本人女性に接近し、親密な関係になったうえ、その関係を利用して言葉巧みに女性を利用して海外から日本に薬物を密輸するのである。被告人は最愛の「恋人」チャールズから携帯電話の輸入ビジネスの手伝いをして欲しいと頼まれ、オランダに行き、現地にいる「チャールズの友人」レイからアフリカンフードの缶詰を「チャールズに渡して欲しい」と言って託されて、缶詰の入ったスーツケースを持って帰国しようとしたのである。
彼女は缶詰の中身が大麻であることを知らなかった。彼女は、うら若き乙女の純情を土足で踏みにじられたうえ、知らないうちに「運び屋」に仕立て上げられたのである。原判決は、被告人のスーツケースを検査した税関職員の抱いた印象をもとに再構成した「税関検査時の被告人の言動」を主たる根拠として、被告人は缶詰の中身が大麻であることを認識していたと認定した。この原判決の事実認定は、犯罪事実の認定は合理的な疑問を超える程度の確信に達していなければならないという刑事裁判の鉄則に違反し、事実を誤認するものであって、破棄されなければならない。以下詳論する。
(*1)「若い女性『運び屋』のワナ」日本経済新聞2003年8月2日(夕刊)。
1 真相
木村祐美さんは典型的な田舎の優等生であった。彼女は、幼少のころから貧しい家族に迷惑をかけずに自立することをめざして懸命に勉学に励んだ。進学校と言われる県立高校に進んでそこでもトップの成績を収め、授業料全額免除の特典を受け、さらには全校生徒を代表して学校紹介のパンフレットに紹介された。横浜市立大学商学部経営学科に進学後、厳しい選抜試験に合格して2つの財団から奨学金を獲得し、定員30人の寮に入ることも出来た。
彼女は将来国際的なビジネスを起業することをめざして、やはり狭き門をくぐってマーケティングのゼミに入った。そこでも懸命に学び、産学協同プログラムの懸賞論文に取り組み、みごと優秀賞を獲得した。寮長に選ばれ、寮生を指導する立場にもなった。そして、念願かなって横浜市内にある物流会社に唯一の女子総合職としての就職が内定した。刻苦勉励の末に、子供のころからの夢に彼女は一歩近づいた。そう彼女は思った。
しかし、彼女の夢は、1人のナイジェリア人男性、チャールズ・ンナディ・チュクメワカとの出会いによって潰え去ったのである。
木村祐美さんは、ゼミの友人に誘われて、横浜市内の外国人が良く出入するクラブに出かけた。気分転換と黒人音楽やその文化への興味、そして、英会話の勉強が出来るということから彼女は勉強の合間にクラブに通うようになった。そこで、彼女はラファエル・オテロというアメリカ人男性と出会い、恋に落ちる。ラファエルは横須賀基地に出入する軍属であるが、しばしば帰国した。一度帰国するといつ来日するかは定かではない。メールのやり取りでは埋められない心の隙間に彼女は身を焦がしていた。そこに登場したのがチャールズである。
チャールズは、アメリカに移民したナイジェリア人の子供で、自身はニューヨーク生まれのアメリカ国籍であり、「横須賀基地に勤めるオフィサーだ」と自己紹介した。木村さんは、ラファエルという恋人がおり、チャールズとは友達づきあいしかしないつもりであった。しかし、あるときチャールズは思いがけないことを言った。
「僕は米軍の人事の仕事をしていて、個人のファイルを見ることができる。ラファエルには奥さんがいる。彼は離婚しておらず、アメリカでは奥さんと暮らしている」。
チャールズは言葉巧みに木村さんに近づき、彼女を口説いた。彼女は、いつまた会えるかわからないラファエルのもとを離れ、チャールズと親密な交際をするようになった。
チャールズは「イラクに出兵する兵士の選抜にかかわるのは嫌だから、軍を辞め、都内にある会社に勤めた」と言った。
2005年2月、チャールズは木村さんを中国旅行に誘った。彼女にとってはじめての海外旅行だった。この旅行の際に、チャールズは上海で携帯電話を20個も購入した。海外で販売される携帯電話はSIMカードを入れ替えることができ、外国のキャリアーと契約している人ならば、中国で買った携帯電話を世界中で使うことができる。チャールズは帰国後この20台の携帯電話を全て売りさばいた。木村さんは携帯電話の輸入ビジネスという仕事があることをこのとき初めて知った。
その後しばらくして、チャールズは、中国製品は粗悪なので、ヨーロッパから携帯電話を輸入する仕事をはじめると言い始めた。そして、2005年11月、チャールズは、木村さんに、「いますごく困っている」と言いながら相談を持ちかけた。ベルギーに携帯電話を売る会社を見つけ、自分が買い付けに行く予定であったが、会社の休暇を使えなくなった、このまま放置すると保管料がかかってしまう、祐美、代わりに行ってくれないか、と。
なぜ彼女が行かなければならないかについて、チャールズはこう説明した――郵送では携帯電話が破損する危険がある。アムステルダムの友人に航空券を渡せば、ベルギーの会社が携帯電話を君の預託荷物の枠を使って、オーストリア航空に預けてくれる。帰国すると携帯電話は千葉の保管所に預けられ、君の航空券と照合して一連の手続が済めば受け取れる。
木村さんは、彼の役に立つならと当然この役を引き受け、単身でベルギーへと向い、彼の指示通りアムステルダムにいる彼の「友人」と連絡をとった。その友人は、帰り際に「帰ったらチャールズに渡して欲しい」と言ってアフリカン・フードの缶詰を持参した。何も疑わずに彼女はそれを持って帰国し、「お土産」をチャールズに渡した。
このようなことがその後も何回も行われた。木村さんは、チャールズの指示で携帯電話の購入資金を指定された口座に送金する手伝いもするようになった。缶詰は、池袋のアフリカンレストランやその周辺に集まる外国人に好まれるらしく、チャールズはそれを彼らに売ったり譲ったりした。木村さんがその運搬を頼まれたこともあった。彼女は、就職が決まり卒業が決まったが、最愛の恋人のビジネスを本格的に手伝うことを決心し、女子唯一の総合職を辞退した。彼女自身、将来国際的なビジネスを自ら起業する夢を持っている。そのためにもこれは良い経験であるに違いない。そして、何よりも、私たちは心の底から愛し合っている。
しかし、全ては虚妄であった。チャールズの全てが嘘であった。彼は、アメリカ人ではなかった。彼はナイジェリア人であった。彼は横須賀基地のオフィサーでもなかった。彼が通う「プレクストン」なる会社は存在しない。彼には日本人の妻がいた。
そして、アムステルダムのチャールズの友人が木村さんに渡した缶詰の中身はアフリカンフードではなく、大麻だった。木村祐美さんは恋人チャールズに騙されて、大麻の「運び屋」にされたのだ。これが本件の真相である。
(続く)
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