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国策死刑
白坂の雑記帳 : 投稿者 : 白坂@THC主宰 投稿日時: 2008-05-04
白坂の雑記帳

光市母子殺害事件の差し戻し審、広島高裁判決は「国策死刑」だと思う。

私は、死刑制度に反対だ。殺してよい人命などない。まして国家権力の名において。そう思うからだ。
加害者の権利ばかりが擁護され、被害者や遺族の権利がないがしろにされているという批評を聞くことがある。社会として、被害者や遺族への配慮は十分になされるべきだ。だが、それを粗末にしているのは、テレビカメラを構えて押し寄せるマスコミではないのか。
加害者・被告人の権利は、裁こうとしている権力との対比で考えられるべきだ。現状は、捕まったら最後、警察や検察は圧倒的な物量で捜査し、できるだけ重い罪名に導こうとする。無実であろうが捕まると、経済的な余裕がなければ弁護士を雇うことすらできない。刑事司法における「格差」だ。
刑事司法の場では、被疑者の権利などまるで考慮されていない。あくまでも、捕まえて裁く権力の都合で作られているシステムだ。

これほど冤罪が多いのだから、誤判で死刑が確定した人が少なからずいるだろう。再審が決まった人たちの他、既に執行されてしまった人も含めて。
裁判は、人間がやることだから、事実認定を誤る可能性をゼロにはできない。死刑は、取り返しが付かない。

殺したことが事実でも、罪名や量刑は殺害に至る動機や経緯によって異なる。それを明らかにするのが法廷であるはずだが、現実はそうなっていない。だから冤罪が多いのだ。

取り調べを受けたことのない人には想像しにくいかもしれないが、取り調べる者たちは、被疑者が言ってもいないことを調書に書くし、書いてほしいことを書かない。自白調書が作られてしまうと、それは裁判でとても大きな意味を持ち、法廷で覆すのは極めて困難だ。

ヤクザ者に騙されて何も知らずに大麻の運び屋をやらされ、実刑懲役3年半が確定し、今も服役している高藤さんは、取り調べの時、あまりにも信頼できない刑事たちに辟易し、裁判で言えば裁判官には本当のことが分かってもらえると思って、供述調書に署名してしまったそうだ。高藤さんが荷物の中身を知っていたことを示す物的証拠などなかった。1審では無罪だったが、検察が控訴し、二審で逆転有罪になった。上告するに際し、高藤さんは冤罪事件で著名なA弁護士に電話で相談したが、「私は高いですよ、250万」と言われ、弁護の依頼を断念している。地獄の沙汰もカネ次第。

光市母子殺害事件を起こした元少年は、家裁段階で、4・5歳程度の善悪判断しかできない精神レベルだと鑑定されている。

元少年の父親は家人に日常的に暴力を振るっていたそうだ。元少年は、逆さ吊りにされて水風呂に浸けられたり、殴る蹴るの暴行を日常的に受けて育った。父親の暴力は、元少年の母親にも向けられていた。夫からの暴行を苦に、元少年の母親は自宅で自殺した。発見したのは元少年だったそうだ。13歳、中1の時。事件を起こす5年前の出来事。元少年自身の魂も深く傷ついていただろう。

逮捕後、元少年は言われるままに供述調書を取られたことだろう。性体験もなく、魂の病んだ元少年は、殺人と障害致死の違いなど知りもしなかっただろう。 安田弁護士は元少年の精神年齢について、「4・5歳は言い過ぎで、12・3歳」だと言っている。

弁護士も付かぬまま取り調べを受け、供述調書を、その意味も知らずに取られ、起訴され、裁判を担当したのは国選の弁護士だった。

弁護士は、事実認定は争わず、情状酌量を訴え、減刑を主張する法廷戦略を採ったのだろう。一審で無期懲役が言い渡され、検察が控訴し、高裁も一審判決を維持した。だが検察が上告した。無期では甘い、死刑にせよ、殺せ、と。

検察が上告してから3年8ヶ月。最高裁は弁論を開くことを決定した。それは高裁判決を見直すことを意味していた。

上告審を担当することになった弁護士は、安田弁護士に上告審の弁護を依頼し、国選弁護人が交代となった。弁論期日2週間前のことで、十分な準備ができない。安田弁護士は期日延期を最高裁に申し出た。これまでも同じように期日の延期を申し出ることはあり、それが拒まれたことはなかった。しかし、この件では、即日のうちに、事情の確認もなく、最高裁は期日延期の申請を却下した。それでも出廷できないと伝えれば、最高裁自らが他の弁護人を指名することになるだろう。それでは引き受けた弁護をまっとうすることができない。安田弁護士は、期日前日に最高裁に出廷できないと通知した。マスコミによる弁護団バッシングが激しかったのは記憶に新しい。事実認定を再検証しようとする弁護側の真意を伝えず、一方的なバッシングを募らせるマスコミと世論に私は恐怖を覚える。
検察の上告から3年8ヶ月を置いて弁論を決定し、弁護側には2週間しか与えない最高裁。弁護団を叩くマスコミと、それに煽られた世論。関東学院大学のラグビー部の部員が、寮の押し入れで大麻を栽培して捕まったとき、当局に乗せられて大バッシングを展開したマスコミと世論を私は想起する。

安田弁護士が元少年に初めて面会したとき、元少年は、開口一番、「初めから殺そうと思っていたわけではない」と言ったそうだ。赤ちゃんを頭から床に叩きつけたという、マスコミが書き立て、言い立てた、検察の主張を裏付ける痕跡は、遺体にない。
安田弁護士たちは、まず事実を再検討すべきだと主張した。だが、最高裁の意を受けた広島高裁は、事実認定の再検証を、被告人が反省していない証拠として扱った。
弁護団は上告したが、最高裁の計画通り、死刑が確定するのだろう。事実を大切にすることよりも、判例の変更を優先した恣意的な政治的裁判だ。

この間、大衆には、マスコミを通じて被告人の残虐性が喧伝される一方、遺族への感情移入が誘導され、死刑を肯定する世論が強化された。大衆の激情と逆上を見込んだうえでの、司法行政の誘導による殺せ殺せの大合唱。警察と検察の作り話にお墨付きを与える裁判所。大麻取締法違憲論裁判と全く同じ構図。

病んだ元少年の魂が求めていたのは愛だったのだろうと思う。
病み傷ついた幼い魂を、私たちの社会は導くことができなかった。元少年の魂は、大切な二人の命を奪うほど病んでいた。
罪の深さと重さを自覚させること。元少年には、そのような刑が必要だと思う。

遺族にも、加害者にも、魂の救済が必要なのだと思う。私たちの社会は、どのようにそこに関与できるのか。

病んだ魂を、社会としてどのように救済できるのか。そのような回路、個人が魂を深く病まずに済む社会をどのように作れるのか。そのことが問われているのだと私は思う。

光市母子殺害事件の差し戻し審の判決、そして最高裁で下されようとしている判断は、死刑の存置や廃止の問題を措いて、事実認定を軽視した国策死刑である。

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