祐美さん本人が書いた控訴趣意書です。
叫びのように聞こえませんか?
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控訴趣意書
2007年9月6日
被告人 木村祐美
東京高等裁判所第4刑事部御中
記
私は、氏名不詳者らと共謀の上、大麻を営利目的で密輸入したとして、千葉地方裁判所で有罪判決を受けましたが、それは事実無根です。
私は大麻の密輸入を誰とも共謀していませんし、アムステルダムでチャールズという人から缶詰を持っていって欲しいと言われて持ち帰っただけです。その中身が大麻であるということは全然知りませんでした。これから今回の事実について説明します。
1、幼少期から大学までの過程及び背景
一、栃木県での生活
私は、栃木県で父■■■■、母■■■■ の娘として生を受けました。昭和58年5月13日に次女として生まれ、姉であるさゆり、妹、弟の4人兄弟の中で育ちました。家庭はとても貧しかったので物心ついた頃から「大きくなったらひとりで事実して生活しよう」「親にも、誰にも迷惑をかけたくない」と強く心に誓っていました。そのための手段として勉学に励むことは自分にとって重要な意味を持っていましたし、大学へと進学する意思は固く、絶対に奨学金をもらって通うんだ、と計画を立てていました。成績は、小学生・中学生時にも良い方でした。地元の中学校に通い、3年時には10クラス程度あった学年の中で各クラスに1名ずつ選出される優秀生の一人として警察署で表彰を受けたこともあります。
高校への進学は学費の面と大学受験を考慮して県立に行こうと思い、栃木県立矢板東高等学校の普通科に平成11年4月入学しました。進学校であり、クラスは文系・理系に分かれており、私は文系の中で、1クラスしかない国公立クラスという選抜クラスに属していました。成績は、4・5位だったと思います。県立だったので学費は非常に安かったのですが、それが払えずに滞り状態がずっと続いたため、途中から奨学生として学費免除をしてもらえることになりました。
また、部活動として山岳部に入っていたこともありました。栃木県内の山に2泊3日の短期日程等で、他の高校と合同で登頂したり、20キロ以上のリュックを背負って移動したりしました。夏期には、日本アルプスの八ヶ岳に登ったりしました。険しい道程を乗り越えた後の達成感、目的に向かって努力すること、やり遂げることを学んできました。
高校卒業後は、高校が受験生や各中学校等、一般的に配布する学校案内のパンフレットを作成するとのことで、元担任の先生の推薦で卒業生の代表として、文系の代表で紹介文を書くようにとお話をいただき、高校生活について拙文載していただいたこともあります。
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(10)結論
以上検討したように、原判決の認定手法には非常に大きな問題がある。判決が掲げる情況証拠によって、木村祐美さんが缶詰の中身が大麻であったことを知っていたと合理的な疑問を入れない程度に証明されていると考えることは不可能である。
3 情況証拠の検討
原判決が掲げる以外の情況証拠を見てみよう。
木村さんは真面目一辺倒のうぶな女子大生であり、男性経験に乏しい。彼女は、黒人音楽に興味があり、英語が話したくてクラブに出入するようなタイプの女子大生だったのである。そして、「オフィサー」 の意味もわからず、クラブに出入する外人と接触した。
「ラブ・コネクション」のカモを探している不良外人にとって、これ以上にイージーなゲームはなかったであろう。
チャールズは木村さんを徹底的に騙していた。
アメリカ生まれのアメリカ人で、ニューヨークに病気の父親がいるとうのは嘘である。
軍籍――人事の仕事をする米軍のオフィサー――も嘘。独身で結婚したことがないも嘘。彼にはれっきとした日本人の妻がいる。であるにもかかわらず、木村さんは逮捕されて事実を弁護士から聞かされるまでチャールズは独身だと思っていた。彼女は心底チャールズを愛していたのである。
彼の「除隊」後の仕事――東京駅近くにオフィスがある「プレクストン」という会社でSEをしている――も真っ赤な嘘である。
このように嘘で固めたチャールズが、缶詰の中身についてだけ本当の話しをするなどということがありえるわけはない。
ベルギーの会社から携帯電話を買うという話も、オンボード・クーリエの話も、全て、木村さんを騙して「運び屋」に仕立てるための嘘だったのである。
木村さんは、一生懸命に就職活動をしていた。そうして、ようやく、彼女は希望の会社に就職が内定していたのである。
幼いころからの夢が実現しようとしていたのである。その彼女が、「薬物の運び屋」をやるために内定を断るなどということがありえるだろうか。絶対にない。
彼女は産学協同プロジェクトの懸賞論文に全精力を捧げたのである。その彼女がようやく手にした物流会社の総合職の地位をどうして、大麻密売人の手下という地位と交換するだろうか。絶対にありえない話である。
彼女は、ごく親しい友人やゼミの恩師に、せっかく内定した会社を断って「友人とビジネスをはじめた」「輸入業をしている」と報告している(甲56・「英文メール訳文作成報告書」29、335、381頁)。これこそ彼女の真意を物語るものであろう。彼女は自分の夢をさらにステップアップするために、就職を蹴ってチャールズの手伝いをすることを決断したのである。
ところで、携帯電話を輸入するビジネスは実在する。木村さんの原審における説明は次のようなものである――外国の携帯電話はプリペイド式になっていて、先払いして使う;中にチップが入っていてそれを差し込んで使う(記録74頁)。これはチャールズが彼女にした説明であるが、間違ってはいない。日本以外の国の携帯電話はキャリアー(電話会社)に登録したSIMカード を入れ替えることで全ての機種を使うことが出来る。だから、ユーザーはキャリアーに依存することなく機種を変えることができる。電話機の販売がビジネスとして成り立つのである 。実際に、木村さんは最初の海外旅行の際に上海でチャールズが携帯電話を20個も買うのを見た。彼が「携帯電話を海外で買い付けて輸入するビジネスをしている」という説明を彼女が信じたとしても無理はない。
彼女はオランダやベルギーに行くことを秘密にしていない。友人らに話したりメールで知らせたりしている(甲56・205、462頁)。もしも彼女が大麻の運び屋であるという自覚をしているのであれば、これはありえないことである。
木村さんは、チャールズに頼まれて、オランダやベルギーと日本との間を繰返し往復したが、それによって何らの利益も得ていない。もしも毎回時価2000万円以上の大麻が運ばれたのだとすれば、木村さんはチャールズから莫大な報酬を得ていたはずであり、そうでなければそのような仕事を繰り返すことはありえない。
BROOK STONE横浜の家賃をチャールズが支払っていたが、これは2人で住むための部屋であり、チャールズが家賃を支払うというのは自然なことである。チャールズはこの家のことを「私たちの家」("our house")と言っていた(甲56・「英文メール訳文作成報告書」499頁)。搬入したベッドも大きなダブルベッドであった(被告人質問・記録108頁)。
4 結論
このように、本件の情況証拠は、彼女が騙されていたこと、「ラブ・コネクション」の魔の手にさらわれた被害者だったことを示している。
原審は、曖昧で多義的な「間接事実」を恣意的に取り上げ、一面的な解釈を施して、本来被害者であるはずの木村祐美さんを大麻密輸組織の一員と認定し、重罰を科した。
原判決が一刻も早く破棄されて、彼女が本来いるべき場所に戻ることを弁護人は心の底から願う。
第Ⅱ 事実誤認及び法令適用の誤り
原判決は、木村祐美さんが逮捕当時に所持していた現金2万円と123ユーロ12セントを没収するとの判決を言渡した。その根拠として、原判決は「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法の特例等に関する法律」11条1項1号を掲げた。同号は「薬物犯罪収益」の没収を定める規定である。
しかし、木村祐美さんが逮捕当時所持していたこれらの現金が「薬物犯罪収益」であることを認めるに足りる証拠は存在しない。
原判決は証拠によらずにこの現金を薬物犯罪収益であると認定し同号を適用したが、これは事実誤認かつ法令適用の誤りである。
以上
以上、高野弁護士による控訴趣意書である。これを、東京高裁(裁判長裁判官・池田修、裁判官・吉井隆平、兒島光夫)は公判初日に即日棄却した。信じがたい暴挙である。いったい何のための裁判なのか。
祐美さんは現在上告中である。
優秀な妹を誇りに思い、学費を支援してきた姉のさゆりさんは、最低の糞男・チャールズに殺意すら感じている。
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(8)「感謝のメール」
原判決がいう「大きいバッグを運搬することを感謝する電子メール」というのは、チャールズが2006年3月21日付で木村さんに送信した電子メールであり、その全文は次のとおりである。
thanks for coming today. you made my work very easy for me. thanks a lot. i know it is not easy to go and come back and carry big bag. i am so sorry. i hope to see you genki when you come back. take care.
今日は来てくれてありがとう。おかげでうまく行った。本当にありがとう。行ったり来たりしたり、重いかばんを持ち歩くってのは大変だね。申し訳ない。また元気な君に逢いたい。気をつけて。
チャールズが木村さんにお礼を言っているのは確かだが、何に対するお礼なのかはわからない。「行ったり来たり」「重いかばんを持ち歩く」といのが誰のことなのか、どのような場面なのかも、この文面からは不明である。
このメールに対応する木村さんの送信メールがあるはずだが、不思議なことに甲56の報告書の「送信メール」はこの翌日の3月22日から始まっている。3月21日の分がない。
チャールズからはこのメールの前に「カメラはどこで買えるかな?」「今、終わった。カメラを欲しがっている友達には話していないんだ」「いま、池袋にいます」「待ってます」というメールが送信されている。
そうすると、この感謝メールは、彼がカメラを買うのに彼女が付き合い、その過程であちらこちら行き来したり、かばんを持って歩いていた状況があった、このようなことにつき合わせて申し訳ない、というメールであった可能性が十分にある。
この1片の曖昧なメールを、大麻の「運び屋」をやってくれたお礼のメールだと決め付ける原審裁判官の想像力は非常に偏っている。
言い換えれば、原審裁判官は木村さんを有罪と決め付け、「何か有罪の証拠はないのか」という姿勢で証拠を評価しているのである。
(9)缶の運搬や意見
原判決は、木村さんが「チャールズの意を受けて缶詰を運搬したり、缶詰の譲渡について意見を述べたりしていた」と認定している。
彼女が缶詰を運搬していたという認定の根拠は、2006年5月2日付のメール(甲56、603頁)に出て来る
"Please can you do me a favour by going to ikebukuro tomorrow around 7 pm to give my friend 2 cans of the juice. peach is ok."
(「明日午後7時ころ池袋に行って、私の友達にジュースを2缶渡してくれないか。ピーチが良い」)
という記載である。この記載から、彼女が缶詰の中に大麻が入っているのを知りながら「運び屋」としてこれを池袋に運搬したと認定するのは強引過ぎる。
フルーツやジュースの缶詰の中から、友達がピーチのジュースを欲しがっているので、僕の代りに渡して欲しい、という趣旨のメールであるに過ぎない。
そして、「ピーチが良い」(peach is ok)と言うのは、もしも缶詰の中身が全て大麻であることを木村さんが知っているのだとしたら全く意味のない表現である。
チャールズが「ピーチが良い」と言ったのは、少なくとも彼は彼女に対して、缶詰はラベルごとに中身が違うという前提で話しをしていること――より端的に言えば、彼女に対して中身が大麻であることを隠していたこと――を示しているのである。
「缶詰の譲渡について意見を述べていた」という認定の根拠は、チャールズの2006年5月20日付メール(甲56、625頁)に出て来る次の表現であろう。
Thanks for your advice today. I was thinking about that guy before you called, just that I promised that guy that I will give him the remaining cans for cheap price.
今日は助言をありがとう。あなたが電話をくれる前に、あの男のことを考えていました。彼に残りの缶詰を安い値段で譲ることを約束したばかりだったんです。
ところで、このメールは木村さんからの「あなたが帰って欲しいというのであれば、私はいつでも戻ります。大丈夫ですか。何かあったんですか」というメールに対する返信である(甲56、625頁)。
チャールズのメールにいう「アドバイス」というのは缶詰の譲渡に関するものではない(被告人質問・記録137頁)。
このメールをやり取りしているとき、チャールズはナイジェリアに滞在し、木村さんは栃木県の実家に滞在していた。
千葉の保税蔵置場に荷物が預けたままになっていると保管料がかかってしまうので、必要があれば自分が代りに取りに行ってもいいという話を木村さんがしたのに対して、チャールズは「アドバイスをありがとう」と言ったのである(被告人質問・記録138頁)。
缶詰を安く譲る約束をしたというくだりの後に、"If it can be possible for you, I will like to give it to him…"(もしもあなたが可能ならば、彼に渡したいんだが……)という文章が続く。要するに、ここでもナイジェリアにいる彼に代って缶詰を渡してくれないかという単純なお願いがなされているのであって、缶詰の処分について彼女が意見を言ったなどということではないのである。
(続く)
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(6)「オンボード・クーリエ」について
これは木村さんがチャールズから説明されたことを税関職員に話したものである。彼女は、チャールズから、オーストリア航空を利用する目的として、彼女の名前で荷物を運ぶ枠を確保しそれを利用して携帯電話を日本に運び込むことが出来るシステムがあり、それはオーストリア航空など一部の航空会社しかやっていないと説明されたのである(被告人質問・記録85頁)。彼女自身は「オンボード・クーリエ」という言葉すら税関職員に聞かされるまで知らなかった(同86頁)。
オーストリア航空がOBC契約をしていないのが事実だとして、それは木村さんの悪意を証明するものではない。むしろ、彼女がチャールズに騙されていたことを証明するものである。
木村さんは帰国したときには必ず航空券の半券をチャールズに渡した。チャールズは千葉にある「保管所」から荷物を運び出すためには航空券の半券が必要だと説明したのである(同113頁)。
いずれにしても、原判決は、OBC契約がないことを木村さんの悪意の証明に使っているが、これが論理的に誤っていることは多言を要しないだろう。
(7) 5回渡航して缶詰を持ち返っていること
原判決は、この事実を捉えて木村さんが大麻の存在を認識していた証拠としている。しかし、これは明らかにおかしい。
5回の渡航の際に彼女が持ち帰った缶詰の中身が大麻であったという証拠はどこにもないからである。このことが証明されない限り、この「過去の悪事による故意の認定」という性格証拠禁止の例外(最3小決昭41・11・22刑集20-9-1035)はありえない。
ここでも原審裁判官(*THC注 A)の証拠裁判主義を無視した予断偏見が露呈しているのである。
ところで過去5回の渡航の際にも同じような缶詰をチャールズの友人から渡され、それをスーツケースに入れて帰国し、チャールズに渡したという事実を証明する証拠は木村さん自身の供述以外にはない。もしも、彼女が缶詰の中身が大麻であることを知っていたとしたら、彼女は進んでこの話をするだろうか。決してしないだろう。彼女は、缶詰の中身がアフリカンフードだと思っていた。そう信じて疑わなかった。だからこそ、彼女は税関職員や警察官に、以前にも同じような缶詰を渡されたことがあると進んで話したのである。
(*THC注 A)原審裁判官は千葉地方裁判所刑事二部総括裁判官古田浩。
裁判官古田浩は、千葉で行われた「裁判員制度全国フォーラム」のパネルディスカッションで次のように述べている。
日本の刑事裁判は国際的に見ても信頼されていますが、法律専門家がやっており、法廷でも難しい言葉が飛びかったり、判決内容についても国民の感覚とズレているという話を聞くこともあります。そういうところを裁判員制度を導入することによって、身近で分かりやすいものにしたいのです。
(中略)
常識で判断するにあたっても、やはり法廷での証拠関係をもとに評議していただくことになり、証拠をどう見るかということなどに、自分の経験に裏打ちされた発言をしてほしいということです。その意味では、マスコミ報道、そのほかを前提に発言するということは絶対に避けてほしいと思います。
祐美さんの姉・さゆりさんは、千葉地裁での初公判報告に、次のような思いを綴った。
初公判の日程が決まった時、裁判所から弁護士に「2時間の時間を設けるから1回で終わらせてほしい」と言われたようなのですが、弁護士は激怒して、「こっちはいろんな証拠を出して、徹底的にやりますから」と言ってくれたのです。
法廷の部屋の前に貼ってある日程表を見ると、妹の予定は一番最後で、時間も2時間とってありました。
たった1回の裁判で終わらせようとするなんて、本当に怒りがこみあげてきます。
裁判所は毎日、多くの裁判が行なわれているわけですが、彼らにとっては、たくさんあるなかの一つにしか過ぎません。
しかし、私達にとっては、人生が決まってしまう、とても重要なことなのです。国選の弁護人を選任していたならば妹の裁判は2時間で終わってしまったでしょう。
また、さゆりさんは、この一審千葉地裁で午前中に開かれた妹の公判を傍聴し、正午に近付くにつれ、古田浩裁判官が落ち着きなく時計を気にし始めた光景を見ている。早く終わらせたいという様子がありありと感じられたそうだ。お昼ご飯でも気になったのだろうか。
「判決内容についても国民の感覚とズレているという話を聞くこともあります」などと他人事のようにほざかないでもらいたい。たわけ、古田浩、お前のことである。
裁判員制度によって国民が裁かなければならないのは、被告人ではなく、このような裁判それ自体なのである。
(続く)
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(5) 税関検査時の被告人の言動
それでは、原判決があげる関節事実を個別的に検討してみよう。まず、税関検査時の木村さんの言動である。
彼女がパスポートを提示して旅具検査を受け始めたときの状況について、税関職員は「特に普通の旅客と変りありませんでした」と言う(天野・記録6頁)。彼女は、税関職員に視線を合わせており、特にそわそわした様子はなかった(天野・記録12頁)。
スーツケースをあけるよう職員に求められたときも嫌がる様子はなく、彼女は「いいですよ」と答えた(天野・記録14頁)。
税関職員が缶詰を取り出したときも「特にそれまでと変っていないようでした」(天野・記録9頁)。
エックス線検査をしてもいいかと問われて被告人は拒否せず同意した(天野・記録9頁)。
これまでの彼女の態度に「有罪意識」あるいは「大麻であることの認識」を示す兆候はまるでない。
しかし、天野証人は、エックス線検査に向う税関職員を見て、木村さんは、大きなため息をつき、少し目に涙がにじんでいるようであったと証言した(天野・記録10頁)。
しかし、この証言は客観的な証拠に反する。まさにこのときの木村さんの様子を撮影した写真(甲19・写真撮影報告書添付写真1、5、33)には目に涙がにじんでいる様子など映っていない。落胆した表情すらない。困惑した硬い表情が写っているのである。
また、天野証言はもう1人の税関職員大泉証人(エックス線検査を実施した税関職員)の証言と矛盾する。大泉氏は、木村さんは「いいですよ」と答え、表情に変ったところはなく何も感じなかった、と証言しているのである(大泉・記録25、45頁)。
エックス線検査を終えて旅具検査台にもどったときも、木村さんの表情に不審な点はなかった(大泉・記録27、35頁)。
エックス線検査の結果缶詰の中に液体が入っていないと感じた税関職員は、缶詰を開けても良いかと尋ねた。これに対しても木村さんは「はい、開けてもいいです」と答えている(大泉・記録29、55頁)。そのときの表情にも特に変ったところはなかった(大泉・記録30、31頁)。
そして、缶詰の中身を取り出して鑑定することについても、木村さんは拒否的な態度を一切とっていない(大泉・記録42頁、43頁)。
このように、まさに缶詰が開けられ中身が取り出されるその瞬間に至るまで、木村さんは、うろたえたり悲しんだり狼狽したりする様子は一切なかったのである。これらの態度から、彼女が缶詰の中に大麻が入っていることを認識していたと認定するというのは、およそ常識に反することである。
缶詰から予想外の物が登場して「驚愕しているといったような様子はなかった」という原判決の認定についてみてみよう。缶詰のX線画像を確認させたときの木村さんの様子について、大泉証人は、検察官から「動揺したりはしていなかったですか」と問われて、「私は、特にそれはわかりませんでした」と答えた(大泉・記録35頁)。さらに次のような問答がなされた。
問:缶詰の中からそういった粘着テープで巻かれたものがでてきたときの被告人の表情は、特に変ったことはありますか。
答:いえ、特に何も感じていないです。
問:自分がフルーツなどの缶詰だと思っていて、その中から変なものがでてきたら、普通はそんなはずがないとか、いろいろ説明をしてくれる人がいると思うんですが、被告人はそういう説明をしたりしていましたか。
答:していません。(大泉・記録37頁)
問:[缶詰の中身を見た後]被告人の表情とうのは、特に変化がありましたか。
答:そのことでは特に感じていないです。
問:自分がフルーツの缶詰買ってきて、その中に変なものが入ってたら、そんなはずはないと、そんなものは買っていないという答をするように思うんですが、そういったことありましたか。
答:いえ、特にないです。(大泉・記録42頁)
いずれも検察官の強引な誘導尋問に返答しただけであり、かつ、木村さんの内心を忖度させる尋問に答えさせるものであって、このような証言に証拠価値を認めることはできない。予想外の物が入っていたら「普通はそんなはずがないとか、いろいろ説明をしてくれる人がいると思う」という検察官の意見は、決して人間の通常の反応を言い当ててはいない。意外な出来事に出会ったときの人の反応は千差万別であり、何も言えずに沈黙してしまう人もたくさんいるだろう。血相変えて反論したり、言い訳がましく弁じたてる人が、実は一番怪しいということも良くある話である。
ところで、木村さんが缶詰から予想外の物が登場して動揺していたことは証拠上明らかである。彼女は、そのとき缶詰の一つをさして「私が買った物もあります」と言った(大泉・記録33頁;被告人質問・記録133頁)。
中身が大麻であることを知っていたら彼女がこのような発言をするわけはない。自分が「買った」という缶詰が開けられて大麻が出てくることで、それが嘘であることが簡単にばれてしまうからである。彼女は、以前、アムステルダムで同じアフリカンフードの缶詰を購入したことがあったので、咄嗟にそう説明したのである。彼女は缶詰からアフリカンフードが出てくるに違いないとそのとき信じていたから、そして、いま目の前で展開する出来事の意味を了解できないでいたから、このような発言をしたのである。そんなはずはない。あの缶詰は以前スーパーで買ったことがある。果物が出て来るはずだ。このエピソードは、彼女がまだ事態を飲み込めずに精神的に混乱していることを示している。
つぎに「内容部が大麻であることを示唆するような発言」さえしたという裁判所の認定を見てみる。
缶詰を開けた段階で税関職員は「この匂いわかる?」と尋ねた。木村さんは
「わかりません」
と答えた。
「例えるなら、どんなにおい?身近にあるものだったらどんなにおい?」
「たばこっぽい匂い、葉っぱみたいなにおい」
そう木村さんは答えた(被告人質問・記録31頁;大泉・記録38、55頁)。
職員はさらに続けて、
「これは何だと思いますか」
と尋ねた。
「ソフトドラッグ」
「例えば何?」
「大麻」。
このようなやり取りである(被告人質問・記録97頁:大泉・記録41頁)。
この問答が行われる前に、大泉は、木村さんに、違法薬物のリストが写真と図解で表示されている「申告書慫慂版」を示している(被告人質問・記録97頁;大泉6頁、26頁)。
この一連の流れを端的にみれば、缶詰が開封され、かつ、さまざまな示唆を与えられた上で「例えば何?」と、推測を聞かれて、「大麻」と答えたのであって、最初から中身が大麻であることを知っていたことを示唆するような言動でないことは、明白である。
原判決は、荷物検査の際の「被告人の言動」を認定するにあたって、税関職員の証言のみによっている。彼らは主観的な「印象」や「感想」を述べているに過ぎない。証拠価値は著しく低いことは誰の目にも明らかであろう。ちなみに、成田国際空港の荷物検査台の真上には防犯カメラがある。本件のような事件が起った場合にその映像を保存することは可能であり、保存しているはずである。これを取寄せて確認すれば、「被告人の言動」を客観的に認定することは可能であった。
そして、木村さんは、荷物検査台に並んだとき、自分の何人か前の人が開披検査を受けたのを見て、前に並ぶ人の中には別の検査台に移ろうとした人がいた。しかし、自分はそうしなかった、と供述した(記録82頁)。この様子も防犯カメラの映像で裏付けられたはずである。そうすれば、木村さんの「言動」が大麻を認識していたことを推認させるなどという認定はありえなかったであろう。
原審は、客観的で信憑性が高い証拠を集めることが可能であり、そうすべきであるのに、それを怠り、却って信憑性の低い恣意的な証拠によって恐ろしく偏った事実認定をした。
(続く)
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(4)不自然な言動というものについて
原判決は、税関検査の際の被告人の「言動」を根拠にして、彼女の内心を認定している。しかし、この認定手法それ自体に多くの危険性がある。以下の文献は、このことに言及するものである。
石塚章夫「情況証拠による主要事実の認定」石松竹雄ほか編『小野慶二判事退官記念論文集 刑事裁判の現代的展開』(勁草書房、1988年)129頁:
「不自然な言動」とか「ことさらな虚偽」といった評価は、たとえその評価が正当なものであるとしても、そのことから主要事実を積極的に推理するにあたっては、十分慎重な態度をとらなければならない、ということである。真犯人でなくても、事件に何らかのかたちでかかわった者や、他に自己に不利益な事実を秘匿しようとする者は、そのことを隠蔽するため右のような不自然な言動やことさらな虚偽をなすこともありうるからである。
足立勝義「英米刑事訴訟における情況証拠」司法研究報告書5巻4号190頁:
茲に注意すべきは、有罪無罪の意識を示す行動や言語についてである。かかる言動から右の意識を推理するに際しては、極めて慎重なる態度を要する。蓋し、如何なる言動も単独では必ずしも決定的に有罪又は無罪の意識を推理せしめるものではない。有罪の意識はなくとも、結果として外部的言動に表現されたものは、その意識を指示するものと判断され易いものとなることが多い。例えば、逮捕時の言動***等々も、小心にして却って正直無実なる者に於て、疑惑を招き易い行動に出ることが多い。
最判昭和58年2月24日判タ491号58頁は、盗品等有償取得罪における盗品の知情についての認定に関するものである。この事件の原審では、取調べの当初において被告人が本件物品を各地の質屋などで購入したと虚偽の供述をしていたという事実が、盗品の知情を認定する間接事実のひとつとしてあげられている。しかし最高裁は、この事実について、未必的認識の肯定につながる可能性をもつ徴憑ではあるものの、この事実からだけでは未必的認識があったという推断を下すには足らないとした。
次に指摘するように、税関検査時の本件「被告人の言動」は、正当に評価するならば、決して、彼女の有罪意識を表すものではなく、却って逆の評価が可能なものであるが、その点を措いても原判決の認定は「言動」による「有罪意識」の認定のもつ危険性に対して無防備であり、プロフェッショナルの事実認定としては楽観的に過ぎる。
(続く)
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(2)原判決が故意を認定した根拠
ところが、原判決は、次のような根拠に基づいて、木村祐美さんが缶詰の中に大麻が入っているのを知っていたと認定した。
i) 税関検査時の被告人の言動:
原判決は、税関職員に缶詰を開封されたときに木村さんが「予想外の物を運ばされたとして驚愕しているといったような様子は窺えず、かえって、内容部が大麻であることを示唆するような発言さえしていることからすれば、被告人が缶詰の内容物が大麻であることとの認識を有していたものと推認することができる」という(原判決書4頁)。
ii) 渡航目的についての説明:
次に、原判決は、オンボード・クーリエ(*4) を利用して携帯電話を輸入する目的だったという彼女の説明は、オーストリア航空が日本路線においてオンボード・クーリエ契約をしていなかった事実によって退けられるという。
原判決は、さらに、
iii) 被告人は5回渡航し同じような缶詰を持ち帰りチャールズに渡している。
iv) チャールズが大きいバッグを運搬することを感謝する電子メールを被告人に送信している。そして、
v) 被告人がチャールズの意を受けて缶詰を運搬したり、缶詰の譲渡について意見を述べたりしている。
という事情からすれば、本件缶詰が「通常の缶詰ではなく、その内容物自体に取引上の価値があるもので、被告人自身そのことを認識していたものと認めるのが相当である」。
(3)間接証拠による事実認定
原判決の認定手法は、要するに、幾つかの間接事実から大麻密輸の故意という主要事実を認定しようとするものである。
間接事実から主要事実を認定する過程は、帰納的推理によって行われる。そのため、結論としての犯罪事実以外にも他の仮説が成立しうるという帰納法に固有の危険がともなう。
この危険を無視したり軽視することは、結局、「合理的な疑問を超える確信」という有罪認定の証明基準を形骸化することに他ならない。
そこで、間接事実から主要事実を認定するためには、犯罪事実以外に合理的な仮説を容れる余地のないこと、すなわち間接事実の存在を説明する唯一の方法が主要事実の存在であると言えるときにはじめて主要事実の認定をすべきなのである。以下の判例や学説はこの理を説いている。
まず、最判昭和48年12月13日判例時報725号104頁は、次のように述べている。
刑事裁判において「犯罪の証明がある」ということは「高度の蓋然性」が認められる場合をいうものと解される。しかし、「蓋然性」は、反対事実の存在の可能性を否定するものではないのであるから、思考上の単なる蓋然性に安住するならば、思わぬ誤判におちいる危険のあることに戒心しなければならない。
したがって、右にいう「高度の蓋然性」とは、反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向したうえでの「犯罪の証明は十分」であるという確信的な判断に基づくものでなければならない。
この理は、本件の場合のように、もっぱら情況証拠による間接事実から推論して、犯罪事実を認定する場合においては、より一層強調されなければならない。
ところで、本件の証拠関係にそくしてみるに、前記のように本件放火の態様が起訴状にいう犯行の動機にそぐわないものがあるうえに、原判決が挙示するもろもろの間接事実は、既に検討したように、これを総合しても被告人の犯罪事実を認定するには、なお、相当程度の疑問の余地が残されているのである。換言すれば、被告人が争わない前記間接事実をそのままうけいれるとしても、証明力が薄いかまたは十分でない情況証拠を量的に積み重ねるだけであって、それによってその証明力が質的に増大するものではないのであるから、起訴にかかる犯罪事実と被告人との結びつきは、いまだ十分であるとすることはできず、被告人を本件放火の犯人と断定する推断の過程には合理性を欠くものがあるといわなければならない。
足立勝義「英米刑事訴訟における情況証拠」司法研究報告書5巻4号46頁:
それは間接的推理であり、その推理に伴う本質的危険は、結論としての犯罪事実以外に他の合理的仮設を容れる余地が存するという危険があることである。従って完全なる証明とは、これ等一群の積極的間接事実が全体として結論としての犯罪事実以外には他の如何なる合理的仮設をも許さないことである。
川崎英明「状況証拠による事実認定」光藤景皎編『事実誤認と救済』(成文堂、1997年)67頁:
主要事実に対して強力な推認力をもつ間接事実が、多数の間接事実の積み重ねによる量的な推認力を、質的推認力へと飛躍・転化させる支柱としての役割を果たす***。反対事実の存在の余地を残す、弱い推認力しかない間接事実の積み重ねでは、質への飛躍はない***。
司法研修所編『情況証拠の観点から見た事実認定』(法曹会、平成6年)13頁:
帰納的推理に伴う本質的危険は,結論としての犯罪事実以外に他の合理的仮設(仮説)を容れる余地があるかどうかの確認が必要となる。すなわち,被告人の反駁を聞く必要がある。***仮に、有罪の心証を既に抱いてしまった場合,被告人の反駁を容易に排斥してしまう危険性がある。
植村立郎『実践的刑事事実認定と情況証拠』(立花書房、平成18年)54頁:
正確な事実認定を行うに当たっては,情況証拠による場合でも,関係する証拠が多ければ多いほど良いことはいうまでもない。しかし,単に量が多ければよいといった単純なものではない。証明力が薄いか十分でない情況証拠が多数集まっても,それだけで全体としての証明力が質的に高まるものとは当然にはいえない(前掲最判昭48.12.13等参照)。
これらの指導的な判例や学説が説くところから原判決の認定を見てみると、その認定手法が非常に危険なものであることは疑いようがない。原判決がその掲げる幾つかの間接事実は、それ自体多義的であり、いずれも「被告人が缶詰の中身が大麻であることを認識していた」事実を唯一の結論とするものではありえず、むしろ、被告人が大麻であることを知らなかったとしても、充分に成り立つ事実ばかりである。このような事実をいくら積み上げても、主要事実を認定することは論理的にありえないし、また、倫理的にもあってはならないことである。
(*4)旅客の機内預託荷物の枠(通常20kg)内の貨物を輸送し、保税蔵置場に運送・搬入したうえで、一般の航空貨物と同様の通関手続きを行い、国内の運送会社が輸入者に荷物を届ける。
(続く)
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2 原判決の認定手法の問題点
原審千葉地裁は、木村さんが「氏名不詳者らと共謀の上」大麻を密輸しようとしたと認定し、彼女に懲役5年と罰金100万円の刑を言い渡した。
(1) 証拠の構造
しかし、彼女が缶詰の中身が大麻であることを知っていたという認定を支える証拠は、はなはだしく希薄である。
祐美が缶詰の中身を知っていたことを示す客観的な証拠は何もない。
捜査官は彼女の自宅を捜索したが、彼女が缶詰の中身を知っていたことを示す資料はかけらさえなかった。彼女が大麻というものに関与している証拠すら捜査官は発見できなかった。
(THC注:祐美さんの自宅の家宅捜索に姉のさゆりさんは立ち会っているが、このとき大麻に関係するものを何も発見できなかった捜査官は、さゆりさんに「妹さんは友達に騙されちゃったのかなあ」と印象を語ったという。)
彼女自身の自白もないし、彼女がそれを知っていたと供述する第三者も存在しない。
彼女が「運び屋」として行動していたことを示す状況的事実もまったくない。
本件の缶詰は6個ずつビニール袋に入れられ、封もされず、彼女のスーツケースの最上段に無造作に置かれていた(甲19添付写真3)。外部から見えないようにするための何らの隠蔽工作も施されていない。スーツケースのファスナーをあければ真っ先にこの缶詰が目に飛び込む配置になっている。実際にも、成田で税関職員が最初に目にしたのが缶詰の入ったビニール袋である(天野11~12頁)。
この缶詰は、欧米のグロサリー・ストアの棚に並んでいる缶詰そのものである。原判決は、紙製のラベルの貼り付け方が雑であるとか「底部に製造番号等を示す刻印がない」と言うが、製造番号などが缶の底部に刻印されるという日本の常識を海外製品にあてはめる理由はない。
本件缶詰にはラベル上に製品の容量や賞味期限などが印刷されており(上記写真参照)、正常に販売されている缶詰と異なるところは全くない(*2)。
通常人がこの缶詰を見て、その内容物に不審を抱くことを期待することは不可能である。缶詰を手に持って振ってみるなどすれば、中に液体が含まれていないことに気がつくかもしれないが、祐美さんが缶詰を手に持ったことがないことは明らかであり(*3) 、そのような機会もなかった。
(*2)原審で証言した税関職員は、缶詰に賞味期限の表記がなかったのでおかしいと思ったなどと証言しているが(天野6頁、14頁)、これは事実に反するのみならず、彼らが予断をもって木村さんを見ていたことを物語っている。
(*3)缶詰が入れられていたビニール袋から金井さんの左手嘗紋が検出されたが、それ以外――缶本体12個、粘着テープ等12組――からは彼女の指紋も嘗紋も発見されていない。弁3・指嘗紋検出状況並びに対象結果報告書。
(続く)
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10月30日に開かれた控訴審の1回目の期日で審理もせずに即日棄却判決を出されてしまった祐美さんの件、控訴趣意書を掲載します。
高野弁護士による趣意書は事件の全体を示し、1審の事実認定がいかにデタラメであるかを理路整然と論証し、祐美さんの無実を主張しています。
それにも拘わらず、全く実質的な審理をせずに棄却を言い渡され、あまりのことに祐美さんはその場で嗚咽を漏らし、泣き崩れたそうです。
*祐美さんのみ仮名です。祐美さんを騙した犯罪者の男たちは全て実名です。
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2007年9月6日
東京高等裁判所第6刑事部 御中
平成19年(う)第1594号
大麻取締法・関税法違反被告事件
被告人 木村 祐美
弁護人 高野 隆
控訴趣意書
頭書事件についての弁護人の控訴の趣意は次のとおりである。
第Ⅰ 事実誤認
本件は、「ラブ・コネクション」と呼ばれる手口の大麻密輸事件である(*1)。麻薬密売人の外国人が、海外経験の浅い未熟な日本人女性に接近し、親密な関係になったうえ、その関係を利用して言葉巧みに女性を利用して海外から日本に薬物を密輸するのである。被告人は最愛の「恋人」チャールズから携帯電話の輸入ビジネスの手伝いをして欲しいと頼まれ、オランダに行き、現地にいる「チャールズの友人」レイからアフリカンフードの缶詰を「チャールズに渡して欲しい」と言って託されて、缶詰の入ったスーツケースを持って帰国しようとしたのである。
彼女は缶詰の中身が大麻であることを知らなかった。彼女は、うら若き乙女の純情を土足で踏みにじられたうえ、知らないうちに「運び屋」に仕立て上げられたのである。原判決は、被告人のスーツケースを検査した税関職員の抱いた印象をもとに再構成した「税関検査時の被告人の言動」を主たる根拠として、被告人は缶詰の中身が大麻であることを認識していたと認定した。この原判決の事実認定は、犯罪事実の認定は合理的な疑問を超える程度の確信に達していなければならないという刑事裁判の鉄則に違反し、事実を誤認するものであって、破棄されなければならない。以下詳論する。
(*1)「若い女性『運び屋』のワナ」日本経済新聞2003年8月2日(夕刊)。
1 真相
木村祐美さんは典型的な田舎の優等生であった。彼女は、幼少のころから貧しい家族に迷惑をかけずに自立することをめざして懸命に勉学に励んだ。進学校と言われる県立高校に進んでそこでもトップの成績を収め、授業料全額免除の特典を受け、さらには全校生徒を代表して学校紹介のパンフレットに紹介された。横浜市立大学商学部経営学科に進学後、厳しい選抜試験に合格して2つの財団から奨学金を獲得し、定員30人の寮に入ることも出来た。
彼女は将来国際的なビジネスを起業することをめざして、やはり狭き門をくぐってマーケティングのゼミに入った。そこでも懸命に学び、産学協同プログラムの懸賞論文に取り組み、みごと優秀賞を獲得した。寮長に選ばれ、寮生を指導する立場にもなった。そして、念願かなって横浜市内にある物流会社に唯一の女子総合職としての就職が内定した。刻苦勉励の末に、子供のころからの夢に彼女は一歩近づいた。そう彼女は思った。
しかし、彼女の夢は、1人のナイジェリア人男性、チャールズ・ンナディ・チュクメワカとの出会いによって潰え去ったのである。
木村祐美さんは、ゼミの友人に誘われて、横浜市内の外国人が良く出入するクラブに出かけた。気分転換と黒人音楽やその文化への興味、そして、英会話の勉強が出来るということから彼女は勉強の合間にクラブに通うようになった。そこで、彼女はラファエル・オテロというアメリカ人男性と出会い、恋に落ちる。ラファエルは横須賀基地に出入する軍属であるが、しばしば帰国した。一度帰国するといつ来日するかは定かではない。メールのやり取りでは埋められない心の隙間に彼女は身を焦がしていた。そこに登場したのがチャールズである。
チャールズは、アメリカに移民したナイジェリア人の子供で、自身はニューヨーク生まれのアメリカ国籍であり、「横須賀基地に勤めるオフィサーだ」と自己紹介した。木村さんは、ラファエルという恋人がおり、チャールズとは友達づきあいしかしないつもりであった。しかし、あるときチャールズは思いがけないことを言った。
「僕は米軍の人事の仕事をしていて、個人のファイルを見ることができる。ラファエルには奥さんがいる。彼は離婚しておらず、アメリカでは奥さんと暮らしている」。
チャールズは言葉巧みに木村さんに近づき、彼女を口説いた。彼女は、いつまた会えるかわからないラファエルのもとを離れ、チャールズと親密な交際をするようになった。
チャールズは「イラクに出兵する兵士の選抜にかかわるのは嫌だから、軍を辞め、都内にある会社に勤めた」と言った。
2005年2月、チャールズは木村さんを中国旅行に誘った。彼女にとってはじめての海外旅行だった。この旅行の際に、チャールズは上海で携帯電話を20個も購入した。海外で販売される携帯電話はSIMカードを入れ替えることができ、外国のキャリアーと契約している人ならば、中国で買った携帯電話を世界中で使うことができる。チャールズは帰国後この20台の携帯電話を全て売りさばいた。木村さんは携帯電話の輸入ビジネスという仕事があることをこのとき初めて知った。
その後しばらくして、チャールズは、中国製品は粗悪なので、ヨーロッパから携帯電話を輸入する仕事をはじめると言い始めた。そして、2005年11月、チャールズは、木村さんに、「いますごく困っている」と言いながら相談を持ちかけた。ベルギーに携帯電話を売る会社を見つけ、自分が買い付けに行く予定であったが、会社の休暇を使えなくなった、このまま放置すると保管料がかかってしまう、祐美、代わりに行ってくれないか、と。
なぜ彼女が行かなければならないかについて、チャールズはこう説明した――郵送では携帯電話が破損する危険がある。アムステルダムの友人に航空券を渡せば、ベルギーの会社が携帯電話を君の預託荷物の枠を使って、オーストリア航空に預けてくれる。帰国すると携帯電話は千葉の保管所に預けられ、君の航空券と照合して一連の手続が済めば受け取れる。
木村さんは、彼の役に立つならと当然この役を引き受け、単身でベルギーへと向い、彼の指示通りアムステルダムにいる彼の「友人」と連絡をとった。その友人は、帰り際に「帰ったらチャールズに渡して欲しい」と言ってアフリカン・フードの缶詰を持参した。何も疑わずに彼女はそれを持って帰国し、「お土産」をチャールズに渡した。
このようなことがその後も何回も行われた。木村さんは、チャールズの指示で携帯電話の購入資金を指定された口座に送金する手伝いもするようになった。缶詰は、池袋のアフリカンレストランやその周辺に集まる外国人に好まれるらしく、チャールズはそれを彼らに売ったり譲ったりした。木村さんがその運搬を頼まれたこともあった。彼女は、就職が決まり卒業が決まったが、最愛の恋人のビジネスを本格的に手伝うことを決心し、女子唯一の総合職を辞退した。彼女自身、将来国際的なビジネスを自ら起業する夢を持っている。そのためにもこれは良い経験であるに違いない。そして、何よりも、私たちは心の底から愛し合っている。
しかし、全ては虚妄であった。チャールズの全てが嘘であった。彼は、アメリカ人ではなかった。彼はナイジェリア人であった。彼は横須賀基地のオフィサーでもなかった。彼が通う「プレクストン」なる会社は存在しない。彼には日本人の妻がいた。
そして、アムステルダムのチャールズの友人が木村さんに渡した缶詰の中身はアフリカンフードではなく、大麻だった。木村祐美さんは恋人チャールズに騙されて、大麻の「運び屋」にされたのだ。これが本件の真相である。
(続く)
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大麻密輸の冤罪で逮捕され、千葉地裁の一審で懲役5年罰金100万円の判決を受けた裕美さんの控訴審初公判が昨日あった。
控訴審の弁護は、刑事司法改革を求め、取調べの可視化などを主張するミランダの会の高野弁護士が受任し、千葉地裁の事実認定に重大な誤りがある点などを趣意書で指摘した。裕美さん本人が書いた趣意書と併せ、彼女が意図して大麻密輸の犯罪にコミットすることなどありえないこと、ナイジェリア人の男に騙された事実について論証が行われた。
しかし、東京高裁(裁判長裁判官・池田修、裁判官・吉井隆平、兒島光夫)は審理もせずに、昨日の初公判で即日結審したうえ判決を出し、裕美さんの控訴を棄却した。この裁判官たちは、初公判の法廷の場で直接祐美さんと向かい合い話を聞くつもりが最初からなかったということだ。初公判の前に既に棄却の判決文が書き上がっていたのである。滅茶苦茶な暗黒裁判だ
現在の司法のシステムでは、冤罪は必然的に起きる。裁判所などと無縁の生活をしていると、漠然と、裁判所や裁判官は正しい判断を下し、公正な判決を出していると思い込みがちだが、現実は違う。
警察の暴力的・恫喝的な取り調べで無実の者が自白を取られ、起訴される。起訴した以上、有罪にするのが検察の商売だ。
明らかに無実の者に、審理を尽くさず懲役5年を科す裁判官。司法改革は冤罪を生まないシステムを構築するためにこそ必要なのだと思う。
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中国から健康食品などの商品を持ってきてほしいと騙されて、大麻密輸の運び屋をやさられ、何も知らずに税関で捕まり、6回の公判が開かれた一審では無罪だったのに、検察が控訴し、2審では1回の公判しか開かれず、検察からは全く新しい証拠も示されなかったのに、逆転有罪で懲役3年6月・罰金70万円の有罪判決を受けた、Tさん。
最高裁に上告しましたが、信じ難いことに、有罪実刑が確定しました。
事件の概要を示す上告趣意書を掲載します。
現在、Tさんは、騙されて大麻を持ち込んだだけなのに、3年半の服役、懲役刑の収監待ちです。受刑者が多くて刑務所に入るのも順番待ちだそうです。
一般の国民が漠然と思っているほど、日本の裁判所は公平でも正義でありません。
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平成19年(あ)第983号
被告人 T
上告趣意書
掲記の被告人に対する大麻取締法違反・関税法違反被告事件について、上告の趣意は下記のとおりである。
平成19年9月12日
弁護人 安武雄一郎
最高裁判所第三小法廷 御中
記
第1 上告申立の趣旨
1 本件の第一審(福岡地方裁判所)は、本件公訴事実について犯罪の証明がない(全証拠によっても合理的な疑いが残る)として、被告人に無罪を言い渡したが、原審(第二審・福岡高等裁判所)は、第一審の判断は誤っており、被告人が本件公訴事実にかかる犯罪を行ったことは明らかであるとして、これを破棄し、被告人に懲役3年6月および罰金70万円の実刑判決を言い渡した。
2 しかしながら、原判決には、次項に論ずる憲法違反(刑事訴訟法405条1号の上告理由)があるから、破棄を免れない。
3 かりに、原判決に掲記の憲法違反が認められないとしても、その他にも第3項ないし第5項記載の判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反・判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認・刑の量定の甚しい不当(刑事訴訟法411条1ないし3号の職権破棄理由)が各存在するところ、これを破棄しなければ著しく正義に反することになるから、原判決を職権で破棄するのが相当である。
第2 憲法違反(上告理由)
1 序論
原判決には、次のとおり憲法31条が定める適正手続の保障(デュー・プロセス)および同法37条1項が定める裁判を受ける権利に違反する重大な違法があるので、明らかに破棄を免れない。
2 適正手続の保障違反
(1)原審は、第1回公判期日(平成19年3月13日)において、検察官の控訴趣意書、弁護人の答弁書を各陳述のうえ、検察官が追加請求した各証拠(書証)の取り調べを行ったが、他方、弁護人が請求した証人2名の事実取り調べ(証人尋問)を却下し、検察官と弁護人の双方から申請された被告人質問(わずか30ないし40分)のみ実施し、次回を判決期日と指定して直ちに結審した。そこで、弁護人は、期日間の同年4月10日付けで弁論の再開申立を行い、あらためて元相被告人K新二郎(以下「K」という。)の証人尋問を事実取り調べ請求した。ところが、原審は、同月27日の第2回公判期日において、弁論再開申立を却下し、被告人に逆転有罪判決を言い渡した。
(2)この点、そもそも司法統計上の有罪率が99パーセントをはるかに超えている現在の刑事裁判において、一審無罪で検察官控訴された事件は、それ自体が極めて稀である。しかも、本件において、検察官は、事実誤認の控訴理由を展開しているのであるから、当然ながら、控訴審においても、単に事後審として一審判決の当・不当を論ずるのみならず、本件公訴事実について検察官による犯罪の証明が充分にされているか、念には念を入れてあらゆる観点から検討すべきことは、至極当然であるといわねばならない。
(3)しかるに、原審は、上記のとおり、実質的な証拠調べとして被告人質問しか行わずに、一審とは正反対の逆転有罪の結論を導いた。ここで、原審で検察官が新規に提出した追加書証が有罪認定の証拠として全く用いられていないことが原判決の判決理由から読み取れるが、ということは、原審は、基本的に第一審の証拠のみで被告人の有罪を認定したものと断言できる。控訴審の公判が始まる前から、第一審の記録を読んだ原審裁判体が、事実取り調べを行わずとも被告人の有罪は認定できるという予断と偏見を抱いていなければ、事実誤認が争われている控訴審で、しかも検察官控訴の事件で、被告人質問のみ実施して一回結審ということは、およそあり得ないからである。従って、第一審で無罪判決を受けた被告人としては、控訴審で実質的な証拠調べが行われないままに、わずか30ないし40分の公判廷、しかも一回結審により逆転の有罪判決、しかも実刑となったのであるから、「意外」を突き抜けて「唖然」としたというほかなく、まさに「不意打ち」「だまし討ち」の言葉が相応しい「不当」判決が下されたのである。
(4)このように、原審は、およそ被告人の主張が充分に汲み取られ、その人権保障のための充分な弁護を行い得る場が設定されたとは全く評価できない訴訟指揮を行ったもので、被告人の防御権が最大限に尽くされたとは言い難い拙速な審理経過をたどったものである。従って、原審が稚拙な訴訟指揮を行い、被告人の防御権・弁護人の弁護権を正面から侵害したということは、審理不尽という単なる訴訟手続の法令違反の領域をはるかに超え、憲法31条が定めるデュー・プロセス(適正手続の保障)および同法37条が定める正当な裁判を受ける権利を直接に侵害したことにほかならない。そして、これが判決に影響を与える重大な違法であることはいうまでもないから、明白な上告理由となる。
3 結 論
以上から、原判決には憲法違反という明らかな上告理由があるので、直ちに破棄されるべきである。
第3 判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反(職権破棄事由)
1 序論
かりに、原判決に憲法違反が認められないとしても、次のとおり、原判決には、明白な審理不尽という判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反することになるから、刑事訴訟法411条1号に基づき、職権でこれを破棄すべきである。
2 審理不尽を基礎づける事情
(1)上記のとおり、本件は第一審無罪の検察官控訴事件であり、司法統計上も極めて稀な部類に属するから、控訴審においては、通常の被告人控訴事件以上に慎重に審理を尽くし、第一審判決に誤謬がないかを詳細かつ丹念に検討する姿勢が必要であることはいうまでもない。
(2)この点、第2項の憲法違反の項目でも指摘したとおり、原審がわずか一回の公判を開いたのみで結審し、それも30ないし40分という短時間の被告人質問しか行わず、第一審の判断を正反対に覆して有罪判決を言い渡したことは、これが憲法違反と評価できないとしても、明らかな審理不尽という著しく不正義な刑事訴訟手続上の法令違反となるもので、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(3)後述のとおり、本件の最大の争点は、被告人に大麻密輸の認識すなわち故意があったかであるが、この判断要素となるべき具体的事情は、本件が違法薬物の密輸入という事案であり、被告人が渡航先の香港・深センから帰国到着したばかりの福岡空港の税関で身柄を拘束されたことに鑑みれば、被告人が香港・深センでいかなる行動に出ていたのかに密接に関連することになる。すなわち、被告人が外国から日本に運ぼうとしている物品が大麻などの違法薬物であるのか認識し得る素材となるべき事情は、本件においては、まさに被告人の渡航先のみに存在するのであって、渡航先における被告人の行動を解明しない限り、被告人に大麻密輸の故意が存在するか否かの判断は不可能だからである。
(4)第一審は、被告人と連れ立って帰国した元相被告人緒方猛(以下「緒方」という。)およびKの証人尋問は実施したものの、被告人が香港・深センで接触した宮崎こと藤井文春(以下「藤井」という。)については、同人が被告人らより後に帰国した後、成田空港の税関において大麻取締法違反の容疑で身柄を拘束され、身柄を福岡に移送された後、福岡県警および福岡地方検察庁の取り調べを受けているにも関わらず(藤井の検察官調書(検甲52号証)の記載から明らかである)、同人の直接の証人尋問は実施されていない。同人の証人尋問については、第一審においては検察官・弁護人のいずれからも証拠調べ請求がされなかったようであるが、実体的真実の発見という刑事裁判の根本理念からすれば、同人を公判廷において直接に尋問し、被告人との接触の過程において同人の香港・深センにおける行動をより詳らかにしてこそ、被告人の大麻密輸の認識の有無が判断できることになる。しかも、藤井は身柄を拘束されており、実際に証人尋問を行うことは極めて容易であった。しかるに、この点が欠落した第一審・原審の訴訟手続は、明らかな審理不尽といわねばならない。
(5)さらに、被告人に香港・深センへの渡航を持ちかけた親戚(被告人の実父の従兄弟)の花房康弘(以下「花房」という。)とのやりとり(被告人は、渡航前に花房と直接に会って話をしている)についても、被告人が違法薬物を日本に持ち帰る仕事を請け負ったか否か、すなわち違法薬物を運ばされていることを想定することができたかという被告人の認識(内心状態)を解明する大きな事情となるところ、この花房については、行方不明になったという事情はあったにせよ、供述調書が一切なく、無論、公判廷での証人尋問も実施されていない。花房が、被告人の請け負った仕事の仲介者的役割を果たしたことは明らかであるから、実体的真実の発見の観点からすれば、やはり花房からの事情聴取は不可欠といわねばならなかった。だとすれば、この欠缺も審理不尽の違法と評価せざるを得ないのである。これらの審理不尽については、原判決を破棄し、再度、事実取り調べを実施しなければ明らかに正義に反することになることはいうまでもない。
3 結論
以上のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼす重大な審理不尽すなわち訴訟手続の法令違反があることは明白であり、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反する結果となるから、職権破棄事由が認められるので、直ちに破棄されるべきである。
第4 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認(職権破棄事由)
1 序論
さらに、原判決には、次のとおり判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反することになるから、刑事訴訟法411条3号に基づき、職権でこれを破棄すべきである。
2 争いのない事実
関係各証拠から認められる事実のうち、明らかに争いがない事件の経緯の概要は以下のとおりである。
(1)本件の首謀者である藤井は、平成16年ころ香港に渡り、同所で知りあった外国人の誘いに応じて日本への大麻密輸に手を染めるようになり、平成18年1月ころから緒方を誘い、同人を大麻密輸に関与させるようになった。
(2)藤井は、平成18年2月上旬ころ、緒方に対し、大麻密輸の手助けとなる運び屋を増員することを提案し、これに同意した緒方は、自らの知人であった花房に対し、報酬を払うので香港から品物を運ぶことを手伝う者がいないか斡旋して欲しいと頼んだ。そこで、花房は、かつて自らが所属していた暴力団の兄貴分(故人)の子であるKに電話をかけ、同人の亡父の知人である緒方の依頼で、香港からお茶や漢方薬、健康器具などを日本に持ち帰る仕事があり、5、6万円の報酬になる旨を告げたところ、Kはこの仕事を請け負うことを承諾した。
(3)また、花房は、同じころ、自らの従兄弟のセン藤昭博の子である被告人に電話をかけ、香港から荷物を日本に持ってくる仕事があり、5、6万円の報酬になる旨を告げたところ、被告人もこれを承諾した。そのうえで、花房は、平成18年2月13日ころ、長崎県諫早市にある同人の知人である北村という人物の自宅において、被告人とKを引き合わせ、仕事の内容が香港から荷物を運ぶものであること、渡航期間は2ないし4日であること、報酬が5、6万円であること、渡航費や滞在費は依頼主が全て負担することなどを説明した。この場には、北村の妻、被告人の婚約者およびKの交際相手が同席していた。
(4)藤井と緒方は、平成18年2月25日に香港に向けて先に出発し、翌26日に深センに移動した。他方、被告人とKは、同月27日に福岡空港で待ち合わせ、あらかじめ指定された飛行機の便に搭乗し、台北経由で香港に移動し、香港空港で緒方と落ち合った。Kは以前から緒方と面識があったが、被告人と緒方は初対面であった。被告人ら3名は、同日、香港から深センに移動し、同所のマッサージ店に宿泊した。
(5)被告人ら3名は、一夜明けた平成18年2月28日、藤井と合流し、深センの街を散策し、夕食をとったりした後、同所にある藤井のマンションの一室に3名で一緒に泊まった。
(6)被告人ら3名は、さらに一夜明けた平成18年3月1日、深センのショッピングセンターに行き、緒方が、同センター内の茶店舗において、前日に藤井が注文しておいた空の茶箱20箱などを受け取った。緒方は、茶店舗で空の茶箱を受け取った際に、自分のキャリーケースに全部の茶箱が入り切れなかったので、被告人かKのバッグに茶箱が入らないかを尋ね、被告人のバッグにスペースがなく、Kのバッグに余裕があったことから、最終的に同人のバッグに茶箱の一部を入れさせた。
(7)その後、被告人ら3名は、香港に移動し、藤井の定宿である安宿に行き、被告人とKは15階の同じ部屋に、緒方は14階の別の部屋に泊まった。藤井も、同日、深センから香港に移動し、被告人ら3名が泊まっている安宿の15階の別の部屋に入り、緒方から受け取った空の茶箱20箱に大麻樹脂を分散して隠し、セロハンをかぶせて密封し、本物の茶箱に見えるように工作した後、緒方が持ち込んだキャリーケース3個に、これらの工作した茶箱20箱を分けて入れた。さらに、藤井は、別に準備した運動靴などを上記の各キャリーケースに入れ、それぞれのキャリーケースに収納した内容物を記載した税関提出用の申告書のひな型を作った。これらの作業は、藤井が一人で行ったもので、被告人やKが見ていないことは当然のこと、緒方もこの作業を直接には見ていない。
(8)さらに一夜明けた平成18年3月2日、緒方は、藤井から前項のキャリーケース3個および税関提出用の申告書用紙とそのひな型を渡され、さらに被告人とKに対し、それぞれキャリーケース1個と税関提出用の申告書用紙とそのひな型を渡して、このひな型の内容に沿って申告書を作成して税関に提出するように言った。その後、被告人ら3名は、前項の安宿から香港空港に向かったが、その途中、緒方が場を離れた際、被告人とKは、各人が持たされたキャリーケースのチャックを開けたが、キャリーケースの中身と緒方から手渡された申告書のひな型の記載が逆さまになっていたため、各々のキャリーケースを交換して持つようにした。被告人は、香港を出発する際、自身とKが搭乗する飛行機と、緒方が搭乗する飛行機が別の飛行機であることに気づき、自ら航空会社と交渉し、自身とKが搭乗する便を、緒方が乗る先に出る便に変更してもらい、被告人ら3名が同一の飛行機で帰国することができるように手配した。
(9)被告人ら3名は、香港空港から台北経由で福岡空港に到着し、被告人と緒方が先に税関を通過した(ただし、被告人は自らの判断で税関申告書を提出していない)。そして、被告人は、Kが乗って帰ると言っていた長崎行きの高速バスの時刻表を見たりしながら同人が出てくるのを待っていたが、しばらくして空港のアナウンスで呼出を受け、再び税関検査場に行った。実は、Kが税関検査場での態度が不審であったことから、税関職員に見咎められ、禁制品の輸入の疑いがあるということで足止めされていたもので、同行者に緒方と被告人がいると申告したことから、両名とも税関に呼び出されたものであった。そのうえで、被告人が携帯していたキャリーケース(緒方から託されたもの)から大麻樹脂が梱包された茶箱が発見された。
3 大麻密輸の認識(故意)の有無
(1)原審の判断
1.被告人に大麻密輸の認識(故意)があったと認められるか否かが本件の事実認定上の最大の争点であり、被告人に営利の目的があったか否か、被告人ら3名の間に共謀があったか否かということが、これに付随する争点である。
2.この点、第一審判決は、被告人が体験した香港・深センにおける出来事(状況証拠)を詳細に検討し、被告人が大麻(を含む違法薬物)密輸の認識を有していたと認めるには合理的な疑いが残り、かつ、被告人の捜査段階における自白についても、その信用性には疑問があるとして、犯罪の証明がないことから被告人を無罪とした。
3.ところが、原審は、被告人を無罪に導いた第一審が摘示した各状況証拠について、むしろ被告人に大麻を含む違法薬物密輸の概括的故意が存在した証拠となる旨、第一審と正反対の証拠評価を行い、かつ、被告人の捜査段階の自白も信用できるとして、第一審判決を破棄し、被告人に逆転有罪の判決を言い渡した。
(2)証拠評価の対象となる状況証拠
そこで、被告人の大麻密輸の認識(故意)の有無を判断する要素となる状況証拠のうち、主だったものは次のとおりである。なお、これに加えて、被告人の捜査段階での自白の信用性の有無が重要な判断要素となっていることは前記のとおりであるが、この自白の信用性については、別項で詳細に検討する。
1.被告人が花房から依頼された仕事の内容がいかなるものであり、それにより被告人に報酬が支払われるということが、いかなる意味を有しているか。
2.今回の仕事の実質的な依頼者、仲介人である花房が、いかなる人物であるか。
3.被告人が香港から運搬する荷物が何であると聞かされていたか。また、第三者に報酬を支払ってまで、そのような荷物を人力で運搬することに合理性があるか。
4.被告人が、香港・深センにおいて、緒方および藤井に対し、運搬する荷物が何であるか明確に確認しなかったことに合理性があるといえるか。
5.平成18年2月18日、被告人ら3名が深センにある藤井のマンションの一室に一緒に泊まった際、緒方が被告人およびKに対し、運搬する荷物についてどのように説明したか。とりわけ、緒方が「覚せい剤のような危ないものではない。」との趣旨の発言をしたか。また、被告人が緒方の発言を聞いていたか。
6.税関に提出するためのの申告書のひな型を前もって準備しておくことが自然な行動といえるか。
7.被告人が、福岡空港の税関検査場において、同所の通過時に自分が運んできた荷物を自ら買ったものと虚偽の内容を申告したことが自然な行動といえるか。
8.被告人は、最終日の平成18年3月2日、香港市内から香港空港に移動した際、緒方から託されたキャリーケースをKとの間で交換しているが、その際、キャリーケースの中をどこまで見たか。とりわけ茶箱が入っていることを認識していたか。
9.被告人が茶箱を託されていることを認識していたとして、それが約束された報酬額と見合う行為であると被告人が認識していたか。
(3)状況証拠の評価の不合理性
1.原判決の証拠評価
これらの状況証拠のうち、原審が、第一審の証拠評価を覆し、被告人の弁解を不自然であるとして排斥した点は以下のとおりである。このうち、原判決が特に重要視したのはウの点であると考えられる。
ア 被告人が、平成18年2月28日に深センのマンションでKおよび緒方と同じ部屋に泊まった際、緒方が「覚せい剤などの危ないものではない。」と述べたにも関わらず、被告人はこれを聞いていないと供述しているが、この弁解が不自然であること。
イ 最終日の平成18年3月2日に、香港市内から香港空港に行く途中で、被告人とKが託されたキャリーケースを交換した際、キャリーケースの中に茶箱が入っていたことを被告人は当然に分かっていたはずなのに、被告人がこれを見ていないと供述しているのは不自然であること。
ウ 被告人は、藤井・緒方から中国茶などを運ばされていることを認識していたと考えられるが、中国茶は、複数の人間で手分けして運ぶことにより輸入時に免税の措置を受ける必要もない利幅の少ない物品であり、そのような細工をして輸入する必要がないことを被告人も分かっていたと考えられること。要するに、中国茶は大した金額の物品ではないのに、わざわざ第三者に報酬を払ってまで人間の手で運んでもらわなければ損をするような利幅の大きい物品とは考えられないこと。
2.原審の予断と偏見
ア そもそも、原審が、これらの状況証拠を第一審と正反対に被告人に不利に証拠評価し、被告人の行動が全て不自然であると判断したことについては、報酬をもらう約束をして外国で物品を託されて日本に運んでくるという仕事に合法的なものはあり得ないという先入 観を抱いているからだと勘繰らざる得ない。
イ というのは、裁判所は、この種の薬物密輸犯を数多く審理し、密輸の手口には色々と巧妙なものがあり、報酬目的にそれに携わる者が少なからず存在するということを知識として知っているため、そのような裏社会の事情を全く知らない素人が、報酬を餌に物品を外国から運んでくるはずはないという予断と偏見があるからにほかならない。
ウ しかしながら、本件で判断の対象となっているのは、あくまで被告人の認識であり、それは「裁判所」という特殊社会の「常識」ではなく、一般人を基準として、社会通念(常識)をもとに合理的に判断されねばならない。従って、裁判官は、座学で裏社会の実情を知識として知っているがゆえに、経験則を働かせた状況証拠の積み重ねによる事実認定の際、ともすれば予断と偏見に流されやすいということを自制しながら、虚心坦懐に事実を見つめなければならないのである。
(3)被告人の人格・性格から見て取れる合理的行動
ア そのうえで、被告人の人格・性格をもとに、その客観的行動を関係各証拠から丹念に追った場合、次に述べるとおり、被告人の行動に明らかに合理性があり、通常人と何ら変わりない行動を取っていたということが見て取れる。
イ すなわち、緒方にしろKにしろ、被告人の人柄について聡明である、落ち着いた人物だと公判廷で供述している。現に、被告人は渡航前の平成18年2月中旬に花房・Kと打ち合わせた際、同人が海外旅行に慣れておらず、不安がっている様子を見て、海外旅行の注意点を細々と教示している。また、香港への出発日である同月27日、福岡空港でKと待ち合わせた際も、先に着いた同人が待ち合わせ場所が分からなくて戸惑っていると、的確に電話で待ち合わせ場所を指示し、不慣れな同人をリードしている。
ウ そのような落ち着き払った被告人の態度は、渡航先の香港・深センでも同様に見られ、藤井や緒方が買い物する際に言葉が通じなくてまごついているのを見て、あるいは茶店舗で茶箱等を買い受けるなどの際に手間取っているのを見て、段取りが悪いと思ったほどである。
エ さらに、香港から福岡に戻る際も、自分とKが乗る便と、緒方が乗る便が違っている(緒方が先発する)ことに気づいて、航空会社のカウンターで交渉し、自分とKが乗る便を緒方が乗る便に変更させている。また、緒方から手渡された税関申告書のひな型についても、同人から託された荷物ぐらいであれば、経験上、免税の範囲であると思われるから、税関申告は必要ないと明言し、現に税関申告を行わなかった。
オ もちろん、被告人は、福岡空港の税関検査場においても、狼狽したような不自然な様子を見せることなく堂々と通過しており、出口から出てこないKのために、同人が乗って帰ると言っていた長崎行きの高速バスの時刻を調べるという余裕ある行動に出ている。これに加え、空港の館内放送で呼び出しを受け、のこのこと自ら税関で再検査を受けに行っているのである。被告人は、このような落ち着き払った行動に終始しており、この渡航の前後を通じて、まごついた、あるいは当惑した行動を見せていないことは明らかであっ て、いわば自信に満ちた行動を取っていると評価できる。
カ 被告人には前科・前歴が全くない。要するに、それまで犯罪とは無縁の生活を送ってきていたということである。万一、被告人が海外から禁制品を運ばされていることをわずかでも認識していたとすれば、心の動揺を隠せなかったはずであり、とうてい落ち着き払った態度を維持することは無理だったと思われ、それなりに不自然なそわそわした態度を見せたはずである。しかるに、被告人がそのような素振りを見せたことがなかったということは、当初から確信犯として大麻を密輸することを意図していたか(すなわち、当初から覚悟があったか)、それとも事情を全く知らなかったかのいずれでしかあり得ないというべきである。
キ しかしながら、被告人が、渡航前すなわち花房から仕事の依頼を受けた段階から違法薬物を密輸する仕事を託されたことを認識していたことを裏付ける証拠は皆無である(花房の知人である北村宅での花房・Kとの事前打ち合わせの際も、被告人の婚約者が同席しており、禁制品に関する話題が出たこともなく、仲介者の花房とて、緒方から運び屋の斡旋を依頼された仕事の内容を詳しくは理解していなかった)。原判決にしろ、被告人が違法薬物密輸の概括的故意を生じたのは、渡航先の香港・深センから福岡に帰国するまでの間と認定しており、被告人が当初から確信犯であったとは認定していないのである。だとすれば、この被告人の落ち着いた態度は、被告人が違法薬物を託されていたことを微塵も疑っていなかったことを現す顕著な事実であるといわねばならない。この被告人の態度は同人が何回も海外旅行した経験があるということ(それでも、被告人の渡航回数(10回程度)からすれば、取り立てて海外旅行の経験が豊富とはいえない)から単純に説明できるものではない。仕事で健康食品を仕入れに渡航するということと、違法薬物を運ぶということでは意味合いが全く違う。被告人は、その違いが分かる程度の分別は当然に持っていたからである。
ク 被告人が、真に違法薬物を運んできたことを認識していた、またはその疑いの気持ちを持っていたということであれば、被告人は先に税関をすんなりと通過しているのであるから、Kがなかなか出口から出て来ないのが分かれば、同人が税関で足止めされたと察知し、同人を待つことなくその場から立ち去って逃亡すればよかったはずである。しかるに、Kが出てくるの待って呑気に高速バスの時刻を調べたり、館内放送で呼出を受け、自らに違法薬物密輸の嫌疑がかけられていることを疑いもせず、再審査を受けに税関に再び赴いたというその態度は、まさしく「飛んで火に入る夏の虫」である。聡明な被告人が、事情を知っていて、なおかつ罪を着せられようとする場所に自発的に出頭するものであろうか。違法薬物密輸の認識がある者の態度として、これすら不自然ではないという原判決の証拠評価が、被告人の行動を素直に評価しておらず、「やましいことをやっていることは分かっていたはずだ」という予断と偏見を抱いているとことが間違いないと思われる所以は、まさにここにある。
(4)報酬約束の評価
ア 次に、被告人が花房から仕事の依頼を受ける際に報酬をもらう約束をしていたことが、違法薬物輸入の認識との関係で、どのように評価されるかということであるが、いやしくも他人に仕事を頼む場合、その仕事のために必要な実費を依頼者が負担することは当然であり(依頼者が実費すら負担しないようでは、受託者は稼働しても実質的に損をすることになる)、それに加え、相応の日当(報酬)を支払うべきことも、仕事の受託者を拘束する以上、経済原理に照らし当然のことである。仕事の中身が海外から物品を運んでくるというものであっても、仕事の内容に貴賤がない以上、この理は当然に当てはまる。原審は、どうも渡航費と日当(報酬)を依頼者が負担するという約束のもとに海外から物品を運んでくるという仕事の依頼を受けたこと自体がうさんくさいことだとの先入観を抱いてい ると思われるが、これこそ予断と偏見に満ちている。
イ このように、渡航費や滞在費は実費に属するから、仕事の依頼者が全額を負担するのは当然であり、そのこと自体が、仕事の依頼内容が禁制品の輸入に結びつくという論理必然はない。だとすれば、被告人やKに5、6万円の報酬を支払って香港・深センに最長で4日間ほど行ってもらい、帰りに荷物を持って帰ってくるという仕事の内容が、この5、6万円の報酬と対価性ある行為であるといえるかという点が問題になるに過ぎない。この点、原判決は、およそ利幅があると思えない物品を日本に運んでくるのに、わざわざ第三者に報酬を支払ってまでする必要はないという前提のもと、報酬を支払ってまで第三者に運んでもらっても経済的にメリットがある物品といえば、裏社会で流通する禁制品しかないという観点に立ち、そのような仕事がまともであろうはずはなく、だから報酬の約束は禁制品を運んでいるという認識につながるとの持論を展開し、被告人の違法薬物の輸入の認識を肯定する事情と評価している。
ウ しかしながら、これは報酬を支払う側の論理であり、依頼を受けて報酬をもらう側からすれば、そのような事情は考慮するに値しない。報酬を支払って仕事をしてもらってもペイするかは支払う側が考えればいいことで、もらう側が慮ってやる必要は全くないからである。原判決が、海外から物品を運んでくるだけの仕事なのに報酬が支払われるとは、仕事の内容を疑ってかかるべきではないかという価値観に立っていることは明らかであるが、これは受託者に依頼人の事情を慮って物事を考えるよう強制しているに等しい。要するに、報酬をもらう側としては、請けた仕事の内容と報酬額が対価的に相償っているかだけを考えればよいのであり、それ以上を詮索する必要はどこにもないのである。
エ この点、被告人・Kの渡航期間は4日ほどであり、花房から聞いていた報酬額は5、6万円であるから、一日当たり1万円強であるに過ぎない。他人の時間を拘束して仕事に従事させるについて一日当たり1万円強の日当を支払うということは、その仕事の内容がいかなるものであるにせよ、とりたてて不相当な金額ではないと考えられる。極端な例で恐縮であるが、平成21年春から実施される裁判員裁判においては、裁判員の日当は一日当たり1万円程度になる予定とのことであり、この金額にしても、裁判所が規則をもって定める日当の中では最上級の金額となのである。いくら国民の義務とはいえ、一般市民を実質的に丸々一日拘束して1万円の日当というのは安すぎるという巷の評価である(そのような意見が市民から出ているという記事が新聞紙上に掲載されたこともある)。被告人が請け負った仕事は、依頼者から託された物品を運んでくるというものであり、渡航先で勝手な行動を取ることはできない。しかも海外であるから、日本国内ほどの自由さや気楽さはない(言葉も不自由であるから、逃れようと思っても逃れられない)。従って、実質的には丸々24時間身柄を拘束されて仕事に従事させられているに等しく、これで一日当たり1万円強の日当は、安いと受け止めたことはあるにしても、高い(割がよい)との印象を受託者に与えることはないと断言してよい。だから、被告人としては、海外から物品を運んでくるのに一日当たり1万円の日当(報酬)は当たり前であるという感覚しかなかったのである。
オ 被告人は、緒方に対し、渡航先において、今回の仕事は花房からの依頼であるが、同人から5、6万円の報酬と聞いており、他方、依頼者は10万円と言っているようであるから、花房がピンハネするつもりではないか、次に依頼があるときは直接に話してもらえないかと話したということであるが、これは、まさに被告人が今回の仕事は一日1万円強の日当では不充分であり、海外で24時間拘束されて仕事に従事する以上、その倍額は日当をもらわなければ割に合わないと認識していたからである。この理は、運んでくる物品が禁制品であるか否かとは無関係である。被告人が、万一、禁製品を運んでいるということを認識していたならば、その危険性からして、およそこの程度の日当で仕事を請け負うはずはない。金に困っていたとしても、摘発された場合のリスクを考えれば、一日1万円の日当で刑務所に入ることは馬鹿らしいことだと考えるのが一般人だからである。被告人は、第一審の公判廷において、途中で気づんいれば帰国していたはずだと供述しているが、まさに海外旅行の経験がある被告人ならではの供述であり、極めて合理的な弁解である。 カ 以上から、報酬約束の存在は、禁制品の存在の認識を肯定する事情とはなり得ず、原判決の証拠評価は偏っているといわざるを得ないのである。
(5)利幅のよい物品の存在
さらに、原審は、被告人が請け負った仕事の内容が中国茶を運ぶことであると聞かされていたとしても、中国茶は利幅がよくない物品であるから、これを人の手で運んだところで、運び屋に報酬を払い、その渡航費や滞在費を負担するとなれば、とうてい赤字にしかならないはずであるから、そのような依頼は経済原理に反するもので、むしろ、運ばせようとしているものが禁製品であるからこそ、報酬や実費を負担しても相償うのだという思考に立っているものと考えられるが、これも中国茶が廉価な物品に過ぎないとの先入観に 基づく偏見である。
イ 別紙のとおり、中国茶には、それこそピンからキリまであり、日本国内で流通している品物のうち、最高級の部類(いわゆる「鉄観音」が多いようである)になると100グラムあたり1万円を超える価格(従って、1キログラムあたり10万円を超える高値)で流通している。これが卸値か売価かは判然としないが、かりに売価であったとしても、その下のランクの中国茶の価格と比較すれば、最低でも仕入れ値として1キログラム当たり5万円以上にはなると思われる。だとすれば、最高級の中国茶を4キログラム買えば、それだけで20万円以上することになるのであり、さほど多量ではなくとも、ひとりで持って帰ろうとすれば、前記の免税の上限をたやすく超えてしまうことになる(だから、被告人は、緒方に対し、「中国茶って高いんですか」と尋ねているのである)。このように、中国茶をいくら個人で持って帰ろうが、そもそも利幅が少ないから免税の上限に抵触するはずはないという原判決の証拠評価は、その根底から誤っているのであり、誤った思い込みも甚だしいといわねばならない。
ウ 被告人の認識としては、今回の仕事については、本来的に運んでくるものが調達できずに失敗に終わったか、もしくは、せいぜい中国茶を運ばされたに過ぎなかったということになろうが、上記のとおり、「お茶って高いんですか」と被告人が緒方に質問しているとおり、被告人とすれば、中国茶であっても高級なものがあるんだろうから、それを運ばされたとしても、とりたてて不思議なことではないと内心で思ったことは想像に難くない。 エ なお、原判決は、被告人が何を運ばされるのか、藤井や緒方に明確に確認をしなかったことが意図的であり、その態度が不自然であると指摘しているが、被告人としては、もともと禁制品を運んでくるという認識が全くなく、単に託されたものを運んでくれという依頼を受けたに過ぎないのであるから、運ぼうとするものが何であるかを執拗に確認する必要はない。だから、被告人が運ぼうとする物品が何であるか確認しなかったことが意図的であるという評価を受けるべき筋合いはなく、不当な言いがかりというべきである。この意味で、深センの藤井のマンションに被告人ら3名が一緒の部屋に宿泊した際、緒方が「覚せい剤」という言葉を発したか否か、被告人がこれを聞いていたか否かということは、被告人にとっては、何を運ばされるかに意味を感じていなかったのであるから、何ら問題にならない。
(6)被告人がキャリーケース内の茶箱に気づいたか
ア 前記のとおり、原判決は、被告人が香港空港に移動する途中にKとキャリーケースの中を見て、緒方から渡された税関申告書のひな型と食い違っていたので交換した際、キャリーケースの構造と中身の状態からして、その中に茶箱が入っていたことを被告人が見たことは明らかと考えられるところ、キャリーケースのチャックを開けて上から覗き込んだので、運動靴などは見えたが、茶箱が入っていることは気づかなかったとの被告人の公判廷での供述は不合理であると指摘している。
イ この点、被告人とKが託されたキャリーケースは、キャスターと伸縮式の手持ちがついている構造であり(検甲31号証)、立てたままで収納部のチャックを開けて、上(手持ちがついているところ)から中を覗くことができるようになっている(同号証のキャリーケースの写真から明らかである)。すなわち、キャリーケースを横に寝かせなければ収納部のチャックを開けて中身を見ることができない構造ではないから、被告人が供述するとおり、チャックを開けて上から覗き込んで内容物を確認したとの被告人の供述も、あながち不合理とはいえない。
ウ さらに、原判決が、キャリーケースの中身の状態からして、上から覗き込んだとしても、茶箱が入っていることは分かったはずだと指摘する点については、原判決は、検甲45号証に添付されたKが日本に持ち込んだキャリーケース(すなわち、これが交換前に被告人が持っていたキャリーケースということになる)の中身の写真に基づいて、かかる中身の収納状況であれば、上からキャリーケースを覗き込んだとしても、茶箱が入っていることは容易に分かるという証拠評価に立脚していることは明らかである。しかるに、この検甲45号証の写真は、Kが税関で手荷物の検査を受け、いったんキャリーケースの中身の全てを税関職員が取り出して(検甲32号証の税関検査の経過から明白である)、茶箱に隠匿された大麻の存在を確認した後に、あらためてキャリーケースの中に内容物を詰め込み直された後に撮影されたものである。というのは、Kの税関での再検査は、午後8時ころから午後8時47分ころ(この時刻は本件の大麻樹脂の仮鑑定が実施された時刻である)(検甲32号証)まで行われたが、上記の検甲45号証のキャリーケースの中身の写真は、この検査終了後の午後9時57分以降に撮影されたものだからである。従って、被告人が香港空港に行く途中で見たキャリーケースの中身の収納状況と、検甲45号証の写真に写っているキャリーケースの中身の収納状況が同一であるという証拠はなく、税関でキャリーケースの中身が取り出され、再び写真撮影のために詰め直された際、収納状況に変化が生じた可能性が高い。だとすれば、原判決が検甲45号証の写真に基づいて、被告人がキャリーケースの中に茶箱が入っていたことに気づかなかったはずはないと指摘していることは、その前提を欠くことになるもので、あながち被告人が茶箱が中に入っていることに気づかなかったとしても、これを不合理な供述だとして排斥することはできないといわねばならない。このような細かい証拠の見方についても、原審が予断と偏見を抱いていたことが分かろうというものである。
(4)概括的故意の認定の欺瞞性
1.原判決の判示内容
加えて、原判決は、第一審が摘示した各状況証拠の証拠評価に基づき、被告人には、キャリーケース内に収納された茶箱に隠匿された物品を違法に輸入するという認識があり、中国から運び屋が違法に輸入することができて茶箱に隠匿できる物品としては、偽札や違法薬物などの禁制品が容易に想像でき、これに被告人の自白の内容を併せ考慮すると、被告人が香港空港に向かう途中、キャリーケースを開けて、中に茶箱が入っているのを見た後ころまでには、大麻等の違法薬物を含む禁制品を運搬するという概括的認識かあったことが推認されると判示している(原判決17ないし18頁)。
2.概括的故意に関する判例の解釈
ア この点、覚せい剤の輸入・所持罪と概括的故意について判断した最高裁判決(最判平成2年2月9日裁判集刑事254号99頁)によれば、覚せい剤の輸入罪・所持罪が成立するためには、輸入・所持の対象物が覚せい剤であることを認識していることが必要であるが、その対象物が覚せい剤であることを確定的なものとして認識するまでの必要はなく、覚せい剤を含む数種の違法薬物を認識予見したが、具体的にその中のいずれかを特定した薬物として認識することなく、確定すべき対象物について概括的認識予見を有するに留まるものであっても足り、いわゆる概括的故意が成立するとの原審(東京高判平成元年7月31日判タ716号248頁)の解釈論を指示し、概括的故意であっても違法薬物輸入罪の故意として充分であるとの一般論を容認している。
イ しかしながら、この判例解釈は、行為者が禁制品一般の存在を認識していたとしても、違法薬物輸入罪の概括的故意としては不充分であり、かつ、概括的故意の対象である違法薬物の種類の中に、行為者が輸入している薬物が含まれていると認識していることが必要であるという前提に立っているもので、概括的故意の対象に一定の絞りをかけていることは明らかである。
ウ 従って、この判例の解釈に立てば、被告人に本件公訴事実にかかる大麻輸入罪の概括的故意が認められるためには、被告人が禁制品一般を運んできたことを認識しているだけでは不充分であり、大麻を含む違法薬物を運んできたことを認識していることが最低でも必要となるのである。
(3)原判決の論理飛躍
ア しかるに、原判決は、掲記の状況証拠から被告人が禁制品を運んできたことを認識していたものと推認できると述べているが、これをもとに、被告人に「大麻等の規制薬物を含む輸入禁制品を運搬する」概括的故意の存在も推認できると認定したことの理由付けが不足しており、明らかな飛躍であるといわねばならない。
イ すなわち、被告人が認識していたと推認できる輸入禁制品について、「大麻等の違法薬物を含む」と判例解釈に沿った絞りをかけることができる理由付けとして、原判決は、中国から運んでくるもので、茶箱に入るものといえば偽札か違法薬物が容易に想定できるとと述べているが、どうして「中国」から運んでくる「茶箱」サイズの禁制品として容易に「違法薬物」が想定できるのか、その合理的理由について何ら説明できていない。この点、原判決は、被告人が運んできた具体的な物品名を特定できていないことを理由として掲げているが、これは被告人の認識として「大麻を含む違法薬物」という絞りをかけることができる理由には結びつかない。なぜなら、被告人が香港から何を運んできたのかを特定し、これが禁制品であることを特定する立証責任、すなわち、被告人が「大麻を含む」違法薬物を運んできたと認識していたことを立証する責任は検察官にこそあれ、無罪推定が働く被告人に反対事実を立証すべき責任はないからである。
ウ だとすれば、原判決が、被告人の禁制品輸入に関する認識について、「大麻を含む違法薬物」の認識があったと推認できる根拠としては、まさに概括的故意を認めた被告人の捜査段階の自白の存在しかないのである。要するに、原判決としては、被告人の自白がなければ、大麻取締法の構成要件該当性に必要な概括的故意の存在を認定することは不可能だったことは明らかである。被告人の捜査段階の自白の信用性については、次項で詳細に論ずることにするが、まさに、ここに原判決の事実認定が極めて苦し紛れであることが露呈しているのであり、相当に無理な推論を重ねていることが容易に見て取れる。予断と偏見に基づく不当な判決というべき所以がここにある。
(5)まとめ
以上から、被告人が大麻を含む違法薬物を密輸しているという認識はおろか、その疑いすら抱いていなかったことは明々白々なのであって、これには一点の曇りもないといわねばならない。原判決の事実認定は甚だしい誤りを犯しており、とうてい看過できない重大な誤謬といわねばならない。しかも、原判決は、被告人の有罪を導くために、相当に無理な推論を重ね、飛躍した事実認定に陥っている。看過できない不当性があることはいうまでもない。
4 自白調書の任意性・信用性
(1)原判決の判断
1.原審は、被告人の捜査段階での自白調書について、その信用性を排斥した第一審とは正反対に、この内容が信用できるものとし、これを被告人が大麻密輸の(概括的)認識があったことの有力な証拠として位置づけている。
2.思うに、原審には、被告人の自白調書は基本的に信用できるという先入観があり、これに基づいて被告人の公判段階における供述を不自然で信用できないと排斥しているものであり、佐賀の北方事件、鹿児島の志布志事件という虚偽自白がもとになった重大な冤罪事件が相次いで無罪確定した現在、今更ながら自白偏重の悪しき刑事裁判の残滓が存在しているのかと思うと、まさに刑事裁判は「絶望的」状態からいまだ脱却していないという感は拭えない。
3.しかしながら、この被告人の「自白」調書については、その変遷の過程および供述内容に照らし、極めて不自然であり非合理的であることが一目瞭然であるといわねばならない。また、明らかに許されない起訴後の検察官の取り調べで「自白」調書が作成されていることについても、まさに看過できない事実である。
(2)供述の変遷過程
1.被告人は、平成18年3月3日午前3時7分に逮捕され、司法警察員によって弁解が録取されているが(検乙26号証)、大麻密輸の認識について全面的に否認している。
2.さらに、同日、司法警察員による身上関係の供述調書が作成されている(検乙10号証)。
3.同月4日、被告人は検察庁に送致され、午後2時30分、弁解が録取されているが(検乙27号証)、ここでも全面的に否認している。
4.同月5日、裁判所において勾留質問が実施され(検乙28号証)、勾留決定が発令さているが、被告人は、ここでも全面的に否認を貫いている。
5.被告人は、勾留後、連日にわたり早朝から深夜まで警察官の取り調べを受け、同月10日、同月13日、同月15日、同月16日(この間に同月14日に勾留延長されている)と4回にわたり、司法警察員の手で本件の経緯について詳細な供述調書が作成されている(検乙21号証ないし検乙24号証)。しかしながら、被告人は、この時点では本件の経緯を自己の体験したままに客観的に淡々と述べるだけであって、肝心の大麻密輸の認識については全く触れられていないため、否認を継続したのか、それとも自白に転ずる姿勢を見せたのか、その点は明らかでない。
6.そして、同月17日、司法警察員に対する供述調書(検乙25号証)において、被告人は、禁制品を運んできたのではないかとの趣旨の供述が録取されている。しかしながら、この段階では、大麻を含む違法薬物を運んできたと認識していたと明確には録取されておらず、いわゆる「半割れ」のような体裁となっている。
7.被告人は、その後も連日的に取り調べを受けているが、供述調書は作成されておらず、起訴前日の同月23日、検察官に対する供述調書2通が作成されているが(検乙11号証ないし検乙12号証)、この中で、被告人は、偽札か大麻を含む違法薬物を運んできたのではないかと認識していた(概括的故意があった)と突如として供述している。
8.そして、翌日の同月24日、被告人は福岡地方裁判所に起訴されているが、いわゆる求令起訴であったため、同日、裁判所で勾留質問が実施されているが、この際、被告人は再び否認したとされている。
9.さらに、起訴から約1週間が経過した同月30日、検察官は再び被告人を取り調べ、違法薬物か偽札を運んできた旨の密輸の概括的故意を認める自白調書(検乙13号証)が作成されているのである。
(3)自白内容の不合理性
1.このように、被告人は、捜査段階で否認から自白に転じ、起訴後の勾留質問で再び否認に転じたものの、起訴後の検察官の取り調べにおいて、またもや自白が維持されていることから、原審は、検察官から押しつけや理詰めの誘導があったと弁済しているわりには、変遷の仕方に合理性がないとして、結論的に自白に信用性が認められると判断している。しかしながら、問題は、被告人の変遷のみならず、自白調書に記載された自白の内容そのものに合理性があるか、自白内容が不自然ではないかということである。
2.とりわけ、平成18年3月23日付けの2通の検察官調書を詳細に検討すると、被告人は、それまで大麻密輸の認識はなかったと否認していたが、実は違法薬物か偽札を運ばされてきたのではないかと疑っていたとして、薬物輸入の認識が概括的に存在していたとの趣旨の供述に転じているが、それまで頑強に否認を貫いていた被告人が、何故このように概括的故意を容認する供述に至ったのか、否認から自白に転じた具体的理由については何ら記されていない。
3.さらに、上記の検察官調書にかかる被告人の供述内容は、茶箱の中に「違法な物が隠されているのだろうと思った」(検乙12号証8頁)と記載されているのが、次の段落では、「お茶の葉のように覚せい剤や大麻等の薬物を隠しているか、お茶の箱の中に偽札が隠してあると思いました」(同9頁)と唐突に具体的な禁制品の種類を特定する供述にすり代わり、その後は「薬物か偽札」で供述が統一されて推移している。このように、いきなり『薬物か偽札』という具体的な禁製品の種類が出てきた理由についても、合理性ある説明が論理的に展開できていない供述内容となっている。
3.このように、当初、禁制品の認識ありと概括的に認め、その次に禁制品の種類を特定して認識していたとのワンランク上の概括的認識に移行したという被告人の供述内容(変遷内容)自体が、まさに検察官が取り調べにおいて被告人を理詰めで誘導し、あるいは後述の威迫によって半ば無理やりに被告人の自白調書を作成したということが見て取れるのである。
4.では、どうして検察官は、このような不自然な自白の取り方をしたのかということであるが、これは、薬物輸入事犯における故意の程度を論じた前記の最高裁判決(最判平成2年2月9日裁判集刑事254号99頁)が、薬物の密輸入という犯罪の成立に必要な故意としては、違法薬物の種類を特定せずとも、違法薬物を輸入していることの概括的認識があれば足りるとの解釈論に立脚しているが、裏返せば、禁制品一般の存在を認識しているだけでは、薬物密輸入の概括的故意としては不充分であるという前提に立っているからにほかならない。すなわち、検察官は、禁制品との認識があれば、その禁制品の種類は問わないという自白内容では不充分であり、最低でも『違法薬物』であることの認識が必要であるとの判例解釈を知っていた。だから、単に「違法な物」に留まらず、せめて「違法薬物」との供述を自白調書に盛り込まなければならないと考え、検察官は、「違法な物」には何があるか、「偽札」は含まれるかなどとワンクッション置いた後、被告人を「違法薬物」という具体的供述に導いたものにほかならない。
5.要するに、検察官は、香港や中国から物品を人力で運んでくるとい う被告人の行動がいかに常識外れであるかを散々に指摘して、禁制品を運んできたことを被告人は分かっていたはずだと誘導し、長時間・長期間の連日の取り調べで否認を続けることに疲弊した被告人が、次第に検察官の刷り込みによって揺れ動き始めるや、検察官は、禁制品にはどのようなものがあるかと質問し、穂香港や中国から持ち運ばれる禁制品にはどのようなものがあるかと誘導し、さらに「違法薬物」の認識という終着点に被告人を一気呵成に引っ張っていったのが、被告人に対する取り調べの実態であるといっても過言ではない。このように、比較的に否認が多いとされる薬物密輸入犯について、かかる誘導型の取り調べが行われることは日常茶飯事であり、故意の否認の場合、まず禁制品一般から攻めて被疑者を動揺させ、徐々に禁制品の
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昨年暮れ、友人の英国人が逮捕されるかもしれないと相談がありました。その顛末を相談者のKさんにまとめてもらったので掲載します。英国大使館の対応に好感を持つ人も多いのではないでしょうか。
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これは2006年12月、友人に起きた大麻所持で逮捕される一歩手前の事件について、どなたかの参考になればと思いまとめたものです。Eは40代後半の英国人の男性で、日本には10年以上滞在していました。
1. 救急車
その日、彼は1年ぶりに自宅で友人と大麻を喫煙しました。その大麻は友人が持ってきたそうです。次の日の夜、同じ大麻の残り(ジョイント一本分)を一人で吸い床について30分ほどが経過したところに急に具合が悪くなってしまい、救急車を呼ぶことになってしまいました。胃にガスが溜まり、喉と口が極限状態なまでに乾いて舌も動かせなかっていたと彼は話します。
Eはとりあえずトイレに駆け込み、ビニール袋を破いて残っていた大麻を全て流しました。そして救急車を呼びました。最初は間違えて119番ではなく110番してしまうほど、動転していたようです。119番には外で待っておくように言われたため、半そでで真冬の夜中に30分間も待ちました。Eの大麻喫煙暦は長く、強い品種の経験も、多くの量の経験もあったにもかかわらず、このようなことは初めてのことでした。
救急車が到着してから、戸締りをお願いしようと鍵を渡すとなんと大きなバッズが付着していたのです。トイレに処分している時に強く握り締めすぎたせいだったのでしようか。
救急隊員(以下Qとする)「これは大麻じゃないの?」(袋に入れようとする)
E「何のこと?よく見えない。」
Q「これだよ」(目の前に差し出す)
E「これは夕飯に食べたバジルの残りだー!」(最後の力を振り絞ってこれを奪ってすぐに飲み込む)
Q「あぁー!」
救急隊員らは相当気を悪くしたようで、そこから尋問が始まりました。
Q「日本で自らこのような悪いことをするやつは助けないよ。」
E「バジルハ違反デスカ、バカヤロウ!クタバレ!」
詳しくは後述しますが、ここで救急隊員は新たなる「証拠」を探しにEの家へ勝手に上がりこみました。
Q「大麻吸ったね?」
E「足つったつってる」
Q「あなたのような人を助けるために私たちはいないんですよ」
以上の会話が無限に「繰り返される」ような体験だったようです。
病院に空きがなかったのか、ただ救急隊員が「懲らしめる」ために救急車を動かさなかったのか、30分間程度そこから動きませんでした。体温は34度まで下がっていて、危険な状態だったようです。
救急車が走り出してからは、救急車の中では通常の手順のようで簡単な質問を繰り返しされたようです。「あなたの名前は何ですか?」、「今日は何月何日ですか?」などです。本人はこれがとてもシュールリアリスティックに感じられ、実際にそれが何度も聞かれていることになかなか気づきませんでした。
2. 病院
ある私立大学病院にやっと搬送されると点滴や注射などを受けるとすぐに具合はよくなり、お医者さんと二人で話すことになりました。
お医者さんは「救急車の隊員はあなたが大麻を吸ったと言っています。私には本当のことを言っても秘密は守りますから教えてください。」というので、事実を告げたようです。
「医者には守秘義務があるので教えても大丈夫ですが、救急隊員にはこういうことは教えてはいけません」、「今回はおそらく安全ではない肥料や農薬が原因なのではないか」といったコメントをもらったようです。
その後警察が面会を求めてきました。救急隊員が通報したのだと思われます。
刑事が二人だったようです。部屋の外だったのではっきりとは聞こえなかったようですが、「いえ、それは本人の同意がないことには・・・」とお医者さんが話しているのが聞こえたといいます。看護婦さんは「私も××県警が大嫌いだから安心して!とりあえず面会して適当なことを言えばいいわ」と言ってくれました。なので面会することになりました。
刑事(以下Kとする)「救急隊員が大麻を吸ったと言っていますが、本当ですか?」
E「いいえ、大麻なんか吸ってませんよ。サルビア(Salviadivinorum)を吸いました。」
K「それ違法でしょ?」
E「違法じゃありませんよ!なんなら見せてもいいですよ。」
K「何でそんなもの吸ったの?」
E「今失業中でしかも離婚調停中で、ストレス解消に吸いました」
K「あ、そう。日本語うまいね」
E「いえ、まだちんぷんかんぷんですよ」
以上のような内容だったようです。その後少しだけ偽った名前を教えると刑事らは引き返していきました。看護婦さんには「いい感じだったと思うよ!」と言ってもらえました。
その後尿を採取され、しばらくするとお医者さんが賞状のようなものを持ってきました。よく読めなかったようですが、でかでかとTHCと書かれていました。「非常に値が高いですね」などといわれたようです。この時点では食べたバッズが効いてきたのか、楽しくなってきて、
E「あ、合格ですか?」
医者「はい、合格です(笑)」
などとおしゃべりをしたようです。その後、朝まで見回りに来る看護婦さんたちとおしゃべりしながら過ごしてから自宅へ帰されました。
3. 自宅
自宅へ戻ってすぐに異変に気づきました。台所に置いてあったクラートム(Mitragyna SpEcioSa)の乾燥葉数枚がまるごと消えていたのです。おそらく警察へ渡そうとしていた大麻のバッズを食べられたので、救急隊員が家へ浸入して盗んだのだと思われます。ただこれを大麻だと勘違いしたのはむしろ不幸中の幸いだったかもしれません。
この時点で自分へ連絡があり、昨晩の事件について知らされたので、「無料で相談に乗ってくれる人たちのウェブサイトを知っているから相談してみる!」とTHCに相談させてもらいました。
その日、Eはとりあえず英国大使館へ相談をしました。医者にすでに大麻を吸ったことを告げたにも関わらず尿検査を同意なく勝手にされたこと(医療と無関係なのでは?)、救急隊員の行動のことなどを相談しました。
担当「実際大麻は使用しましたか?」
E「はい、使用しました」
担当「悪い子ですね。しかし協力します。とりあえず病院には同意なく受けさせた検査結果を破棄するように要請しておきます」
と、非常に協力的だったようです。これは国籍によって大きく対応が異なるところだと思います。
4. 21日間
THCの方と相談する中で「大麻には使用罪がない」が気をつける必要があることなど、たくさんアドバイスをいただきました。
事件から22日間は比較的平穏でしたが起こったことといえば、病院へ同意のない検査をされたことに対する抗議文をファックス(大使館にも同内容のものを送付)したことと、英国大使館の検査結果の破棄の病院への要請は断られ、公式な返答は「一週間後」にするとの返事だったことくらいです。後は当然ですが部屋をくまなく掃除しました。
5. 家宅捜査
22日目の朝9時ごろ突然警察は来ました。10分くらい居留守を使いましたが延々とドアを叩き続けるのでしかたなく「アサカラナンダウルセーナー!」とドアを出ると、「大麻取締法に関する通報を受けたので捜査させていただきます」といわれ、捜査令状を見せられたのでとりあえずリビングに5人をあげました。刑事1人、捜査員3人、通訳1人で、全員作業服を着て歩いてきたようです。
まず刑事は「使用罪はありませんのでご安心ください」と自ら事前に断ってきました。
E「何で大麻は使用罪がないんですかねー?」
刑事「さぁ、覚せい剤とは違うからだと思います。私たちは大麻のことをそんな問題だと思っていないんです。覚せい剤をする人は強盗や殺人を犯しますからね」
それから「煙草吸っていいですか?灰皿を貸してもらえますか?問題にならないのを(笑)」といわれたので、灰皿がなかったので皿をだしたようです。
「問題のない灰皿はないんですね(笑)」と言われました。
また「いやぁ、綺麗に掃除された家ですね(笑)」とも皮肉を言われたようです。
次に「大麻の検査結果を病院に要請しましたが断られてしまいましたので私たちは結果を知りません」と刑事はいいます。
Eはとぼけて「え?私は大麻の尿検査なんて受けていませんよ?何でそんなこと知ってるんですか?」と聞き返すと慌てて「いえ、念のためです」と少し外れた返事だったようです。
そこで捜査が始まったようなのですが、Eは「××県警は証拠を捏造するで有名だから5人全員私が見えるところでだけ捜査してください」というと「そんなことしませんよ(笑)」といわれ、それからEの案内で部屋を全部まわり始めました。
しかしまじめに探している様子はまったくなく、指でものをつついてどかす程度で、タンスをひとつ開く以上のことをせずにすべての部屋を10分でまわったようです。
E「冷蔵庫の中はみないんですか?」
捜査員(以下Sとする)「え、なんでですか?」
E「大麻する人は冷蔵庫に保管しておくんじゃないですかね・・・」
S「あ、そうですね。」
刑事「この北京原人が!」
などと和気藹々な雰囲気だったようです。
そこで冷蔵庫にサルビアの葉が見つかったので、それの写真を撮られたようです。Eの顔の写真も撮られました。
その他には趣味で栽培している様々な植物の写真を撮られたことくらいです。最後に「通報を受けることがなければこれで私たちからお伺いすることは二度とありませんのでご安心ください。これからはビールが酒にしてくださいね」と言い残して帰りました。
6. 最後に
Eの考えでは、英国大使館が尿検査の件で何度も病院に電話してくれたことで、警察も儀礼的に捜索をするだけで済んだと思われます。根拠としては明らかにまじめに捜索しなかったことと、尿検査をしたかどうかわかるはずないのに結果をもらってないと発言したことなどだと思います。
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祐美さん、控訴しました。控訴することについて、祐美さんには深い葛藤があったようです。これ以上家族に迷惑をかけられないという思い。司法への絶望感。
先に祐美さんの件について、カンナビストの掲示板に書き込んだものを編集して残しておきます。
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もし、祐美さんが荷物の中身を営利目的の大麻だと知っていて日本に持ち込み、それで逮捕されたなら、私も敢えて控訴したほうがいいとは思わないけど、祐美さんの場合は本当に全く何も知らずにナイジェリア人の男に騙されて運び屋をやらされてしまっただけなのです。
だから、判決は当然無罪であるべきだと思います。彼女が何も知らなかったことは、彼女との手紙のやりとりでも、懸命に支え続けているお姉さんの話でも歴然としています。未だに送られてくるナイジェリア人の男のメールからもそれは明白です。祐美さんを騙し、荷物を預けた本当の犯罪者である男自身が、「自分も中身を知らなかった」とか、ドラッグのことなど姉さんは書いてもいないのに、「どんな種類のドラッグが入っていたのか」などとメールに書いてきています。
祐美さんが荷物の中身を大麻だと知っていたことを示す物証は何一つありません。逆に、ナイジェリア人の男に騙されていたことを示す事実はたくさんあります。ただ、騙されていたことを示す証拠が、荷物の中身に関しての直接的なものではないため、法廷という場での証拠能力が弱いということのようです。
この事件は、裁判員制度によって審理されれば、普通の市民感覚からは無罪が導かれるだろうと思います。実際に導入される裁判員制度では、大麻の事案は対象外ですが、取り調べの様子をビデオで検証することができれば、裁判員は事件の事実と真実により強く迫ることができるだろうと思います。逆に言えば、当局がでっちあげた調書から事実と真実は見えないということです。
この国の供述調書など、取り調べる者の作文に過ぎず、容疑者が言ってもいないことを平気で書くのが警察権力のやり方です。私も全く同じ経験をしました。私は署名を拒否して書き直させましたが。
裁判の費用を工面したり、頻繁に面会に行って祐美さんを励まし続けてきた姉さんも、妹の無実の罪を晴らすため、控訴することを望んでいます。
祐美さん本人は、何も知らずに騙されていただけとはいえ、大量の大麻を国内に持ち込もうとしてしまったことは事実だし、これ以上家族に迷惑をかけられないからという理由で、控訴に迷いがあるようです。
11ヶ月になる独居房生活で、祐美さんは自分の落ち度と深く向き合っています。
でも、お姉さんをはじめ、ご家族は迷惑などという感情で事件を捉えているのではなく、大切な家族の無実を証明し、一日も早く家庭に取り戻したいという思いだけで頑張り続けています。
控訴できるのにせず、実刑が確定してしまったら、姉さんは一生そのことを負い目として引きずることになると感じているようです。だから、最後まで頑張りたいとご家族は思っています。
一審判決後、お姉さんたち家族は、連日面会に出向き、祐美さんに控訴するよう説得しています。祐美さんは、ただ泣くばかりだそうです。
このような冤罪を受け入れてしまっては、いつまでたっても日本から冤罪はなくなりません。事情が許し、本人にその気があるのであれば、控訴して無罪を勝ち取るよう務めるのが、こんな最低のクズ男に騙された祐美さんの、現時点での社会的責任でもあり、愛情深いご家族への償いでもあるだろうと私は考えています。
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一審は千葉地裁でしたが、控訴審は東京になります。祐美さん自身も千葉拘置所から東京小菅に身柄を移されるようです。
姉のさゆりさんは、控訴審に向け、東京での裁判に備えて新たな弁護士に弁護を依頼しました。今月末に弁護士が祐美さんと接見し、控訴審の方針などについて詰めることになるようです。公判はまだしばらく先になりそうですが、東京での裁判なので、さゆりさんとも相談のうえ、可能な方には傍聴を呼びかけたいと思っています。
さゆりさんは、控訴審をお願いする弁護士と電話で話したそうです。弁護士は、一審では何人くらい証人を立てたのかと尋ねたそうです。一審での証人は、検察側の税関職員二名でした。さゆりさんがそう答えると、弁護士は、被告側の証人を立てなかったことを意外に感じていたそうです。やはり、弁護士によっても公判の組み立てや戦略に違いがあるのでしょう。
祐美さんの件については引き続きレポートします。
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ナイジェリア人の男に騙されて、何も知らずに、缶詰に隠された大麻6キロを密輸入しようとして、成田税関で逮捕された祐美さんの件、千葉地裁で判決公判がありました。懲役5年罰金100万円でした。(裁判官・古田浩)
公判での争点は、祐美さんが缶詰の中身を知っていたかどうかですが、彼女が中身を知っていたことを示す物証は何もありませんでした。
祐美さんに大麻を隠した缶詰を持たせ、自分は帰国しなかったナイジェリア人の男は、「自分も日本に帰国して祐美さんの為に証言する。自分は祐美さんを愛している。航空チケット代を送ってほしい。」などとメールで祐美さんの姉に連絡し、姉のさゆりさんに20万を送金させておきながら帰国せず、さゆりさんがドラッグのことには触れてもいないのに、「どのような種類のドラッグだったのか」とか、「自分も荷物の中身を知らなかった」などとメールしてきており、それらのメールも祐美さんが騙されていたことを示す証拠として弁護士は提出しましたが、判決は祐美さんが氏名不詳者らと共謀のうえ、大麻6キロを密輸入しようとしたと認定し、長期の実刑判決が言い渡されました。
祐美さんに面会したさゆりさんの話によると、供述調書も祐美さんが言ってもいないことが書かれているそうです。
ミランダの会という弁護士グループが取り調べの可視化(録画と録音)を主張していますが、不当な取り調べや、不当な供述調書作りを防ぐためにも、必要なことだと思います。
冤罪は、こうして警察権力と司法権力がでっちあげるのだと、目の前で見せ付けられる思いです。
2009年から裁判員制度が始まり、殺人などの事件で国民が義務として裁判員を務めることになっていますが、その際にも取り調べのビデオは裁判員にとって貴重な判断材料となるでしょうし、現状のようなでっちあげ調書だけを示されても、国民は公正な判断をすることができないでしょう。取り調べのビデオを検証することでこそ、裁判員は事実や真実に迫ることが可能となるのではないでしょうか。
それにしても、無実であろうとお構いなしに刑務所行きのベルトコンベアーに国民を乗せて流す警察と司法。このような現実を私たちは知らなさ過ぎると感じてもいます。
祐美さんの控訴審に関しては、お知らせできる状況になり次第、お伝えします。
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さゆりさんの妹・祐美さん(23歳)の件、公判レポートの掲載が途切れていましたが、5月1日に結審しました。弁護方針や提出する証拠などについて、THCとしても意見を伝え、ささやかながら協力してきましたが、状況は厳しいようです。
祐美さんは、昨年7月、ベルギーから成田に帰国した際、大麻密輸入(大麻6kg)の現行犯容疑で逮捕されました。取調べの当初から、中身については知らなかったと祐美さんは供述しています。
祐美さんが持ち込んでしまった大麻はフルーツなどの缶詰12缶の中に入っており、その缶詰は、祐美さんの彼氏であるナイジェリア人の男・チャーリーから現地で預かったものだと祐美さんは供述しています。それまでも何度か、祐美さんは、チャーリーに依頼され、携帯電話の輸入の仕事を手伝うつもりで、ヨーロッパに出かけています。
昨年、大学を卒業したばかりの祐美さんは、内定していた会社に勤めるのではなく、彼に誘われて、彼の貿易の仕事を手伝う仕事を選択しました。彼女としては彼の仕事を手伝っているつもりだったのです。ナイジェリア人のチャーリーと知りあったのは、学生時代、クラブでのことでした。
祐美さんは、チャーリーから、仕事の内容は携帯電話関連の貿易の仕事だと聞かされていました。日本で調達するより安く買えると説明されていたのです。
そのナイジェリア人・チャーリーとクラブで知り合ってから、祐美さんとしては、恋人という関係として、チャーリーと付き合っていました。チャーリーもそのような態度で祐美さんに接していたそうです。祐美さん自身はタバコも吸わず、成田の税関で逮捕されるまで大麻を見たこともなかったそうです。
昨年の7月、ベルギーから帰国して逮捕された際、祐美さんは一人でしたが、現地ではチャーリーも一緒におり、祐美さんに荷物を預けたチャーリーは後から帰国することになっていました。これまでも祐美さんは同じように缶詰を持って帰国したことがあり、また、チャーリーがナイジェリア料理の店で友人たちにその缶詰を安く分けている様子を見たこともあったので、中身が大麻であるなどと疑いもしなかったのです。
祐美さんに缶詰を持たせたチャーリーは、帰国した祐美さんからの連絡が途絶えたため、自分は帰国しませんでした。
祐美さんが使っていたパソコンからチャーリーのメールアドレスを知った姉のさゆりさんは、事件のことには触れず、なぜ帰国してこないのか、荷物が何か知っていたのか、など、チャーリーとメールのやりとりを始めました。
チャーリーからの返信は、彼女は今どうなっているのか、彼女を愛している、彼女のことが心配だ、日本に帰りたいけれどもお金がない、など、祐美さんの身の上に異変が起きたことを察知した内容でした。
チャーリーのメールには、日本の銀行口座にはお金があるものの、海外でそれを引き出すことができないので、飛行機のチケット代を送金してくれればすぐにでも日本に帰国する、と書いてありました。そのようなメールがしつこくチャーリーから送られてきました。
さゆりさんは、妹の祐美さんの逮捕から間もないころ、チャーリーが祐美さんに有利な証言をしてくれることに一縷の望みを抱き、日本円で20万円を彼に送金しました。しかし、チャーリーは帰って来ませんでした。そしてその後も、なんだかんだと口実をつけてはお金を送ってくれとさゆりさんにメールしてきています。
当初、祐美さんが逮捕されたことについては、チャーリーへのメールで触れなかったさゆりさんですが、裁判が始まり、状況が好転しないので、荷物の中身について知っていたのかというメールをさゆりさんはチャーリーに送りました。さゆりさんは缶詰の中身が大麻だったことには触れていないにも関わらず、チャーリーからの返信には、「どんな種類のドラッグだったのか?」と書かれていました。中身が大麻であったことをさゆりさんが返信すると、チャーリーからの返信には、缶詰はチャーリーのものではなく、友人から預かったもので、チャーリー自身も中身については知らず、その友人が事情を知っていると書かれていました。
ではその友人だという男と連絡をとりたいので名前と連絡先を教えるようにとさゆりさんはメールしましたが、チャーリーからの返信には、その友人は事件のことで、地元の警察に出頭し、戻ってきていないなどと書かれていました。
そして、チャーリーの友人だと名乗る者から、チャーリー自身も地元警察に捕まってしまい、弁護士に相談しているというメールが送られてきました。
それではその弁護士の名前と事務所の住所を教えるようにというメールをさゆりさんは送りましたが、返信はありませんでした。
公判のさなか、祐美さんは、弁護士から、チャーリーがすでに日本人女性と結婚していることを知らされました。祐美さんは、留置場で、弁護士に教えられるまで、チャーリーが既婚者であることを知りませんでした。
公判では、当局に都合よく書かれた調書が読み上げられ、祐美さんが、そんなことを言ってはいないという意味を込め、首を強く横に振る場面もあったそうです。傍聴したさゆりさんによると、午前中に開かれたその公判で、古田浩裁判官は、昼メシでも気になるのか、さっさと終わらせたい素振りが丸見えだったとのこと。
5月1日、検察の論告求刑は、懲役7年罰金150万円でした。
結審直後の面会で、さゆりさんも、祐美さんも、涙が止まらなかったそうです。
弁護士によると、状況はとても厳しく、実刑判決の可能性が極めて高いので、控訴するなら早急に準備を始めた方が良いとのこと。控訴審は東京に移るので、弁護士も別の人に依頼するよう勧められたそうです。
判決公判は5月30日、千葉地裁で開かれます。実刑判決に備え、さゆりさんたち家族は控訴審に向けた準備を始めています。
さゆりさんは、弁護士費用などを稼ぐため、仕事を一つ増やしました。
THCは、共に戦います。
*文中、さゆりさんと祐美さんは仮名、チャーリーは本名です。
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