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大麻取締法違憲論裁判 > 桂川さん裁判
上告趣意書
桂川さん裁判 : 投稿者 : 白坂@THC主宰 投稿日時: 2005-06-13

平成17年(あ)第820号 大麻取締法違反被告事件
被告人  桂川 直文

上告趣意書

2005年(平成17年)6月2日

最高裁判所 第3小法廷 御中

上記被告人に対する、頭書被告事件について、弁護人の上告の趣意は下記のとおりである。

弁護人  金井塚 康弘

第1 緒論

1 原判決は、上告人の控訴を棄却し、第1審の言い渡した「被告人を懲役5年に処する」等とした実刑判決を維持した。大麻取締法の刑罰をもってする規制は、憲法12条、13条、19条、21条、25条、31条に各違反するとの主張を認めず、特に、近時、先進諸外国が大麻規制を他の麻薬、薬物規制とは切り離して非刑罰化、非犯罪化している状況に鑑み、最高裁がなした20年以上前の大麻に関する医学的、薬学的知見に基づく合憲判決を見直すべきであるとの真摯な問いかけに裁判所は再び答えようとせず、第1審を取り消す理由はないとして控訴を棄却した。

2 しかし、立法事実が法制定時、最高裁の20年前の合憲判決時より大きく異なり、医学的・薬学的知見が変わってきているにもかかわらず、国会の立法裁量を審査することもなく、大麻取締法をなお合憲と断じ、被告人への実刑判決を維持した原判決には、以下に詳述するように、憲法12条の保障する市民的不服従の権利の侵害、また、同12条、13条、19条、21条、25条、31条の保障する大麻摂取等についての幸福追求権、自己決定権等を侵害する重大な違法がある。また、一部立法事実の誤認もあり、実刑の量刑も重きに失し、破棄して差し戻されなければ、著しく正義に悖る結果となる。
以下に順次詳述する。

第2 憲法違反(その1)

1 憲法12条の保障内容

憲法12条は、「この憲法が保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」と国民の憲法保持義務を規定する。「最高法規」である憲法が保障する自由及び権利は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であり(同97条)現在の国民もこの遺産の上に安住することは許されず、国家権力による侵害のないように不断に監視し、自分の権利侵害に対して闘うのみならず、他人の権利のための闘争も支持する義務を課しているものである。

この規定は、立法主義憲法の一局面として、政府、国家機関が権力を濫用し、立法主義憲法を破棄した場合に、国民が自ら実力をもってこれに抵抗し、立法主義法秩序の回復をはかることのできる権利、すなわち、抵抗権の趣旨を明らかにしたものと解されている(例えば佐藤幸治『憲法[第3版]』51頁以下)。権力と自由の間には不断の緊張関係があり、立法主義法秩序を維持するためには何をしなければならないか。非実力的、非暴力的法違反行為としての「市民的不服従」や時としてこの「抵抗権」のように実力による闘争が必要であることを、国民に対し憲法内在的に自覚が促されていると解されている。

2 市民的不服従の権利

抵抗権は、実力を伴う闘争であるが、市民的不服従は、法違反行為でありながら非実力的・非暴力的なところに特色があり、抵抗権より、より現実的で具体的な意義を持つと言われている。
すなわち、憲法12条の保障する市民的不服従ないし市民的不服従の権利は、立憲主義憲法秩序を一般的に受容した上で、異議申立の表現手段として法違反行為を伴うが、それは、「悪法」を是正しようとする良心的な非暴力的行為によるものであるところに特徴があり、そのような真摯な行為の結果、「悪法」が国会において廃止されたり、裁判所によって違憲とされて決着をみることがあり得、そのことを通じて、法違反行為を伴いながらかえって立憲主義憲法秩序を堅固なものとする役割を果たし得る。正常な憲法秩序下にあって個別的な違憲の国家行為を是正し、抵抗権を行使しなければならない究極の状況に立ち至ることを阻止するものとして注目されている(佐藤前掲書53-54頁ほか)。

3 被告人による「悪法」改廃是正行為

被告人による本件行為、特に大麻草の栽培と譲渡は、長野県の栽培許可を取りながら行われていたことに端的に表れているように、可能な限り適法行為として行いながら、市民的不服従として、大麻の有効性、有用性を検証して行き、大麻取締法規制の緩和、廃止を訴えていくもので、非暴力的で真摯な「悪法」改廃是正運動であったとも評価できる。
だとすれば、被告人の行為を「悪法」の改廃是正の市民的不服従の行為である側面をことさらに切り離して形式的な法違反行為として評価することは失当である。被告人の正義心の発露であり、市民的不服従の権利の行使であることを無視して裁くことは、すなわち市民的不服従の権利の侵害であるといえる。
傍論としてではあるが抵抗権の行使が検討された事案において、「不法であることが客観的に明白」であり、「憲法法律等により定められた一切の法的救済手段がもはや有効に目的を達する見込みがなく、法秩序の再建のための最後の手段として抵抗のみが残されている」場合に抵抗権の行使としての実力行使が認められると判示されたことがあるが(札幌地判S37.1.18、下刑集4巻1,2号69頁)、抵抗権と異なり実力や暴力を伴わない市民的不服従が認められる要件は、より緩やかなものと解されている。
栽培免許を適法に取りながら栽培を続け、長野県が許可の更新をしなくなって以降、栽培の継続を知りながら放置していた経緯等も考慮に入れて被告人の行為の適法性が理解できるのである。
刑法的に言えば、法違反行為の違法性が阻却されなければ、市民的不服従の権利の侵害となる関係にあるのである。

4 小括

よって、大麻取締法違反の部分の無罪ないし違法性阻却をあくまで認めなかった原判決は、憲法12条の市民的不服従ないし市民的不服従の権利を侵害しているので破棄されねばならない。


第3 憲法違反(その2)

1 原判決とその問題点

(1)原判決は、「大麻の有害性は、かねてより所論が指摘する最高裁判所の決定を含む多くの裁判例において肯定されており、多くの裁判所においては公知の事実として扱われるに至っているものであるけれども、所論が大麻の作用に関する医学的研究の進展等を指摘するので、あらためて検討してみても、関係証拠によれば、近時の医学的文献において、大麻には、幻覚・幻聴・錯乱等の急性中毒症状や判断力・認識能力の低下等をもたらす精神薬理作用があり、初心者などに対して急性の精神症状をもたらすことがあるなどとされており、大麻が人の心身に有害であるとはいえても、有害性が極めて低いとはいえないことが認められる。」(原審判決書5頁)として、大麻の有害性は医学的文献に示されている「幻覚・幻聴・錯乱等の急性中毒症状」「判断力・認識能力の低下等をもたらす精神薬理作用」「初心者などに対して急性の精神症状をもたらすこと」という三点だとして、「大麻が精神薬理作用を有する薬物であって、その有害性も否定できないことから、これを国民の保健衛生上の危険防止という公共の利益の見地から規制することは十分に合理的であるから、どの範囲で規制を加え、どのような罰則を定めるかは、原則として国民の代表者によって構成される国会の立法裁量に委ねられていると解される」(同6頁)として、合憲の結論を導かれている。

(2)しかし、薬物に限らず、合法的な医薬品・化粧品・食品・嗜好品などを含むいかなる物質であっても使い方や使用量を誤れば人体に有害に作用するものであり、有害性を完全に否定することは不可能である。「有害性を否定できない限り」およそ国会の立法裁量でどのような立法も原則合憲であるとするなら、特に法規制で基本的人権が侵害されている場合、救済の途が閉ざされる。
また、有害性があるとしても、それが、刑罰を伴う程の規制が必要なほど有害な実質があるのかどうかは、法廷手続きの保障、適正手続きの保障、罪刑均衡の原則等から慎重に考量、判断されるべきである。

2 大麻取締法の規定と問題点、刑罰規制を必要とする立法事実の不存在

まず、刑罰を伴う規制にするのが適当か否かであるが、懲役刑の下限が覚せい剤取締法等と比較すると重くはないとする刑の下限論で言えば、選択刑としての罰金刑がないことは、欧州の立法例等と比較して、つとに指摘されているところである。
大麻取締法は、大麻の栽培,輸出入について懲役7年以下、所持,譲渡について5年以下という重罰が規定され、選択刑としての罰金刑が予定されていない(罰金は併科される)。
そもそも、この大麻取締法の保護法益は判然としない。毒物及び劇物取締法1条や麻薬取締法1条のような目的規定がないため法文上明確ではないからであるが、通常国民の保健衛生であると考えられる。しかし、国民の保健衛生といった抽象的な概念が保護法益とされていること自体問題である(弁7、3頁以下、弁10)。
また、アルコールやタバコが大麻の喫煙以上に保健衛生上害があり、健康上有害であることが医学的にも明らかな物質があるが、なぜ大麻が、それらの物質よりもより強く規制されなければならないかという点も全く不明確であり、不合理極まりない(弁10)。未成年者に対する規制さえしておけば足りるのではないかということは、煙草、アルコールの規制と比較すれば容易に分かることである。大麻取締法は、1948年(昭和23年)制定されたが、GHQの要請で一方的に制定されたと考えられるのみで、その法律を支える立法事実はまったく不明確である。
立法当時はもとより、また、現在においても、強い刑罰を伴う規制を成人に対してまで必要とする立法事実は希薄である。少なくとも十分に医学的・科学的な根拠のある議論、また、国民的な議論を経ているとは、とても言い難い状況である(同法受理人員数は、検察統計年報によれば、統計資料のある1951年(昭和26年)以降、1962年(昭和37年)まで、1952年(昭和27年)を除き年間わずか50件以下であり、その後100件台になり、1964年(昭和39年)から1969年(昭和44年)までは400件まで、1970年(昭和45年)以降、800件から70年代に1000件に達するも、1500件前後を推移し現在に至る(弁10、4頁ほか)。
裁判所による現時点での立法事実の慎重な検討が急務である。原判決は、弁護人が提出した検察官の杜撰な有害性立証の資料に反論を加えた、最新の世界的な大麻に関する医学的、科学的知見を表面的にしか拾い上げておらず、立法事実の認定としては、極めて杜撰で失当である。

3 大麻取締法の違憲性(法令違憲)

基本的人権は「公共の福祉に反しない限り」最大限尊重されなければならない。とりわけ自立的個人の幸福追求権、自己決定権(ライフスタイルを選べる権利、自らの望む生活、食物、医療等を受ける権利)は、各種人権の源ともいうべき包括的権利であり、最大限保障されるべきで、刑事罰、特に懲役刑による規制は人の身体,行動の自由に対する重大な制約を加えることになり許されず、人権保障の観点から必要最小限のものとされなければならない。
したがって、大麻取締法による刑罰規制が憲法13条や31条(適正手続の保障)に適合するためには、その保護法益が具体的で明確でありその立法目的、規制目的に比例適合したもの、すなわち法定刑も適正なものでなければならない。
ところが、大麻取締法の保護法益はきわめて抽象的であり、しかも大麻は他人にも自らの健康にもアルコールやタバコ以上には害を与える危険すらないのである。
また、大麻が医療利用され、大麻を使って自己治療している患者が医療効果を享受しているにもかかわらず、大麻取締法をもってこれを禁ずることは患者の自分の望むより良い医療を受ける幸福追求権や生存権をも侵害するものである。
よって、大麻取締法の罰則規定は、幸福追求権、自己決定権(憲法13条)ならびに生存権(憲法25条)を侵害し、その制約は必要最小限のものではなく、罪刑均衡の原則(憲法31条)に反し、かつまたその法定刑は一律に過度に重いことから、憲法13条、同25条及び同31条に反し、法律の文面上違憲であると思料する。

4 大麻取締法の違憲性(適用違憲ないし運用違憲)

また、本件の場合、栽培及び所持は主に医療利用目的、一部自己使用であるところ、少なくともかかる医療目的及び他者に迷惑をかけない自己使用のための栽培及び所持に懲役刑が主体の大麻取締法の罰則を適用することは、その限りで憲法13条、25条、31条に違反すると思料する。

5 最高裁判例の問題点

大麻取締法の合憲性は、最高裁判所が認めているとされているが(最決昭和60年9月10日、同9月27日等)、20年以上も前の知見等に基づく判断であり、その後、少量の大麻製品の非常習的な自己使用目的の行為は訴追を免除すべきであると結論付け、大麻法自体を基本法違反と断じた少数意見も付されているドイツ連邦憲法裁判所の1994年3月9日決定(弁6)等の海外の動向も参考にされるべきであり、また、21世紀に入って加速している大麻についての欧米先進諸国の最近の非刑罰化、非犯罪化、医療用合法化等の顕著な合法化傾向(弁10、弁21、弁25、弁26ほか)からも、規制緩和が要請されているわが国の昨今の社会情勢(特に薬事法の数次の規制緩和のための改正)からも、見直しが求められていることは明らかである。
欧米を中心とする先進国で大麻規制が、非犯罪化・非刑罰化されている最近の状況も立法事実として、公正かつ十分に考慮に入れられなければならない。
なお、上記の最高裁判例の再検討は、刑事学、犯罪学の学者、憲法学者等からも指摘されているところである(弁11、吉岡一男京都大学教授、法学教室67号110頁、弁6、44頁以下、工藤達朗中央大学教授ほか)。


第4 量刑不当

1 実刑5年

原判決は、被告人に対し、懲役5年の実刑を維持し、罰金150万円も賦課した。量刑の理由として縷々説明もしているが、5年の懲役刑の実刑は加重であり失当である。

2 市民的不服従に実刑は失当

なによりも、先に述べたように、被告人の本件行為は、栽培免許を適法に取りながら栽培を続けて、法違反行為を伴う「悪法」改廃是正を旨としていたものであり、長野県が許可の更新をせず栽培の「違法な」継続を知りながら放置していた経緯等からも市民的不服従の権利の行使である。刑法的に言えば、法違反行為の違法性が阻却されなければならないのであり、非暴力的な行為に対して実刑を維持するということは、すなわち、量刑不当と言わねばならない。
原判決は、被告人が敢えて試みた「悪法」への抵抗にほかならない本件の真摯で正当な「動機や経緯」の側面を、全く評価していない。
原判決は、被告人、弁護人の主張する被告人が置かれていた具体的な状況、や「悪法」改廃是正行為の側面を考慮しないで漫然と第1審の量刑が相当と判断しており、極めて不当である。

3 小括

よって、原判決は、理屈にならない理屈で第1審の量刑を維持しており、著しい量刑不当といわねばならず、弁護人としては、破棄されなければ正義に著しく反するものと思料する。


以上

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