信州医療大麻裁判-桂川の陣-第2回公判の報告です。
平成25年(わ)第174号等 大麻取締法違反被告事件
被告人 桂 川 直 文
被告事件に対する陳述書
平成26年3月20日
長野地方裁判所松本支部 御中
弁護人弁護士 森 山 大 樹
上記被告人に対する大麻取締法違反被告事件についての弁護人の陳述は、下記のとおりである。
記
第1 起訴状記載の公訴事実に対する認否
起訴状記載の公訴事実は認める。
第2 大麻取締法4条1項2号3号、24条1項、24条の2第1項の違憲性
大麻取締法4条1項は、大麻から製造された医薬品を施用し、又は施用のため交付すること(2号)、大麻から製造された医薬品の施用を受けること(3号)を絶対的に禁止する。これにより、大麻の医療利用(医療大麻)は一切禁止されている。医療大麻を一切禁止し、その栽培、所持を制限する大麻取締法4条1項2号3号、24条1項、24条の2第1項は、憲法13条、14条1項、25条、31条、36条に反し無効である。
1 憲法13条、25条違反
大麻を医療利用目的で使用、栽培、所持することは、患者の権利ないしライフスタイルに関わる個人の自己決定権であり、憲法上、幸福追求権(憲法13条後段)、生存権(25条)の一内容として保障される。大麻取締法が薬物乱用による保健衛生上の危害を防止するために、大麻の医療利用目的での使用、栽培、所持に合理的な制限を加えることができるとしても、当該合理性は、制限の必要性と制限される人権の内容、具体的制限態様との較量で決せられなければならない。
大麻の有害性が低いことは、近時の研究で明らかになっている。それと同時に大麻の有益性についても研究が進み、多くの先進国は、医療大麻を解禁し、大麻の医療利用目的での使用、栽培、所持を認めている。例えば、チェコは、2013年1月、医療大麻を合法化した。フランスは、同年6月、医療大麻を合法化した。ルーマニアは、同年10月、医療大麻を合法化した。ウルグアイは、同年12月、嗜好品を含め大麻の所持、栽培を完全合法化した。連邦レベルでは大麻を厳しく規制するアメリカにおいても、現在20の州で医療大麻を認めている。カリフォルニア州は、患者に対し、乾燥大麻8オンス(228グラム)の所持、成熟した大麻草6株、未成熟の大麻草12株の栽培を認め、医師の許可があればそれを上回る量の大麻の所持、栽培を認めている。コロラド州、ワシントン州においては、医療大麻のみならず、嗜好品としての大麻の所持、栽培を認めている。
大麻が全く有害でないとはいえず規制の必要性があったとしても、大麻に従来考えられていたほどの有害性はなく、厳しく規制する必要性はない。医療大麻としての大麻の有益性を無視し、医療大麻を必要とする患者の声に耳を塞ぎ、大麻の医療利用目的での使用、栽培、所持を一切禁止し続けることは過度な規制であり、薬物乱用による保健衛生上の危害を防止するための制限としての合理性を欠く。大麻取締法4条1項2号3号、24条1項、24条の2第1項は、憲法13条、25条に反し無効である。
2 憲法14条1項違反
(1) 大麻取締法4条1項2号3号は、大麻の医療利用(医療大麻)を一切禁止する旨を規定している。一方、同法3条は、他の目的(例えば、産業目的、伝統文化での使用目的等)による栽培、所持を免許制にして認めている。大麻の医療利用(医療大麻)に対してのみ免許制を認めず、医療利用目的での使用、栽培、所持を一切禁止することは、憲法14条1項の意味における差別的取扱いである。
また、大麻同様に薬物関係取締法規で規制されている覚せい剤、向精神薬、麻薬等は、指定を受ければ、施用のための交付、使用、所持が認められている。これと比較しても、大麻の施用を禁止し、医療利用目的での使用、栽培、所持を一切禁止することは、憲法14条1項の意味における差別的取扱いである。
大麻取締法は、昭和23年に施行され、昭和38年改正の際に同法4条1項3号を追加し、大麻から製造された医薬品の受施用行為を禁止した。それ以降、大麻の医療利用は禁止されている。しかし、大麻の有益性の研究は進み、医療大麻を禁止していた諸外国は、近時しだいにこれを廃止または緩和している。わが国においても、大麻の医療利用目的での使用、栽培、所持を一切禁止する合理的根拠はなく、差別的取扱いとして正当化することは許されない。
合理的根拠がなく大麻の医療利用目的での使用、栽培、所持を規制する大麻取締法4条1項2号3号、24条1項、24条の2第1項は、憲法14条1項に反し無効である。
(2) 大麻に対する規制は、たばこやアルコールに対する規制と比較して厳格であり、憲法14条1項の意味における差別的取扱いである。
同程度の可罰的評価を受ける行為に関する各種法律の規制は同等でなければならない。例えば、脳、行動への影響をみると、大麻は、急性的に学習能力、運動能力を低下させ、認知機能への影響を及ぼす可能性がある。他方で、たばこは、脳卒中の罹患率を上昇させるニコチン依存症の原因となる可能性がある。アルコールは、急性的に暴力的、衝動的になるという人格変化、急性中毒による死亡の危険、自動車運転における事故発生の危険の増大、慢性的な学習能力、集中力、記憶力の低下、アルコール依存の原因となる可能性がある。アルコールやたばこの所持、使用は、危険性において大麻同様またはそれ以上の可罰的評価を受ける行為である。
しかし、タバコ、アルコールの取扱いについては、未成年者のみ使用を禁止し、親権者等に科料に処し、販売者を罰金に処するにとどまる(未成年者喫煙禁止法1条、3条、5条、未成年者飲酒禁止法1条、3条)。他方で、大麻の所持、栽培は一般的に禁止され、違反した場合には懲役刑に処される。大麻、アルコール、たばこはいずれも人体に影響を及ぼす物質であり、大麻のみを合理的根拠なく差別的取扱いすることは許されない。
合理的根拠なく大麻の栽培、所持を規制する大麻取締法24条1項、24条の2第1項は、憲法14条1項に反し無効である。
3 憲法31条、36条違反
(1) 大麻取締法24条1項は、大麻栽培に対し、1月以上7年以下の懲役刑を規定し、同法24条の2第1項は、大麻所持に対し、1月以上5年以下の懲役刑を規定する。大麻の有害性がかつて考えられていたほどのものではなく、大麻に医療大麻としての有益性があることからすれば、大麻の医療利用目的での栽培に対し7年、所持に対し5年の懲役刑を科すことは過度に重いといえる。下限は1月であり、減軽によって15日までになり得るとしても、医療利用目的にまで懲役刑を科すことは非人道的であり過度に重い。大麻の医療利用目的での栽培、所持に対しても、初犯においては懲役1年6月、執行猶予3年程度の判決を下し、2回目以降は実刑とする現在一般の裁判所の運用は、罪刑の均衡を失するもので著しく不合理である。
大麻の医療利用目的での栽培、所持に懲役刑を科し、選択刑として罰金刑を規定しない大麻取締法24条1項、24条の2第1項及び刑事裁判における同規定の運用は、罪刑の均衡その他種々の観点からして著しく不合理なものであって、憲法31条、36条に反する。
(2) 薬物使用、所持に対する刑事罰が許容されるのは、使用による具体的な社会的被害が立証されている場合に限られる。仮に大麻の有害性が公知の事実であったとしても、その有害性は、薬理作用そのものないし使用者本人への有害作用に止まる。大麻の使用は、自傷行為にすぎず、その使用、栽培、所持に対する刑罰的介入の理由はない。大麻の自己使用目的、医療利用目的での使用、栽培、所持に犯罪の実質性はない。
たばこの喫煙、所持に対しては、その有害性は顕著であるが自傷行為にすぎず、未成年者に対するパターナリスティックな介入はあっても、一般的に刑罰的介入はなされていない。具体的な社会的被害を想像できるアルコールでさえ、その使用、所持に対する刑罰的介入はなされていない。
大麻の自己使用目的、医療利用目的での使用、栽培、所持に懲役刑を科す大麻取締法4条1項2号3号、24条1項、24条の2第1項は、刑罰的介入の理由なく、罪刑の均衡を失するもので著しく不合理であり、憲法31条、36条に違反する。
第3 本件審理に対する要望
最高裁判所は、昭和60年9月10日、憲法違反の主張に対し、
「大麻が所論のいうように有害性がないとか有害性が極めて低いものであるとは認められないとした原判決は相当であるから、所論は前提を欠き、」
と判事し、憲法違反の主張を排斥した。この判決以降、多くの裁判所は、大麻の有害性に関する証拠調べをせずに、大麻の有害性は公知の事実であると判示するようになった。
しかし、現在と昭和60年とでは大きく事情が異なる。被告人が大麻を栽培し所持した平成25年までに、アメリカやフランスをはじめ諸外国は、大麻の作用や有益性の研究を進め、大麻に有害性が極めて低いことのみならず、むしろ人体に有益であると報告している。現在において、前記昭和60年判決は先例としての意味を持たない。
裁判長は、平成22年9月24日、平成22年特(わ)第541号大麻取締法違反被告事件において、その弁護人の違憲主張に対し、昭和60年判決を踏襲せず、また、大麻の有害性を公知の事実であるとはせずに、「大麻はその薬害等の詳細がいまだ十分解明されていない」と判事している。裁判長が判示したとおり、大麻の有害性は、いまだわが国において明らかではない。裁判所は、良心に従い、海外の医学的、科学的知見を示す証拠から、大麻の有害性の内容及び程度、有益性を解明すべきである。
弁護人は、裁判所に対し、本件審理において、大麻の有害性の内容及び程度、大麻の有益性の証拠調べを慎重に行い、大麻の医療利用目的での使用、栽培、所持に重い懲役刑を科すべきかという観点から、被告人の納得がいく審理をされるよう強く要望する。
以上
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