カンナビノイドの科学がPTSDの闇を解明する
マーチン・リー
『神経内分泌学』ジャーナルが最近公表した記事で、消し去ることのできない強烈な記憶に関わる消耗性の慢性症状、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の保護における内因性カンナビノイド系の重大な役割が取り上げられている。
米国とカナダの科学者からなる研究チームは、PTSDの発病と進行の根底にある神経生物学的な機構について把握する試みの中で、2011年9月11日のテロ事件当時、ワールドトレードセンターの近くにいた46名の被験者ついて分析を行なった。被験者のうち、24名は事件後PTSDに苦しんでおり、22名に症状はなかった。
研究者らは、PTSDに苦しむ人々のアナンダミド血中濃度が、事件以降PTSDの症状が見られなかった人々に比べて低いことを発見した。哺乳類すべてに生まれながらに存在するアナンダミド(いわば、体内大麻)は、テトラヒドロカンナビノール(THC)や他の大麻草の成分が活性化させるのと同じ脳受容体を機能させる成分である。
脳や中枢神経系に集中している、CB-1というカンナビノイド受容体は、感情学習やストレス適応、恐怖消去など、幅広い生理学的機能を調整する。これまで研究者らによって、通常のCB-1受容体のシグナル伝達は、トラウマ的な記憶を無効にして、「忘却」という贈り物を授けてくれることが判明している。
しかし、内因性カンナビノイドの欠乏(低レベルのアナンダミド血中濃度)によって歪曲されたCB-1のシグナル伝達は、結果的に、記憶消去の障害や記憶固定の回避障害、慢性不安症といったPTSDの特徴的な症状を引き起こす。
PTSDは、内因性カンナビノイド系が機能不全に陥った場合に起こると考えられる、謎の多い症状の一つである。バージニア・コモンウェルス大学の研究者らによる2009年の報告では、内因性カンナビノイド系の異常調節とけいれんの進行との関連性が判明している。ローマ大学の研究者らによると、新たに側頭葉けいれんと診断され、まだ治療を行なっていない患者の脳脊髄液内アナンダミド濃度は低いことが証明された。
イーサン・ルッソ博士は、偏頭痛や線維筋痛症、過敏性大腸炎、それらに関連する変性状態などの根底にあるのは、臨床的な内因性カンナビノイドの欠乏であると主張している。(それらの症状は事実、カンナビノイド療法に好意的に反応すると考えられている。)
私たちそれぞれに存在する内因性カンナビノイドは、濃度や感受性が先天的に異なり、その違いによって、各々がストレスやトラウマにいかに対応するかが変わる。アルコール依存症は、内因性カンナビノイドの欠乏を引き起こす。運動不足や、コーンシロップや人工甘味料で満たされたダイエットも同様である。
また、別の研究では、臨床的うつ病が内因性カンナビノイド欠乏症であることが立証されている。
カナダ人研究者とロックフェラー大学のマシュー・ヒル博士は、うつ病の女性患者における血清中の内因性カンナビノイド濃度を分析し、対照患者に比べて、その濃度が「著しく低い」ことを明らかにした。
動物研究では、慢性ストレスにより、内因性カンナビノイド濃度が減少することがわかっている。カンナビノイド受容体のシグナル伝達は、ストレス適応を調節する鍵であると認識されている。
健康な人において、極端なストレスは内因性カンナビノイド濃度を一気に増加させる。研究者らは、これを一種の防衛反応だと考えている。一瞬でもアナンダミドが増加することで、「前シナプス抑制」というプロセスを介してストレス・ホルモンの生産が抑制され、ストレスが緩和され、ホメオスタシス(恒常性)が促進されるのだ。
しかし、慢性的なストレスには、急性のストレスとは異なる影響力がある。慢性的なストレスは、内因性カンナビノイド系を消耗させ、あらゆる種類の病のお膳立てをする。ストレス水準が慢性的に高くなると、不安は増長され、アルツハイマー型認知症の進行も著しく早まる。また情緒的ストレスによって、ガンの進行が加速することがわかっている。さらに、ストレスは、脂肪吸収の程度にも変化をもたらす。
ブラジルの研究者らは2012年、慢性的なストレスにより、短期記憶と長期記憶の固定化に重要な役割を果たす脳の一部、海馬において、CB-1受容体の結合や発現が減少することを発見した。このことは、PTSDの治療に重大な影響力がある。
ニューヨーク大学医療センター(NYU Medical Center)のアレクサンダー・ニューマイスター教授によると、慢性ストレスは、内因性カンナビノイドのシグナル伝達を弱め、恐怖消去を妨げるという。最近の科学誌において、同教授は、内因性カンナビノイド系を標的にするPTSD治療に賛成している。
ニューマイスター教授は、「慢性ストレスにより」、内因性カンナビノイドのシグナル伝達に決定的な影響を及ぼす重要な代謝酵素(脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH))が「上方調節される」と考えている。
酵素は、その多くがアナンダミドの生合成や生成に関わり、また内因性カンナビノイド化合物の分解にも関わっている。FAAH酵素は、アナンダミドや、他の脂肪酸メッセンジャー分子の分解において、重要な役割を果たしている。このように、FAAHは内因性の化合物を分解するが、これはアナンダミドとその脂肪酸類の通常の、束の間のライフサイクルの一部である。
FAAHをコードする遺伝子内における多型性つまり異常なアミノ酸配列の反復により、薬物依存になる傾向、およびさまざまな心身苦痛を受ける傾向が上昇する。しかしそれは、病原媒介を促進する、(遺伝子自体よりも異常な)遺伝子の異常な上方・下方調節である。
慢性のストレスはFAAHを上方調節し、FAAHが増加すると内因性カンナビノイドの水準が低下する。反対にFAAHのが減少すると、アナンダミドが増加し、アナンダミドの増加は、カンナビノイド受容体のシグナル伝達が増加する。
カンナビジオール(CBD)は、大麻やヘンプに含まれる、精神作用のない成分で、FAAH酵素を抑制することで内因性カンナビノイド系を強化する。そして、このことは、CBDがPTSDの治療に有望であることを示す方法の1つである。
ブラジル人研究者らの報告によると、CBDは動物モデルにおいて、5-HT1Aセロトニン受容体に直接結合することで、不安を軽減させるという。同受容体が活性化されると、抗不安・抗うつの作用をもたらすのである。また、ブラジルでの前臨床研究により、「CBDは、PTSDの治療に有益な可能性があり、5-HT1A受容体が、PTSDの治療標的である可能性がある」ことがわかっている。
カンナビノイド受容体のシグナル伝達を強化する、CBDや他の治療介入は、PTSDに対する画期的な治療法になる可能性がある。特にCB-1受容体のシグナル伝達は、ストレスの多い出来事に密接に関わる不安感や気分障害に対する、CBDベースの新しい治療法の標的になっている。
大麻の喫煙は、CB-1受容体のシグナル伝達を増加させる方法の一つである。帰還兵やPTSD患者の多くが、2、3服の大麻ほど、頭の中で荒狂う記憶の嵐を和らげるものはないと主張している。イスラエルの研究者らが2011年に行なった観察的研究によると、CB-1受容体を直接活性化させる大麻の喫煙により、PTSDの症状が改善することが明らかになった。
米国立薬物乱用研究所(National Institute on Drug Abuse(NIDA))は引き続き、MAPSが提案する、FDA承認の研究を妨害している。MAPSは、PTSDに苦しむ帰還兵における、(CBDが豊富な品種を含む)大麻の喫煙や気化吸入(veporization)の効果を研究する機関である。
研究者らの中には、PTSD治療の選択肢として、大麻に賛成しきれない者もいる。ニューヨーク大学のニューマイスター教授は、「大麻に薬効はあるものの、直接作用するカンナビノイド受容体の化合物(THCなど)には望ましくない向精神的な副作用があり、依存を引き起こしかねないなどの理由で、その医学的応用は非常に限定的になる」と強く主張している。
この主張は、科学的な事実よりも、政治的に正しい前提を反映している。(大麻のハイは有害な副作用であるという)世にまかり通った根拠は、公平な嗅覚テストには合格しない。大麻は、食物が人を過食症にするほど、依存を引き起こすものではないのだ。
ニューマイスター教授は、大麻の喫煙が、「長期的に見れば問題を引き起こしかねない短期的な『解決策』である」として却下しながらも、FAAHを抑制することにより「内因性カンナビノイドの非活性化を阻止すること」を支持し、それにより、「生理学的反応の限局性および有益性について、直接的なCB-1受容体の活性化よりも大きい領域がもたらされる可能性がある」としている。
FAAHの抑制は、CBDの作用(の一部)である。大手製薬会社は、PTSDやうつ病などの症状を治癒する合成FAAH抑制剤の開発と特許取得を視野に入れている。それらはまさに、大麻草によって、政治的には不当とされる安堵感を得られる症状である。
大麻はしばしば、PTSDや、その他ストレスに起因する疾病に対処する人々にとって最適な治療法になる。そのような人々の中には、すでに高CBDの大麻エキスやバッズ(大麻草の花穂)を使用している人もいる。数年後合成FAAH抑制剤がどれだけ効果を持っているとしても、PTSD患者にはその時まで待つ余裕はない。PTSD患者には、今、助けが必要なのだ。
Source: Project CBD
Cannabinoid Science Sheds New Light on the Darkness of PTSD
By Martin A. Lee on February 25, 2014 Published in full on MAPS Bulletin Annual Report.
翻訳:(株)あさやけ
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