以下、弁護人提出の控訴趣意書「第2 判決に理由を附せず,又は理由にくいちがいがあること」です。
第2 判決に理由を附せず,又は理由にくいちがいがあること(刑事訴訟法378条4号)
1 緒論
被告人は,原審において,法律上犯罪の成立を妨げる理由として,大麻取締法の違憲性の主張をしており,被告人は,原審において大麻の有害性について多数の証拠を提出し,食品と同様に,大麻も全くの無害ではないことを前提に,科学的に大麻が有する有害性の程度を立証した。本件で,裁判官が有罪認定に至る過程が合理的であることを示すためには,最大の争点であった大麻の有害性について合理的な説明が必要である。
2 公知の事実について
(1) 原判決は,「大麻が一定の精神薬理的作用を有しそれが人体に有害なものであることは公知の事実」と判示しているが,「個人のみならず社会全体の保健衛生に影響する危険性」の有無を判断するためには,公知の事実として認められる大麻が有する「一定の精神薬理的作用」とはどのような作用を指すのかが重要である。しかしながら,「一定の精神薬理的作用」と判示するのみでは大麻のいかなる精神薬理的作用が人体に有害なのかが不明であり,結局「個人のみならず社会全体の保健衛生に影響する危険性」をどのように認定したのかの説明がないことになり,原判決には理由の不備がある。
なお,仮に原判決が,大麻に何らかの精神薬理的作用があるという趣旨であるとすれば,おそよこの世に存在するほぼすべての物質が該当することになり,極めて不合理な結論となる。
(2) また,公知の事実とは,原審でも弁護人が主張している通り,「通常の知識経験をもつ人が疑いをもたない程度に一般に知れわたっている事実」(刑事実務証拠法第四版,判例タイムズ社253頁)であり,典型的には「歴史上の事実,大災害その他新聞,ラジオ,テレビなどで広く報道された著名な出来事」(同頁)である。誰もが真実であると認めているため,証明の必要がないのである。大麻の有害性に関しては,大麻を科学的に研究することによって明らかになるものであり,「公知の事実」で片付けられるものではない。仮に,大麻に特に関心を持たない国民が,マスメディアや行政が発信している情報に基づいて,大麻が人体に対して深刻な害を及ぼすと信じて疑っていないという事実を,「通常の知識経験をもつ人が疑いをもたない程度に一般に知れわたっている事実」すなわち「公知の事実」に含めてしまうとすれば,もはや「公知の事実」の意義を逸脱している上,司法は事実と証拠に基づいて審理をすることを放棄したのも同然である。
また,「公知の事実であるかどうかは,問題となっている時期によっても異なる」(同頁)ものである。仮に最高裁昭和60年9月10日決定(判時1165号183頁)当時に「公知の事実」なるものが存在したとしても,大麻の有害性に関しては,海外における近年の科学的研究の進展や社会的現実の変化により,現在ではもはや通用しない。このことは,原審で取調べ済みの証拠のうち,弁1,弁3,弁4,弁5,弁6,弁7,弁8,弁10(2頁以下),弁12,弁15,弁16,弁17,弁18,弁19,弁20,弁21,弁22,弁25(41頁以下),弁30(45頁以下),弁32,弁34,弁37,弁39,弁40,弁42(67頁,77頁ないし85頁),弁56,弁60,弁61,武田邦彦証人の各証拠から明らかである。
したがって,原判決が大麻の有害性について「公知の事実」と判示している点は,理由不備がある。
3 大麻の有害性の程度について
(1) 原判決は,「程度の高低はともかくとして,大麻が一定の精神薬理的作用を有しそれが人体に有害なものであることは公知の事実といえ,弁護人もその有害性が低いとの限度でこれを認めている」とする一方で,「大麻の有害性を前提に,それが個人のみならず社会全体の保健衛生に影響する危険性を否定することができない」としている。
「程度の高低はともかくとして」との判示を前提とすると,いかに有害性の低い物質であっても人体に有害であるといえれば,社会全体の保健衛生に影響する危険性を否定できないことになる。例えば,通常の摂取では人体に有害ではなくとも,多量摂取で人体に有害であるとか,生活習慣病などの原因となる食品類も,ほぼすべて社会全体の保健衛生に影響する危険性があることになる。その結果,これらの食品類の所持も大麻取締法による規制と同様に懲役刑による規制が許されることになる。砂糖の所持が懲役刑によって規制されれば多くの国民は不当だと考えるであろう。しかし,原判決はこれと同様の不合理な判示をしているのである。
このように,原判決は,大麻の具体的な有害性を説明せずに,大麻に少しでも有害性があれば大麻が社会全体の保健衛生に影響する危険性を有すると判断しており,かかる判断はそれ自体不合理であり,理由不備があるとともに,理由相互に齟齬がある。
(2) 原判決は,「アルコール飲料や煙草と大麻とでは,それらの心身に及ぼす影響が異なるため,有害性の程度を単純に比較するのは困難である」とするが,そもそも原判決は大麻の一定の精神薬理的作用を公知の事実としており,アルコール飲料やタバコと大麻とでは,それらの心身に及ぼす影響が異なることが認定できないはずであり,理由不備がある。
さらに,仮に原判決が示しているように,大麻の有害性が公知の事実であるならば,大麻の有する一定の精神薬理的作用がどのようなものであるかが明らかであるのだから,それとアルコールや煙草の有害性の程度を比較するのは容易なはずである。それぞれの精神薬理的作用を比較検討すれば社会全体の保健衛生に影響する危険性の比較は可能である。原判決がかかる比較をすることができない理由は,すなわち,大麻の有害性は公知の事実として明らかではなく,科学的根拠により認定する必要があるためである。この点で原判決の判断はその理由相互の間に食い違いがあり,理由不備がある。
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