以下、弁護人提出の控訴趣意書「大麻の医療目的使用について」です。
6 大麻の医療目的使用について
(1) 原判決は,「大麻から製造された医薬品の施用等の禁止を定めた本法4条1項2号」の違憲性について,「国民の保健衛生の向上と社会の安全保持の見地からみて,当該規制が立法裁量の限界を逸脱しているとはいえない」としている。
しかし,以下で述べる通り,医療大麻の有用性は明らかであり,すでに述べた大麻の有害性の程度に照らせば,原判決の上記は事実誤認があり,判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(2) 世界保健機関(WHO)は,1997年,大麻に,がん化学療法による悪心 嘔吐制御,食欲増進に効果があると発表し,続けるべき研究として,喘息,緑内障,抗うつ剤,食欲増進薬,抗けいれん薬,免疫学的研究を挙げている(弁25,41頁以下)。
また,同機関は,大麻の有用性について,次のように述べている(同,46頁)。
① いくつかの研究は,癌やエイズなどの病気の進行期における悪心嘔吐にカンナビノイドが治療効果を示した。
② カンナビノイドの他の治療用途は制御された研究で示されており,この分野の研究は続けるべきである。例えば,胃腸の機能へのカンナビノイドの効果の中枢と抹消のメカニズムの更なる基本的な研究は,悪心嘔吐を軽減する力を進歩させる可能性がある。
③ THCと他のカンナビノイドの基礎的な神経薬理学の更なる研究が,より良い治療薬の発見を可能とするためにも必要である。
(3) 全米科学アカデミー医学研究所(IOM)は,1999年,大麻とその含有物質であるカンナビノイドに潜在する健康への有益性及び危険性を評価するために科学的根拠を調査し,大麻に,疼痛緩和,悪心嘔吐制御,食欲増進,(痛み,嘔吐,食欲不振などに対する)広範囲にわたる同時的緩和効果があると発表した(弁6)。
また,同研究所は,大麻の有益性について以下のように述べている(弁10,2頁以下)。
① カンナビノイドは,痛みの軽減,運動機能の制御及び記憶に作用する性質を持っている可能性がある。
② 蓄積されたデータからは,カンナビノイド薬の治療的価値,特に,疼痛緩和,悪心や嘔吐の制御,食欲増進といった効果がある可能性が示された。
③ カンナビノイド薬が持ついくつかの効能(不安の軽減,食欲促進,悪心抑制,疼痛緩和)は,化学療法による悪心や嘔吐,エイズによる消耗等,ある特定の症状に対し,適度な効果があることを示唆している。
④ 症状が多岐に渡る場合,THCの複合的作用が一種の補助的療法として働く場合があるということである。例えば,体重減少の症状を有するエイズ患者には,不安感や疼痛,悪心を制御すると同時に食欲増進効果を持つ薬が有効と考えられる。
⑤ 不安抑制や鎮静作用,多幸感といったカンナビノイドの心理的作用は,カンナビノイドが潜在的に持つ治療的効果に影響を与える可能性がある。
同研究所は,以上のように報告した上で,次のように提言している(弁6,9頁以下)。
① 化学合成及び植物由来のカンナビノイドの生理学的作用,また,人の体内に存在するカンナビノイドが生来持つ機能について研究を継続すべきである。科学的データは,カンナビノイド薬が疼痛緩和,悪心や嘔吐の制御,食欲促進に効果があるという可能性を示している。この機能は,薬剤に即効性があることでさらに高まる。
② 症状緩和のためのカンナビノイド薬については,即効性,確実性及び安全なデリバリー(体内摂取)システムの開発を目的とした臨床試験が行われるべきである。
③ 不安抑制や鎮静作用等,治療効果に影響を与えるカンナビノイドの心理的作用を,臨床試験で評価すべきである。
④ 大麻喫煙による個々の健康リスクを判断するための研究を,特に大麻使用率の高い集団を対象に実施すべきである。
⑤ 医療目的での大麻使用の臨床試験は,以下に挙げた限定状況下で実施されるべきである。
・大麻使用期間を短期間に限定すること(6ヶ月未満)。
・効果が十分に期待できる症状の患者に対して実施すること。
・治験審査委員会の承認を得ること。
・有効性に関するデータを収集すること。
⑥ 衰弱性の症状(難治性疼痛や嘔吐など)を持つ患者に対する大麻たばこの短期使用(6ヶ月未満)は,以下の条件を満たさなければならない。
・承認済みの薬物による治療が,すべて症状緩和に無効であったことが文書で記録されていること。
・即効性のカンナビノイド薬により症状が緩和されることが十分に期待されること。
・その治療法の有効性を検証できる形で,医学的監督の元に治療が行われること。
・治験審査委員会による審査の手続に匹敵し,医者から報告を受けて24時間以内に大麻を指定用途で患者に提供できるような指導が可能な管理手順があること。
(4) カンナビジオール(CBD)を多量に含む大麻には,一日に数百回訪れる,生死に関わる重度のてんかん発作の諸症状を劇的に抑制する薬理効果があることが確認されている。(弁2,弁12,弁32)。
米国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)が,2013年,18人のCBDで治療中のてんかん児童を抱える両親にアンケートをとったところ,てんかん発作の減少が確認され,また他のてんかん治療薬にありがちな副作用がなかったことが確認された(弁2,2頁)。
オーリン・デヴィンスキー医学博士が統括するニューヨーク州立大学の総合てんかんセンターは,CBD化合物の安全性や有用性を調査し,米国食品医薬品局の認可を得ようとしている。同博士は,「もし私に重度てんかんの子どもがいて,15種に及ぶ医薬品やこれまでの治療法が効かず,障害を伴うてんかん発作を一日に何度も起こしたならば,私は高CBDの大麻草製品を使用することが理にかなっていると判断します。」と述べている(同,3頁)。
(5) 米国立医学図書館の国立生物工学情報センターが運営する医学・生物学の学術文献検索サービス(PubMed)には,大麻に関し,以下の論文が掲載されている(弁20ないし弁22)。
① 2013年12月29日,小児の難治性てんかんにカンナビジオール(CBD)含有濃度の高い大麻を使用している保護者を対象に行った調査の報告(弁20)
この調査は,子どもがてんかんと診断されていること,及び現在,子どもに対しCBDの含有濃度が高い大麻を使用している保護者を対象に行われた。
19名の保護者のうち,16名(84%)が,CBDの含有濃度が高い大麻の使用中に子どものてんかん発作の頻度が減少したと報告した。そのうち,2名(11%)が発作の完全な消滅を,8名(42%)がてんかん発作頻度の80%以上の減少を,6名(32%)が25~60%の発作減少を報告している。
その他の有益な効果には,注意力の上昇,気分の改善,睡眠の改善が含まれた。副作用には,眠気,疲労感などがあった。
② 2013年11月21日,カンナビジバリン(CBDV)は,ペンチレンテトラゾール(PTZ)誘発によるてんかん関連性遺伝子発現の増加を抑制するとの報告(弁21)
この調査は,PTZにより科学的に発作を誘発された動物に対し,CBDV(400mg)を服用させ,てんかん関連性遺伝子数種の発現量を数値化し,発現の変化と発作の重篤度の相関関係を分析するものである。
調査の結果,発作の軽減と,てんかん関連性遺伝子数種の発現との間に相関性を確認できたと報告している。
③ 2014年4月15日,カンナビジオール(CBD)含有量の多い大麻抽出物による大腸がん発生の抑制効果についての報告(弁22)
この調査は,CBD含有量の多い大麻抽出物が,結腸直腸がん細胞の増殖と大腸がんの生体内実験モデルに与える影響を調べるものである。
結果,CBDは,腫瘍性細胞においては細胞増殖を減少させたが,健康な細胞においては減少させなかった。CBDは,前腫瘍病変とポリープ,および大腸がん異種移植モデルにおける腫瘍の成長を減少させた。
CBDは,大腸における発がん現象を軽減させ,結腸直腸がん細胞の増殖を抑える。この結果は,大麻から製造される薬のがん患者に対する使用について,臨床的関連性を持つ可能性がある。
(6) 世界保健機関(WHO)は,2014年6月,第36回ECDD会議において,「大麻の治療への応用,治療目的による使用および疫学による医療使用への広がり」という題目について以下のように報告している(弁40,8頁)。
① 20世紀の最後の10年間以来,医療使用による証拠が大幅に増加した。特に検討されている適応症は,麻痺,慢性疼痛およびいくつかの神経精神症状がある。様々な方法で様々な国が,大麻の安全で効果的な医療使用の役割を認識している。
② 現在,大麻の医療使用は多くの国で許可されている。過去20年間での医療消費量は2011年までで23.7トン,2014年には77トンに上昇している。
③ イギリスは,多発性硬化症による痙縮の治療に,植物材料から抽出されたカンナビノイドを使用して調製されるドロナビノール・カンナビジオール複合製薬(サティベックス)の製造のために大麻を生産している。
複合製薬は24カ国で医薬品として承認されている(オーストリア,オーストラリア,ベルギー,カナダ,チェコ共和国,フィンランド,ドイツ,ハンガリー,アイスランド,イタリア,オランダ,ニュージーランド,ノルウェー,ポーランド,ポルトガル,スロバキア,スペイン,スウェーデン,スイス,イギリスを含む)。
(7) 大麻は,喘息,緑内障,腫瘍,吐き気の緩和,てんかん,多発性硬化症,腰痛,筋肉のけいれん,関節炎,ヘルペス,嚢胞性線維症,リウマチ,不眠,肺気腫,ストレス,偏頭痛,食欲不振などの治療薬として可能性があり,研究が続けられている(弁42,77頁ないし85頁)。
(8) 原審の弁32のビデオに登場した末期癌のPOP氏は,副作用もない良薬として良質の生大麻ジュースを摂取することで,昨秋には腫瘍マーカーが7000台から3000台にまで下がったものの,大麻入手し続けることができず,平成28年2月に亡くなった(控訴審で立証予定)。
(9) 以上の証拠からすれば,大麻に医療目的での有用性があることは明らかであり,この点について,国民の保健衛生の向上と社会の安全保持の見地からみて,当該規制が立法裁量の限界を逸脱しているとはいえないとした原判決の判断には事実誤認があり,医療大麻の有用性の程度は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
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