以下、弁護人提出の控訴趣意書「法令の適用に誤りについて」です。
第4 法令の適用に誤りがあってその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであること(刑事訴訟法380条)
1 緒論
大麻使用を法律により規制する場合には,その規制目的の正当性と規制手段の合理性を満たしていなければならない。
そして,大麻の規制の合理性の判断に際しては,大麻が無害かどうかを論じるべきものではない。大麻に限らず,人が摂取するもののほとんどは,少なからず人体に対する有害性ないし影響があるのであり,人体に関する影響が少しでもあるものを規制することに合理性があると認められてしまうならば,いかなる嗜好品,食品も,国家が自由に規制することが可能となってしまう。大麻の規制の正当性・合理性の判断に際して問われているのは,大麻の人体に対する有害性ないし影響がどのようなものであり,それを日本社会でどのように扱うべきか,そしてどのような規制をすべきかであり,大麻が人体に対する有害性ないし影響を少しでも有しているならば,直ちに立法政策で規制できる,というものではない。
すでに述べた通り,大麻の有害性は公知の事実ではなく,科学的に検証可能な事項である。
本件では,大麻の人体及び社会に対する有害性の程度を,科学的知見に基づき,累次の判例による先入観にとらわれることなく,大麻取締法による規制に合理性があるのかを判断しなければならない。
原判決は,大麻の有害性と,その有害性が大麻を使用する個人及び社会全体の保健衛生に影響する危険性を基準として規制の合理性を判断しているが,まさにここでも大麻の有害性が具体的にいかなるものであるかを認定した上で,規制の合理性を判断し,大麻の違憲性についての結論を出さなければならないのである。
しかしながら,以下で述べる通り,原判決の判断には,大麻の規制目的の正当性と規制手段の合理性の判断に際し,違憲審査基準の解釈,及び認定した事実のあてはめが誤っているという点において法令の適用の誤りがあり,これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2 大麻の有害性の程度に関する判断について
(1) 原判決は,「程度の高低はともかくとして,大麻が一定の精神薬理的作用を有しそれが人体に有害なものであることは公知の事実」「大麻の有害性を前提に,それが個人のみならず社会全体の保健衛生に影響する危険性を否定することができない以上,これを公共の利益の見地から規制することは十分に合理的であり,どの範囲で法的規制を加え,どのような刑罰をもって臨むかは立法政策の問題といえる」と判示する。
(2) しかし,上述した通り,大麻の違憲性の審査に際しては,その規制目的の正当性と規制手段の合理性を判断しなければならず,そのためには大麻の有害性の程度を明らかにする必要がある。
大麻の有害性は公知の事実ではないが,仮に公知の事実であるとしても,公知の事実である大麻の有害性がどのようなものであるかを示さなければ,大麻の規制目的の正当性も,規制手段の合理性も判断ができない。
原判決が「程度の高低はともかくとして」というように,大麻の有害性の程度を問わないまま,何らかの有害性があれば個人及び社会全体の保健衛生に影響する危険性があり,法的規制を立法政策に委ねることが許されるならば,もはやいかなる法的規制も立法がされれば合理性が認められることになり,憲法が国家権力を制限することができなくなってしまう。
このように,立憲主義をも否定しかねない結論を導く原判決の判示は,法令の適用を誤っている。
3 刑罰の不当性
原判決は,「罰金刑を選択できないからといって立法における裁量の限界を逸脱しているとはいうことはでき」ないとするが,大麻取締法24条の2第1項で懲役刑のみが定められていることによって,大麻取締法違反を犯した者は,ほとんどの場合は逮捕・勾留・起訴され,結果的に執行猶予判決になったとしても,長期間の身柄拘束により,仕事や家族を失いかねず,それまで築いてきた人生そのものが奪われるといっても過言ではない。かかる実質的な制裁を甘受するためには,相応の規制理由がなければならない。
そして,その規制理由として原判決があげているのは,せいぜい,大麻には何らかの有害性があるということのみである。
しかし,大麻の有害性の程度を問わず,単に何らかの有害性があるために,懲役刑を科すということは,罪刑の均衡を失し,立法における裁量の限界を逸脱しており,原判決の判断には法令の適用の誤りがある。
4 上記1ないし3の法令の適用の誤りは,大麻の有害性の程度如何によって,大麻規制の目的の正当性及び手段の合理性に関する判断が異なるものになるため,判決に影響を及ぼすことが明らかである。
第5 結論
以上より,原判決には,公知の事実であるという大麻が有する「一定の精神薬理的作用」がどのようなものであるかを説明していない点,大麻の有害性が公知の事実であるとしている点,大麻の具体的な有害性を説明せずに,大麻に少しでも有害性があれば大麻が社会全体の保健衛生に影響する危険性を有すると判断している点,原判決が大麻の一定の精神薬理的作用を公知の事実としており,これを前提とすると大麻の具体的な有害性が不明であって,アルコール飲料やタバコと比較して心身に及ぼす影響が異なることが認定できない点,及び仮に大麻の有害性が公知の事実であるならば,それとアルコールや煙草の有害性の比較が困難であるとしている点において理由不備がある(刑事訴訟法378条4号)。
また,原判決が,大麻の有害性を公知の事実とした点,大麻の有害性を前提に,個人のみならず社会全体の保健衛生に影響する危険性を否定できないとした点,アルコール飲料や煙草と大麻では有害性の程度を単純に比較するのは困難であるとした点,アルコール飲料や煙草は,古くからその社会的効用が認められ,広く国民一般に受け入れられてきたものであり,その摂取の心身に及ぼす影響についても周知され,大麻の場合とは事情を異にするとした点,本法制定に係る立法事実が海外における科学的研究の進展や社会的現実の変化によって本件罰条の違憲性を疑うべきほどに変容しているともいえないとした点,医療目的の大麻について国民の保健衛生の向上と社会の安全保持の見地からみて,当該規制が立法裁量の限界を逸脱しているとはいえないとした点について,事実の誤認があってその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである(刑事訴訟法382条)。
さらに,仮に原判決に理由不備,事実誤認が存在しないとしても,原判決が大麻の有害性の程度を問題としていない点,大麻取締法24条の2第1項に罰金刑がないからといって立法における裁量の限界は逸脱していないとした点において法令の適用を誤っており,判決に影響を及ぼすことが明らかである(刑事訴訟法380条)
したがって,医療大麻を一切禁止し,その栽培,所持を制限する大麻取締法4条1項2号3号,24条1項,24条の2第1項は,憲法13条,14条1項,25条,31条,36条に反し無効である。
また,大麻喫煙を目的とする大麻の所持,栽培を制限する大麻取締法3条1項,24条1項,24条の2第1項は,憲法13条,14条1項,25条,31条,36条に反し無効である。
よって,直ちに原判決を破棄した上,無罪判決を自判されたい。
以上
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