では既に麻薬を常用している中毒者やリスクの高い行為を実践している者にはどのような対応が可能であろうか。
ハームリダクションの最初の目標はリスク行為をいきなり中止させることではなく、まずリスク行為を修正させる方向性を維持させ、問題をそれ以上悪化させないようにすることにある。
リスク行為をそれ以上悪化させず安定させることができて、初めて次の段階、すなわちリスク行為の削減へと向かう。
これは段階的改善から完全な中止まで幅広いプロセスがある。具体的には、自助グループのグループセラピーによって得られる経験的な成功、失敗事例の情報交換による中毒者の認知パターンと行動パターンの改善の促進、またヘロイン中毒者へのメタドン、アルコール中毒者へのナルトレキソンなどの薬物療法による状況の安定化も採用される。
ただここで重要な点は、いかなる改善プロセスも、常にサービスのプロバイダーとクライアントとの間での話しあいによる協同作業でしか進めない点である。
疾病モデルの治療行為では、クライアントとの協同や話しあい抜きで、用意された治療技術を強制的にクライアントに受けさせる場合が大半である。しかしこれではクライアントに治療への動機づけ、自己管理方法が根付かず、リスク行為を回避させる為の行為パターンや認知パターンそれ自体が改善されることがないため、身体的問題は解決してもプログラムの終了後再発することが多い。
ハームリダクションが非合法麻薬の使用も含め中毒者の現状を受け入れるクライアント中心主義(client-centered approach)でプログラムを進める理由は、自発的な段階的自助努力によってしか中毒者の認知パターン、行動パターンを根本的に改善することがないと考えるからである。[7]
しかし運転手がどれだけ慎重さとリスクを回避する意志があっても、車が整備不良であったり道路に問題があれば事故に遭遇する確率は高くなる。
同様にヘロインの中毒者が、清潔な注射針や安全に注射を行う場所を確保できなければ、本人の意志に関係なく高いリスクを負うことになる。
ゆえにハームリダクションを成功させるためには、リスク行為を取り巻く社会環境の整備が必要条件として要求される。
具体的には、オランダ、スイス、オーストラリアなどで実施されている注射針の交換や注射部屋(injecting room)の提供、メタドンや医療ヘロインの支給、無料コンドームの配付、中毒者のためのシェルター整備などがあげられる。
ただしこれらの実践には、何が合法的に可能で何が不可能かを決定する公共政策や法律との関係が常に考慮される必要がある。
注射部屋の設置には、ドラッグの単純所持と使用の非犯罪化が最低限必要であり、法的な裏付けがなければこれらの環境整備は不可能である。
またHIV予防のためのコンドームの学校などでの配付は、保守的な政治家や教育団体から反対されることが多く、ハームリダクションの環境整備の実現には法律だけでなく社会の一般道徳との整合性も問題となる。
ゆえにハームリダクションの実践には、国や地方公共団体の理解、また広く言えば世論の支持が不可欠であるが、それは他の社会問題と同じく、多くの場合問題が悪化してからしか得られないものである。
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[7] Ibid., p.62.
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