麻薬単一条約について
1960年までに、国際連盟時代を含めて麻薬の国際統制に関する6つの異なる条約と3つの改正議定書が施行されていました。念のため列挙しますと、ハーグアヘン条約(1912)、ジュネーブ国際アヘン条約(1925)、1925年協定(1925)、麻薬生産の制限および流通規制のための条約(1931)、1931年協定、(1931)、危険薬物の非合法通商の抑制のための条約(1936)、またこれらの条約および協定の改正のための1946年・1948年・1953年の議定書となります。
1961年の麻薬単一条約(1961 Single Convention on Narcotic Drugs)の制定の主たる目的は、これらばらばらに制定されていた条約と議定書をひとつにまとめ、国連の麻薬統制の基準を簡潔かつ強化することにありました。
この単一条約の主眼は以下のようになります。本条約の第4項には「医療と科学目的に麻薬の生産、製造、輸出、輸入、流通、取引、使用、所持を排他的に限定する」と書かれています。つまり、麻薬物質の供給量を科学や医療目的に必要な分にだけ制限させ、逆にえば、この目的での麻薬物質の流通を効果的に継続かつ統制することが主眼であったといえます。
この条約では麻薬性物質を大きく4つのカテゴリーに分けています。
スケジュール1は、コデインより強いか、あるいはモルヒネと同等程度の中毒誘発性あるいは中毒継続性を持つ物質、あるいは大麻・大麻樹脂・コカインと同等の中毒性を持つ物質が含まれています。スケジュール2には、コデインより弱い中毒性、あるいはDextropoxyphene(アヘン系の鎮痛剤)と同程度の中毒性を持つ物質が含まれています。またスケジュール3は、中毒性がなくかつ中毒性のある物質に容易には転換できない合法的に医療目的で使用される物質が、スケジュール4は逆に強い中毒性があり他の薬物による治療による相殺ができず、かつ健康上の理由から医療目的での使用から消去されることが望ましいと考えられる物質が含まれます。
したがってスケジュール1にカテゴリー化されている物質は、大麻も含め必然的にこのスケジュール4にもカテゴリー化されています。
大麻がこのスケジュール4にカテゴリー化されているのは、1957年のWHOによる大麻の「身体的中毒性」を持つという定義に依っています。
しかしながら、この当時大麻の依存性についてどこまで科学的に把握できていたかは疑問が残ります。事実、1965年のWHOによる大麻の依存性に関する定義では、大麻の身体的依存性はほとんどないと述べられています。大麻がなぜスケジュール4に分類されているのかについては、その中毒性云々というよりも、むしろ当時大麻が主に娯楽用として使用されており、医療目的での用途がはっきりとしていなかったため、単一条約の主旨である麻薬性物質の用途を医療目的にのみ限るという基準から外れていたためと研究者の間では考えられているようです。
参考文献:Bentham, M. (1998) The Politics of Drug Control, Macmillan Press LTD.
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これまで見てきたように、様々な課題や問題がハームリダクションの実践には伴うが、敷居の低い治療プログラムによって中毒者が受ける恩恵は大きい。
彼らが社会復帰へのきっかけをつかむことは、非合法麻薬の需要削減につながるだけでなく、ひいてはコミュニティの治安向上、公衆衛生環境の向上へとつながる。
ハームリダクションの治療プログラムには、中毒者に「完全な使用の中止」か「社会的排除」かの二者択一ではなく、彼らの置かれている現状を受け入れたうえで、いかにして彼らを社会やコミュニティに再統合するかという視点が基本にある。
そして、この排除ではなく中毒者の社会的再統合を通じてしか、恒久的な需要削減効果を得ることは不可能と思われる。
了
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メタドン治療を受けていても、中毒者が持つヘロインやコカインなどの薬物への精神的依存や欲求そのものを抑えることはない。
メタドン治療はその他のカウンセリング、セラピーと併用して行われる時にアブスティナンスの実現への効果が現れていることが証明されており、中毒者の生活パターンを転換させ社会に復帰させるための一つの手段ないしは入り口として認識するべきである。
むしろメタドン治療が現実に直面している問題は、これを取り巻く社会環境の方にある。
APAは、メタドン治療を希望するヘロイン中毒者の数は多いが、資金とサポート不足によってすべての希望者にメタドン治療を受けさせることができていない現状を指摘している[27]。
また精神病患者のための社会復帰施設と同様、メタドンクリニックの開設には地元住民からの反対運動が起こる。仮に開設に至っても、そのほとんどが都市部に集中しているため、地方に住むヘロイン中毒者はメタドン治療を受けることが難しい。
こうした問題の解決には、オランダで行われているようなメタドンバスによる移動クリニックの普及が有効と思われる。
またメタドンに比べ薬効時間の長い代替物質の使用も近年採用されつつある。メタドンは薬効時間が短いためヘロイン中毒者は毎日メタドンクリニックに出向く必要がある。これに対し、ラーム(LAAM: L-alpha-acetylmethadol)はその半減期が長く48時間ヘロインの禁断症状を抑えることができるので、中毒者がクリニックへ来る回数を減らすことができる代替物質として近年注目されている。
またこの他、ブプレノルフィンというオピオイド拮抗薬は、メタドンと同様の効果を持ちつつメタドンに比べ禁断症状が著しく少なく、メタドンに代わる代替薬物としての普及が期待されている[28]。
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[27] Ibid., p.4.
[28] Ibid., p.4.
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しかしメタドンプログラムにもいくつかの批判と問題点がある。まずメタドンはその禁断症状がヘロインよりも激しいという欠点を持つ。ゆえにメタドンプログラムは長期間に渡って行われ、徐々に使用量を減らす漸減方式が一般的である。
アメリカ精神医学学会(APA)によれば、メタドンメインテナンスの治療には、多くの中毒者が最低でも2年、多くは5年から10年を要しており、中には糖尿病患者のインシュリンと同様に生涯メタドンを継続使用する場合も少なくない[26]。
このことから、メタドンのメインテナンス治療も身体的依存性があるという点で、何らヘロイン中毒と変わらないのではないかという批判が生まれる。確かにメタドンを使用する中毒者は完全なアブスティナンスの状態にはなく、メタドンに依存した生活を送っている。ただしメタドンはヘロインほどの多幸感をもたらさないため、使用者にヘロインのような現実解離効果を引き起こすことはない。
また一般に鬱や不眠症などの精神的症状に対して処方薬が継続的に使用されている現状からすれば、同じく禁断症状を抑えるためのメタドンの使用が道徳的非難にさらされることには一定の社会的バイアスが働いていると思われる。
むしろメタドン治療も様々な精神病への処置と同様、投薬で症状を押さえることはできても問題の本質的解決とはならないという認識こそが重要である。
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[26] American Psychiatric Association(1993)Methadone Maintenance Treatment Position Statement, APA Document Reference No.930005, p.3.
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非合法麻薬の使用に際して想定される害は多岐に渡る。使用者の短期的、長期的な健康上のリスクの他、経済問題、麻薬の入手、逮捕、留置を含む法的問題、薬物の効果による労働や家庭生活の遂行能力の衰退、また社会的スティグマ化やレイベリングなどである。
また麻薬の密売行為や麻薬を入手するための盗みなどの犯罪行為は、コミュニティの安全を脅かし地域に暴力をもたらす。ハームリダクションプログラムは、これら多様な悪影響を削減させる包括的な視点から中毒者へのケアを行う。
ハームリダクションの具体的なプログラムの中心となるのは、メタドンに代表される代替物質の使用である。代替物質を使用することの最大の利点は、それらがヘロインと異なり合法的に入手が可能という点である。
ヘロインから代替物質への転換によって中毒者は非合法麻薬のマーケットに依存する必要性が基本的になくなるため、非合法麻薬を購入、使用するという違法行為、ヘロインの代金を得るための盗みなどの犯罪行為や売春から手を引くことができ、結果として取締り、裁判、留置措置への不安からの解消と、これにかかる社会的コストも同時に削減することができる。
また中毒者の健康という点では、服用式のメタドンを使用することで注射針の使用を中止させHIVやその他の感染症を防げるだけでなく、質の一定しないブラックマーケットのヘロインがしばしば引き起こすオーバードーズやカッティングによって混入された不純物による健康被害を防ぐ。
その他、完全にメタドンに移行していないヘロイン中毒者もヘロインを購入できない時に禁断症状を抑えるためこれを利用することができる。
こうしたプログラムの敷居の低さと具体的にプログラムが中毒者に対して持つインセンティブは、サービスの提供者と中毒者との間での定期的な接触と交流を持つことを可能とする。
メタドンや注射針の配付を通じて、中毒者に健康相談や他のサービスを提供でき、恒久的な離脱プログラムへの勧誘とカウンセリングへの入り口を持つことが可能となる[25]。
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[25] Tapert, S.F., Kilmer, J.R., Quigley, L.A., Larimer, M.E., Roberts, L.J., Miller, E.T. "Harm Reduction Strategies for Illicit Substance Use and Abuse"in Marlatt, G.Alan (ed.) (1998) op.cit., pp.162-163.
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現在全米で2,000万人と推定されている非合法麻薬の使用者のうち、ONDCPは約770万人が治療が必要な中毒者と推定しているが、そのうち治療を実際に受けているのは約140万人(約18%)にすぎない[23]。
しかしこの現状に対し、2004年度のDrug Strategyでは、「実際の問題は、膨大な数のアメリカ人が非合法麻薬に依存しており、彼らが治療を求めていないということである。このように中心的問題は、治療の順番待ちのリストではなく、治療の必要性を認識していない人々がこの必要性を認識することをこちら側が待っている状態にある」と述べ、治療を受ける中毒者数が少ない原因を治療プログラムが構造的に持つ敷居の高さにではなく、中毒者が自分達の置かれている危険性を認識していないからだと説明している[24]。
このような問題認識が変わらないかぎり、今後治療プログラムへの中毒者の低アクセス率が改善される見込みはほとんどないと思われる。
こうした敷居の高い(high-threshold)治療プログラムに対して、ハームリダクションではメタドン治療や注射針の交換を中心とした敷居の低い(low-threshold)プログラムの提供によって、中毒者が置かれている状況の段階的改善と本格的な治療プログラムへの準備段階としての初期プログラムの活用を目指す。
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[23] ONDCP (March 2004) op.cit., p.21
[24] Ibid., pp.20-21
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禁止政策において行われている需要削減政策の今一つの柱は、既に麻薬を常用している中毒者への治療プログラムである。しかしながら、現行の制度では、中毒者が実際に治療プログラムに参加することは容易ではない。
その主な理由は、前述したようにアメリカの治療プログラムの大半が完全なアブスティナンス(abstinence:断つこと[THC注])を要求している点にある。しかし中毒者が治療を受けることを困難にしているのはそれだけではない。
ONDCPの97年のDrug Strategyが明らかにしているように、「慢性的使用者が治療を受ける意志は、治療プログラムの利用可能性と、サービスを受ける経済的余裕、公的資金によるプログラムと医療保険へのアクセスの有無、個人的モチベーション、家族と雇用者のサポート、そして中毒を認めることによる潜在的結果(potential consequences)に影響される」のである[22] 。
このONDCPの分析は、アメリカの中毒者が直面している様々な問題を実に的確に表現したものである。治療プログラムは予算不足から指摘されているようにその利用可能性が十分でないだけでなく、中毒者の経済的負担という点においても問題が大きい。
またONDCPが、「中毒を認めることによって生じる潜在的結果」と表現している事柄の中身も、中毒者にとっては治療を受けるにあたっての大きな障害となっている。
薬物中毒を認めれば、逮捕、留置、財産の没収だけでなく、解雇、失業、また子供を取り上げられるなどの厳しい現実が待ち受けている。
つまり治療を受けるだけの経済的余裕があり、雇用者が文字通りの理解とサポートを示し、信頼できる生活基盤の保護が保証された中毒者でないかぎり、何らかの治療を求めていてもよほど状態が悪化するまで中毒者が治療プログラムの門を叩くことはない。
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[22] Marlatt, G.Alan (ed.) (1998) op.cit., p.366.
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こうした効果と理論に疑問の多いLSTプログラムやDAREに代わり、近年アメリカの教育現場で需要対策として活発に行われているのが生徒への抜き打ちのドラッグテスティングである。
現ブッシュ政権のONDCP長官ジョン・ウオルターズは、これを麻薬問題へのsilver bullet(魔法の解決策)と呼び、2004年のNational Drug Strategyでは教育現場での麻薬対策の目玉として2,300万ドルの予算が組まれている[13]。
教育現場でのドラッグテスティングは、1995年に当初法的には陸上部に所属する生徒のみに許可されていたが、2002年6月の最高裁による決定を受けて、陸上以外(バスケット、チアリーディング、弁論、チェスなど)の課外活動に参加する中高生にも広く実施されるようになっている。
ONDCP発行のパンフレットでは、アラバマ州のある郡でのパイロットプログラムの成功例と、この地域の第1部でも紹介した父兄組織PRIDE(National Parents' Resource Institute for Drug Education)によるドラッグテスティングの効果に対する肯定的統計が紹介され、ドラッグテスティングの教育現場での積極的な採用が啓蒙されており、ブッシュ大統領も2004年1月の一般教書演説の中でドラッグテスティングに触れ、この2年間で若者の麻薬使用が減少しており、「我々の学校でのドラッグテスティングは、この努力の中の効果的な一部であることが証明されている」と述べている[14]。
しかし政府の発表とは裏腹に、専門家による調査によってドラッグテスティングの実施と効果には既に多くの問題点と疑問点が指摘されている。
2003年に発表されたミシガン大によるドラッグテスティングの効果に関する初の大規模な調査では、1998年から2001年にかけて全米で76,000人の8年生、10年生、12年生を対象に、ドラッグテスティングが実施された学校と実施されていない学校との麻薬の使用状況の比較調査が行われている。
その結果、何らかの非合法麻薬を使用している12年生の割合は、ドラッグテスティングを実施している学校の生徒が21%、実施していない学校の生徒が19%、同じく12年生のマリファナの使用者数の割合は、テストを実施している学校で37%、実施していない学校で36%とほとんど差がないことが明らかとなった[15]。
この調査を行ったミシガン大のロイド・ジョンストン教授はこの調査結果から、「実施されているドラッグテスティングの影響は、全くないことを示唆している」と述べ、ドラッグテスティングは、「子供達の気持ちや心情を勝ち取ることのない一種の介入であり、私はこれがドラッグに対する子供達の態度や、あるいはその使用に伴う危険性に対する彼らの信念に何らかの建設的な変化をもたらすとは思わない」と結論している[16]。
また先の1995年の最高裁によるドラッグテスティングの実施許可の裁定を導いた当の本人であるオレゴン州の高校の元校長ランドール・オールトマン氏も、ドラッグテスティングは、「あらゆる状況で常に効果をもたらすとは思っていない。(中略)実際には、多くの生徒が『OK、シーズン中だけはやめよう、シーズンが終わってからまたドラッグを始めればいいさ』と言っている。でも中には生涯を通じてやめる生徒もあり、その場合には効果がある」と述べ、ドラッグテスティングが決してsilver bulletでなく、限られた効果しかないことを認めている[17]。
しかしドラッグテスティングが仮にわずかでも効果を示すとしても、そのわずかな効果にかかる経済的コストは決して小さくはない。テストの方法によってコストは変わるが、一番安価で一般的に行われている尿検査で一人のテストにかかる一回のコストが10ドルから30ドル、皮膚についた汗から行う検査法(sweat patch)で20ドルから30ドル、最も高い髪の毛のテストでは60ドルから75ドルかかる[18]。
またドラッグテスティングの結果に一定の精度と信頼性を保つためには、テストの頻繁な実施、テスト法の切り替え、陽性者への再テストの実施など、さらに多くのコストをかける必要性が常にある。そのため精度の高いテストの実施は、学校の財政と総合的な予防教育の予算を圧迫する結果を招く。
オハイオ州ダブリンでは、一人あたり24ドルのコストで1校につき年間35,000ドルがドラッグテスティングに使われており、陽性反応が出た生徒(1,473人中11人)一人を見つけるために単純に計算して32,000ドルのコストがかかっていた。
その後、ドラッグテスティングによって他の予防対策への資金がなくなったダブリンでは、その費用対効果を再検討し、結局ドラッグテスティングを中止し、代わりに2名のフルタイムの麻薬中毒の専門家を雇い、他の予防プログラムに予算を振り分ける決定を行っている[19]。
またドラッグテスティングは本来課外活動への参加が必要な生徒を、かえって課外活動から遠ざけてしまうという教育上逆の効果をもたらす可能性が高い。
課外活動は生徒をより長い時間学校に留め監督下におくことができるため、一般に生徒を非行行為から遠ざける効果があることが認められている。
また生徒に勉強以外の関心、目標、また仲間との交流をもたらす点で多様な教育効果をもたらす。
本来麻薬を常習している生徒にこそ、学校は積極的に課外活動への参加を呼びかけるべきであると思われるが、ドラッグテスティングは結果的に彼らを課外活動から締め出してしまう。
また週末のパーティなどでマリファナのみを使用する普通の生徒にとっても、課外活動への参加を避ける要因となる。また一般に行われている尿検査は、マリファナには反応しやすいが、アルコールとタバコ、MDMA(エクスタシーの主要成分)には効果がなく、体内での残留期間の短いメタンフェタミン(スピード)やコカインも陽性反応が出にくい。そのためドラッグテスティングの実施は、生徒にマリファナよりもリスクの高いアルコールやその他のハードドラッグの使用を選択させている[20]。
このようにドラッグテスティングは、教育現場における需要削減と予防効果という観点からみて、その効果よりもマイナス面の方が大きく、かえって麻薬の使用を影へと追いやり、非合法麻薬を使用する生徒達のリスクをかえって増大させている可能性が高い。
禁止政策の理念を根本とするドラッグテスティングは、週末だけにマリファナを使用する生徒も、ヘロインの静脈注射やクラックを常用するものも、すべて同じダーティーな非合法麻薬の乱用者とみなす。
しかし本当に問題なのは後者のようなハードドラッグの常用者であって、この場合ドラッグテスティングに頼るまでもなく、態度の変化、成績の悪化、欠席の増加、喧嘩、軽犯罪へのコミットなどの日常生活での問題行動から、少なくともまじめに職務を行っている教師であるならば、彼らが何らかの問題を抱えているということは容易に推察可能と思われる。またコストを含めた具体的な問題以上に、ドラッグテスティングの実施は両親、教師と生徒達との関係に亀裂を生じさせる結果を招く可能性がある。
テストに備えて当然生徒達は、親や学校を欺くための対策を講じる。既にテスト対策としてクリーンな尿の提供、体内の麻薬の成分を中立化する薬品、髪の毛から反応を出さないシャンプーなどのテストへの対抗商品は数多くインターネット上で販売されており、またテストに抗議してスキンヘッドにし体毛を剃る生徒も現れている[21]。
ドラッグテスティングとは、抜き打ちテストによって実質的な取締りを行うだけでなく、生徒達に麻薬の使用が親や学校にばれるかもしれないという恐怖心と、発見された時の何らかの制裁への恐怖心を起こさせ、この恐怖心を利用し子供達に麻薬の使用を思いとどまらせようとする手段であり、教育的手段ではない。
この点で、ドラッグテスティングは現行の禁止政策の需要削減手段である逮捕、懲罰による使用の抑制と本質的には何ら変わるものではない。
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[13] U.S. Office of National Drug Control Policy (March 2004) National Drug Control Strategy 2004, [http://www.whitehousedrugpolicy.gov/publications/policy/ndcs04/index.html].
[14] U.S. Office of National Drug Control Policy (ONDCP) (2002) What You Need to Know about Drug Testing in Schools, [http://www.whitehousedrugpolicy.gov/publications/drug_testing/], p.3., News Week (Feb.25, 2004), "Web Exclusive Report: Guilty Until Proven Innocent"[http://www.msnbc.msn.com/id/4375351/].
[15] Yamaguchi, R., Johnston, L.D., O'Malley, P.M. (2003) "Relationship Between Student Illicit Drug Use and School Drug Testing Policies", Journal of School Health 73.4, pp.159-64.
[16] Winter, Greg(May 17, 2003)"Study Finds No Sign That Testing Deters Students' Drug Use", New York Times, International Herald-Tribune.
[17] Ibid.
[18] Gunja, F., Cox, A., Rosenbaum, M., Appel, J.(January 2004)Making Sense of Student Drug Testing, Why Educators are Saying No, The American Civil Liberties Union and The Drug Policy Alliance,[www.aclu.org/drugpolicy], p.9.
[19] Ibid., p.10.
[20] Ibid., p.16.
[21] Ibid., p.16.
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多くの先進国では、かつてのような職業訓練や師弟制度によって生涯保証された仕事につく時代は過ぎ去り、社会的紐帯が強い地方の製造業が衰退し、都市部ではサービス業など賃金の安いマニュアル化した仕事が増えている。
労働市場が流動化し、フルタイムに代わってパートタイムの仕事が増える一方で、大卒などの高い学歴が必ずしも安定した雇用の確保につながらず、青年期に経済的な自立をすることが難しくなってきている。
これと連動して若者は結婚しなくなり親にもならなくなり、近年、家族社会学がポスト青年期(post-adolescence)と呼ぶライフサイクルの一時期を過ごすものが増えてきた。
パーカーらは、彼らポスト青年期を送る、経済的にも、社会的にもさほど責任を担っておらず、稼いだ金を好きなことに消費できる中流階級の若者達が、生活の中でtaking time out(小休止)する時に、レジャーの一つの選択肢としてドラッグの使用を選択していると調査結果から分析している[11]。
また多くの先進国では、文化の個人化が進み、かつての集合的なカウンターカルチャーやサブカルチャー運動は影を潜めてきた。これと平行して、麻薬の使用用途も種類も個人化、多様化している。彼らの麻薬の使用の動機は、かつての反抗的サブカルチャー精神の表明ではなく、むしろメインストリーム文化である商品の消費、快楽の消費とより親和性が高いように思われる。彼らは社会的に疎外された貧困層や差別階級の人々による中毒的なドラッグの使用と異なり、生活をドラッグにフィットさせるのではなく、余暇活動として他のレジャーと同じように、ドラッグをノーマルな学生生活や社会生活にフィットさせているのである。
こうした現状の道徳的是非はともかく、ハームリダクション政策では若者の間で麻薬が既に広く使用されているという事実、麻薬使用のノーマライゼーション化を認めたうえで、よりプラグマティックな教育的予防プログラムの実践を主張する。まず前提となるのは、合法、非合法、また処方薬も含めた薬物全般の持つ効果と危険性に対する客観的、科学的な事実に基づいた情報の提供である。前述したように、非合法麻薬をいたずらに悪魔化する手法は、何らかの非合法麻薬を経験しその危険性を実体験している若者からは情報ソースとしての信頼性を失う結果を招く。
その結果、彼らが主な情報ソースとしている友人の、時には不確定で特殊な経験的知識に基づく情報が先行し、使用の際に必要以上のリスクを被る可能性が常につきまとう。この情報ソースとしての信頼性の回復こそが、予防プログラムを行う教育現場が取り戻さなければならない最初の課題であると思われる。
このことを前提としたうえで、麻薬のハームリダクション教育の研究者であるスケイジャーにしたがって、ハームリダクション政策が提唱する教育現場でのリスク予防プログラムの目標と実践項目をみてみよう。
- できる限り使用開始年齢を遅らせること。
- (完全にやめさせようとするのではなく)使用する量を削減させること。
- 生徒に使用すべきではない時、場所、状況があることを理解させること。
- 問題のある使用(やり過ぎ、他のドラッグとの混ぜ合わせ、知らないドラッグ、不純なドラッグの使用など)を回避させること。
- 麻薬の使用に関して自分自身及び他人への責任感を促すこと。
- 中毒及び依存を示す兆候に対する知識を持たせること。
- 問題の多い使用を行う仲間に対するアプローチとアシストの教育。
- 助けが必要な時に学校、コミュニティなどのサポートリソースがあることを自覚させておくこと。
そしてこれらの目標項目は、次のような事柄を教師が念頭に置く時に効果的に達成される。
- 多くの生徒がアルコールや他のドラッグの肯定的経験を持っていることを受け入れる。
- トップダウンではなく生徒とのインタラクティブなディスカッション形式において行う。
- 生徒に疑念を抱かれる情報ではなく麻薬の否定的、肯定的両面の効果に関する確かな情報を生徒に提供する。
- 生徒の合理的自己決定を重視し、非裁量的(non-judgemental)アプローチをとる[12]。
大人達の麻薬に対する感情的、否定的反応、若者達から見れば間違った麻薬に対する認識の押し付けは、彼らに大人から極力麻薬の使用を隠す努力を選択させる。そのため子供が不適切かつ危険の多い麻薬の使用方法を実践していても、明らかな身体的、精神的症状が出るまで、親、教師、ホームドクターらがそれを発見することは困難となる。
現代社会のように、洪水のような情報量とその不確実性にあふれた社会環境では、麻薬を使用する若者達は常に危険な立場に置かれており、彼らが準拠できる信頼できかつ確かな情報リソースの確保が求められる。
しかしながら実際の麻薬教育の予算は使用の完全中止をベースとした予防教育にのみ限定されており、一部の私立学校を除いて上述した教育項目はアメリカではほとんど実施されておらず、またそのための訓練を受けた教師の数も少ないのが現状である。
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[11] Parker, H., Aldridge, J., Measham, F. (1998) op.cit., pp.23-25.
[12] Skager, Rodney, op.cit., pp.17-18.
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学校現場でのマリファナの害を誇大に強調した教育は、その実際の効果を既に体験している生徒の大半からは失笑を買うだけで、教師や政府の伝える情報をプロパガンダとしてしか受け取ることはない。
そのため教育機関や政府は、若者にドラッグに対する信頼すべき情報のリソースとはみなされず、そまた9年生のアルコールやその他の麻薬の使用動機は、その大半が「どんなものか知りたかったから」(52.3%)「楽しむため」(50.1%)「うさばらし」(46.7%)「友達がやっていたから」(50.1%)などの通常の娯楽とほぼ変わらない動機が占めており、予防プログラムが前提とする性格的問題のカテゴリーに入ると思われる、「やることがないから、倦怠、退屈」など比較的問題があると考えられる使用動機は25.6%にとどまっている[7]。
そもそもアルコールを含め、ハードドラッグの使用やリスクの高いドラッグの使用パターンを実践している者は、社会環境や家庭環境に起因した社会的、精神的問題を抱えている者であり、彼らの問題解決にはドラッグの危険性の認知教育やLSTではほとんど効果はなく、より総合的な社会福祉や心理カウンセリングなどの対応が行わなければならない。
またこの調査から明らかとなった使用状況では、いわゆる友人からの圧力という要因はほとんどみられず、生徒が彼ら自身の判断で自発的(spontaneous)にドラッグの使用を行うモデルが優勢であった[8]。
またイギリスで行われた調査でも、この友達からの圧力という使用動機はほとんど認められず、「自己責任のもとで、自分自身で麻薬の使用の決断を行っている」若者が大半を占めていると結論されており、LSTプログラムが前提とするモデルが実際の若者の使用状況とは必ずしも一致していないことが明らかとなっている[9]。
むしろここで認められるのは、一種の対人関係における個人主義(do-your-own-thing ethic)であり、アルコールを含め、友人からすすめられたドラッグの使用を拒否しても、それが友人関係に影響を与えることは実際にはほとんど認められていない[10]。
むしろ先進国で顕著な個人主義の考え方の下では、仲間からのドラッグの使用の強要などといった、本人が設定したリミットを超えるリスクテイクは彼らの信条によって拒否されることが一般的である。
ではなぜ他に問題行動を起こさない中流階級の若者達の間で、麻薬の使用が通常の娯楽やレジャーとして広がりをみせてきているのであろうか。
ここには多様な社会的要因が影響していることは間違いないが、非合法麻薬の使用のノーマライゼーション化の理由の一つとして社会学者のパーカーらが注目しているのは、彼らを取り巻く近年の社会、経済状況、特に労働状況の変化である。
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[7] Ibid., p.87.
[8] Ibid., p.85.
[9] Parker, H., Aldridge, J., Measham, F. (1998) Illegal Leisure: The Normalization of Adolescent Recreational Drug Use, New York and London; Routledge, P.161.
[10] Skager, Rodney "On Reinventing Drug Education for Adolescents", in The Reconsider Quarterly Winter 2001-2002 Vol. 1, No.4, p,16.
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DAREプログラムに代表される一次、二次予防は、一般に麻薬の使用開始のメカニズムとして次の二つの要因を前提としている。それは、友人からの圧力(peer pressure)と使用者の性格的欠陥(personal deficit)である。
友達にすすめられた時にノーと言えない自己決定や自立心の欠如、また感情のコントロールができない若者が、アルコールや薬物に手を出すという使用者像である。このモデルにしたがって、予防プログラムではアルコール、タバコを含めた麻薬の使用を促すとされる身近な社会的圧力に抵抗する能力、意思決定、怒りと不安のコントロール、自尊心などを養うための生活技能訓練LST(Life Skills Training)が採用されている。
問題はLSTが前提としている、問題のある生徒が麻薬を使用するというモデルが現実の麻薬使用者のプロファイルとは大きな開きがあることである。
およそ30年に渡って全米の学生の行動調査を行っているモニタリング・ザ・フューチャー(MTF)によって2002年に行われた8年生、10年生、12年生を対象にした調査によれば、53%の生徒が何らかの非合法麻薬を経験しており、マリファナ以外の非合法麻薬も30%(1997年の数値)の生徒が経験していた[5]。
またカリフォルニアでの調査では、9年生の自己申告による数字によれば、24%の生徒がマリファナを使用したことがあると解答しているが、同じ解答者の53%が同年の生徒の半分かそれ以上がマリファナを使用していると推測している。
同様に11年生では、自己申告では45%が使用したことがあるのに対し、72%の生徒が半分かそれ以上の同年の生徒がマリファナを使用したことがあると推定している[6]。
このように非合法麻薬の使用は既にアメリカ社会では特に家庭問題や経済問題を抱えた生徒に限らず広く一般的に行われており、これを特に問題行動として認識することに予防プログラムのそもそもの問題点があると思われる。
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[5] National Institute on Drug Abuse (NIDA) & U.S. Department of Health and Human Services, Johnson, Lloyd D., O'Malley, Patrick M., Bachman, Jerald G. (2003) Monitoring the Future: National Results on Adolescent Drug Use, Overview of Key Findings, 2002, [http://www.nida.nih.gov/DrugPages/MTF.html], p.28.
[6]Austin,G., Shager, R. (1999) Eighth Biennial Statewide Survey of Drug and Alcohol Use Among California Students in Grades 7,9, and11, Sacramento,CA; Office of the Attorney General, Crime Prevention Center, p.85.
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薬物の使用開始を思いとどまらせたり中止させるためには、教育現場での麻薬教育が重要な位置を占める。この教育的予防プログラムは、対象者の薬物の使用状況から一般に次の3つに分類されている。
まず第1の予防教育、一般に一次予防(primary prevention)あるいは全般的予防(universal prevention)と呼ばれている段階では、未使用者を対象として教育によって薬物の未使用、あるいは不使用をそのまま継続させることを目標としている。
次に麻薬の使用を既に開始しているがまだ常用していない者、あるいは未だ使用者自身にさほどの害を与えていないレベルでの使用にとどまっている者には、使用にあたっての害を最小化したり使用を中止させることに焦点を置いた二次予防(secondary prevention)あるいは選択的予防(selective prevention)と呼ばれる予防教育が行われる。
さらに麻薬の使用が進み、既に使用者に一定の害を及ぼしていたり中毒になっているものには、三次予防(tertiary prevention)あるいは指示的予防(indicated prevention)と呼ばれる一般に中毒治療におけるカウンセリングが行われることになる[1] 。
アメリカの教育現場では、この一次、二次予防の実践は、政府からの資金援助を受けているDARE(Drug Abuse Resistance Education)が長年その役割を担ってきた。
DAREはもともと1983年にロサンゼルス市警と学校が協力して開始したプログラムで、5年生、6年生を対象に、毎週制服警官が学校に呼ばれ子供達に麻薬の危険性を教え、自尊心の育成と友人、大人からの麻薬使用の誘いへの断り方(peer pressure resistance skills)を身に付けさせるための講義が行われる。
現在、年間推定10億ドルから13億ドルの資金が使われ、全米のおよそ7割の学校で広く実施されているプログラムである[2]。
しかしおよそ20年近い歴史を持つDAREプログラムではあるが、このプログラムにはいくつかの科学的調査がその効果に疑問を投げ掛けている。
アメリカの会計検査院(General Accounting Office)が2003年に発表したケンタッキー、コロラド、イリノイ州での調査によれば、DAREのプログラムを受けた生徒は、受講後1年間は非合法麻薬の使用に対して否定的な印象を維持しておりその一定の効果が認められているが、2年、5年、10年の追跡調査では、DAREを受講した生徒と受講していない生徒の間での非合法麻薬の使用状況には差がみられず、その長期的効果がほとんどないことが明らかとなっている[3]。
またそもそもこの20年間でアメリカ国内の若者の薬物使用は一向に減少しておらず、費用対効果という観点から2000年にはソルトレイクシティがDAREプログラムを中止している[4]。
ではこのDAREの失敗の原因はどこにあるのか。
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[1] Marlatt, G.Alan, Weingardt, Kenneth R."Harm Reduciton and Public Policy "in
Marlatt, G.Alan (ed.) (1998) Harm Reduction: Pragmatic Strategies for Managing
High-Risk Behaviors, New York and London; The Guilford Press, p.365.
[2] Kalishman, Ariel (April 2003) D.A.R.E. Fact Sheet, Drug Policy Alliance, [http://www.dpf.org/library/factsheets/dare/index.cfm].
[3] General Accounting Office(Jan 16, 2003)Youth Illicit Drug Use Prevention: DARE Long-Term Evaluations and Federal Efforts to Identify Effective Programs,[www.gao.gov/cgi-bin/getrpt?GAO-03-172R],pp.5-7.
[4] Eyle, Alexandra,"An Interview with Salt Lake City Mayor Ross C. Rocky Anderson by Alexandra Eyle"in The Reconsider Quarterly Winter 2001-2002 Vol.1 No.4, pp.12-13.
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はじめに
麻薬の消費という社会現象は供給と需要の両者によって成立している。
どれだけ内外で供給対策を実施しても、需要が無くならない限りマーケットは存続し、供給側に麻薬の生産と密輸を行う経済的誘因を残す。
現行の禁止政策においてこの需要対策で中心的位置を占めるのは、取締りによる使用者への懲罰の他に、未だ薬物の使用を開始していない未成年者に対する予防教育と、既に薬物の使用を開始している者への治療プログラムである。
本章では、これら現行政策下での需要対策の具体的実施状況と問題点を分析し、ハームリダクションの視点からどのようなオールタナティブな麻薬政策が需要削減という観点から可能であるかを検討する。
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麻薬問題に対するハームリダクション政策には、様々な政策目標とその実施形態が想定可能であり、その組み合わせと政策的効果は多岐に渡る。
また、その実施形態はそれぞれの国と地域が抱える麻薬問題の状況、法制度、文化、道徳的観念を考慮して決定されるべきであり、ある特定の地域、国家での成功事例が一概にすべての地域に適用可能かつ有効な政策であるとはいえない。
従って、現在、中毒や注射針を媒介としたHIV感染が深刻な社会問題となっている東南アジアを始めとして、今後、それぞれの国と地域で問題の状況に応じたハームリダクションの実施形態が個別に研究される必要がある。
日本を含めた地域、国別の代替政策研究は今後の筆者の課題でもあるが、このような一定の代替政策を模索する努力によってのみ、中毒症状や感染症に苦しむ人々を犯罪者化やスティグマ化する代わりに、彼らに何らかの実効性の伴う救済手段を提供することが可能となると筆者は考える。
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このように麻薬政策には様々な形態が考えられ、ハームリダクションはこれらすべての政策的オプションの中でその実践が可能である。完全な合法化と、アルコールなど合法麻薬と全く同等の扱いは先進国では実践されていないので推論の域を出ないが、医療化政策の国家レベルでの実施は、スイスで既に1994年1月から 3カ年計画でのThe Medical Prescription of Narcotics Programme (PROVE)が実施されている。この計画は、メタドン治療や何らかの治療に失敗した1,000人のハードコアなヘロイン中毒者に限定して、ヘロイン、モルヒネ、注射可能なメタドンを医療機関を通じて供給し、同時に中毒者の健康、住居、雇用、また家庭問題や生活パターンへのカウンセリングと支援を平行して行い、その結果ヘロイン中毒者のリスク行為がどのように改善されるかを調査するハームリダクションの実験プログラムである。
1997年7月にスイス政府が出したこの実験の結果報告では、プログラムを受けた中毒者に以下7項目の改善点がみられたことが確認されている。
1) 犯罪件数、及び犯罪者数が60%に減少し、 非合法な活動による収入が69%から10%に減少した。
2)非合法なヘロインとコカインの使用が劇的に減少した。
3)安定した雇用が14%から32%へと増加した。
4)健康状況の著しい改善とオーバードーズによる死亡事故がなくなった。
5)処方ヘロインが横流しされブラックマーケットが形成されることはなかった。
6)途中で半数がプログラムを中止し他の治療プログラムへ移行し、83名がアブスティナンス(使用中止)セラピーを開始した。
7)刑事司法と医療コストの減少によって一人当たり一日30ドルの経済的便益がもたされた[13]。
このスイスでの社会実験を他の事情の異なる社会に単純に援用することはできないが、スイスでの成功はハームリダクションとしての医療化政策が一定の効果をあげる可能性があることを証明する結果といえる。非犯罪化政策はオランダを始めヨーロッパ各国で麻薬使用に伴うハームリダクションの成果を挙げている。
また完全な禁止政策下においてもハームリダクションの実践が全く不可能なわけではない。禁止政策を掲げているアメリカでも、「アメリカのドラッグウオー」で論じたように、ニクソン政権下の70年代からメタドンプログラムは既に実施されており、また州レベルでは注射針の交換や処方箋なしでの注射針の購入も認められている。しかしながらFDA(Food and Drug Administration)によるメタドンへの厳しい規制によってクリニック数は伸びず、2000年の段階での利用状況はヘロイン中毒者全体の2割弱にとどまっており、注射針の交換プログラムへの国の予算の拠出も未だに認められていない[14]。
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[13] Nadelmann, Ethan A. (February 1998)"Commonsense Drug Policy"in Gray, Mike (ed.) (2002) Busted: Stone Cowboys, Narco-Lords and Washington's War on Drugs, New York; Thunder's Mouth Press/Nation Books, p.180.
[14] U.S. Office of National Drug Control Policy (ONDCP) (April 2000) Fact Sheet Methadone,[http://www.whitehousedrugpolicy.gov], p.1.
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