こうした効果と理論に疑問の多いLSTプログラムやDAREに代わり、近年アメリカの教育現場で需要対策として活発に行われているのが生徒への抜き打ちのドラッグテスティングである。
現ブッシュ政権のONDCP長官ジョン・ウオルターズは、これを麻薬問題へのsilver bullet(魔法の解決策)と呼び、2004年のNational Drug Strategyでは教育現場での麻薬対策の目玉として2,300万ドルの予算が組まれている[13]。
教育現場でのドラッグテスティングは、1995年に当初法的には陸上部に所属する生徒のみに許可されていたが、2002年6月の最高裁による決定を受けて、陸上以外(バスケット、チアリーディング、弁論、チェスなど)の課外活動に参加する中高生にも広く実施されるようになっている。
ONDCP発行のパンフレットでは、アラバマ州のある郡でのパイロットプログラムの成功例と、この地域の第1部でも紹介した父兄組織PRIDE(National Parents' Resource Institute for Drug Education)によるドラッグテスティングの効果に対する肯定的統計が紹介され、ドラッグテスティングの教育現場での積極的な採用が啓蒙されており、ブッシュ大統領も2004年1月の一般教書演説の中でドラッグテスティングに触れ、この2年間で若者の麻薬使用が減少しており、「我々の学校でのドラッグテスティングは、この努力の中の効果的な一部であることが証明されている」と述べている[14]。
しかし政府の発表とは裏腹に、専門家による調査によってドラッグテスティングの実施と効果には既に多くの問題点と疑問点が指摘されている。
2003年に発表されたミシガン大によるドラッグテスティングの効果に関する初の大規模な調査では、1998年から2001年にかけて全米で76,000人の8年生、10年生、12年生を対象に、ドラッグテスティングが実施された学校と実施されていない学校との麻薬の使用状況の比較調査が行われている。
その結果、何らかの非合法麻薬を使用している12年生の割合は、ドラッグテスティングを実施している学校の生徒が21%、実施していない学校の生徒が19%、同じく12年生のマリファナの使用者数の割合は、テストを実施している学校で37%、実施していない学校で36%とほとんど差がないことが明らかとなった[15]。
この調査を行ったミシガン大のロイド・ジョンストン教授はこの調査結果から、「実施されているドラッグテスティングの影響は、全くないことを示唆している」と述べ、ドラッグテスティングは、「子供達の気持ちや心情を勝ち取ることのない一種の介入であり、私はこれがドラッグに対する子供達の態度や、あるいはその使用に伴う危険性に対する彼らの信念に何らかの建設的な変化をもたらすとは思わない」と結論している[16]。
また先の1995年の最高裁によるドラッグテスティングの実施許可の裁定を導いた当の本人であるオレゴン州の高校の元校長ランドール・オールトマン氏も、ドラッグテスティングは、「あらゆる状況で常に効果をもたらすとは思っていない。(中略)実際には、多くの生徒が『OK、シーズン中だけはやめよう、シーズンが終わってからまたドラッグを始めればいいさ』と言っている。でも中には生涯を通じてやめる生徒もあり、その場合には効果がある」と述べ、ドラッグテスティングが決してsilver bulletでなく、限られた効果しかないことを認めている[17]。
しかしドラッグテスティングが仮にわずかでも効果を示すとしても、そのわずかな効果にかかる経済的コストは決して小さくはない。テストの方法によってコストは変わるが、一番安価で一般的に行われている尿検査で一人のテストにかかる一回のコストが10ドルから30ドル、皮膚についた汗から行う検査法(sweat patch)で20ドルから30ドル、最も高い髪の毛のテストでは60ドルから75ドルかかる[18]。
またドラッグテスティングの結果に一定の精度と信頼性を保つためには、テストの頻繁な実施、テスト法の切り替え、陽性者への再テストの実施など、さらに多くのコストをかける必要性が常にある。そのため精度の高いテストの実施は、学校の財政と総合的な予防教育の予算を圧迫する結果を招く。
オハイオ州ダブリンでは、一人あたり24ドルのコストで1校につき年間35,000ドルがドラッグテスティングに使われており、陽性反応が出た生徒(1,473人中11人)一人を見つけるために単純に計算して32,000ドルのコストがかかっていた。
その後、ドラッグテスティングによって他の予防対策への資金がなくなったダブリンでは、その費用対効果を再検討し、結局ドラッグテスティングを中止し、代わりに2名のフルタイムの麻薬中毒の専門家を雇い、他の予防プログラムに予算を振り分ける決定を行っている[19]。
またドラッグテスティングは本来課外活動への参加が必要な生徒を、かえって課外活動から遠ざけてしまうという教育上逆の効果をもたらす可能性が高い。
課外活動は生徒をより長い時間学校に留め監督下におくことができるため、一般に生徒を非行行為から遠ざける効果があることが認められている。
また生徒に勉強以外の関心、目標、また仲間との交流をもたらす点で多様な教育効果をもたらす。
本来麻薬を常習している生徒にこそ、学校は積極的に課外活動への参加を呼びかけるべきであると思われるが、ドラッグテスティングは結果的に彼らを課外活動から締め出してしまう。
また週末のパーティなどでマリファナのみを使用する普通の生徒にとっても、課外活動への参加を避ける要因となる。また一般に行われている尿検査は、マリファナには反応しやすいが、アルコールとタバコ、MDMA(エクスタシーの主要成分)には効果がなく、体内での残留期間の短いメタンフェタミン(スピード)やコカインも陽性反応が出にくい。そのためドラッグテスティングの実施は、生徒にマリファナよりもリスクの高いアルコールやその他のハードドラッグの使用を選択させている[20]。
このようにドラッグテスティングは、教育現場における需要削減と予防効果という観点からみて、その効果よりもマイナス面の方が大きく、かえって麻薬の使用を影へと追いやり、非合法麻薬を使用する生徒達のリスクをかえって増大させている可能性が高い。
禁止政策の理念を根本とするドラッグテスティングは、週末だけにマリファナを使用する生徒も、ヘロインの静脈注射やクラックを常用するものも、すべて同じダーティーな非合法麻薬の乱用者とみなす。
しかし本当に問題なのは後者のようなハードドラッグの常用者であって、この場合ドラッグテスティングに頼るまでもなく、態度の変化、成績の悪化、欠席の増加、喧嘩、軽犯罪へのコミットなどの日常生活での問題行動から、少なくともまじめに職務を行っている教師であるならば、彼らが何らかの問題を抱えているということは容易に推察可能と思われる。またコストを含めた具体的な問題以上に、ドラッグテスティングの実施は両親、教師と生徒達との関係に亀裂を生じさせる結果を招く可能性がある。
テストに備えて当然生徒達は、親や学校を欺くための対策を講じる。既にテスト対策としてクリーンな尿の提供、体内の麻薬の成分を中立化する薬品、髪の毛から反応を出さないシャンプーなどのテストへの対抗商品は数多くインターネット上で販売されており、またテストに抗議してスキンヘッドにし体毛を剃る生徒も現れている[21]。
ドラッグテスティングとは、抜き打ちテストによって実質的な取締りを行うだけでなく、生徒達に麻薬の使用が親や学校にばれるかもしれないという恐怖心と、発見された時の何らかの制裁への恐怖心を起こさせ、この恐怖心を利用し子供達に麻薬の使用を思いとどまらせようとする手段であり、教育的手段ではない。
この点で、ドラッグテスティングは現行の禁止政策の需要削減手段である逮捕、懲罰による使用の抑制と本質的には何ら変わるものではない。
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[13] U.S. Office of National Drug Control Policy (March 2004) National Drug Control Strategy 2004, [http://www.whitehousedrugpolicy.gov/publications/policy/ndcs04/index.html].
[14] U.S. Office of National Drug Control Policy (ONDCP) (2002) What You Need to Know about Drug Testing in Schools, [http://www.whitehousedrugpolicy.gov/publications/drug_testing/], p.3., News Week (Feb.25, 2004), "Web Exclusive Report: Guilty Until Proven Innocent"[http://www.msnbc.msn.com/id/4375351/].
[15] Yamaguchi, R., Johnston, L.D., O'Malley, P.M. (2003) "Relationship Between Student Illicit Drug Use and School Drug Testing Policies", Journal of School Health 73.4, pp.159-64.
[16] Winter, Greg(May 17, 2003)"Study Finds No Sign That Testing Deters Students' Drug Use", New York Times, International Herald-Tribune.
[17] Ibid.
[18] Gunja, F., Cox, A., Rosenbaum, M., Appel, J.(January 2004)Making Sense of Student Drug Testing, Why Educators are Saying No, The American Civil Liberties Union and The Drug Policy Alliance,[www.aclu.org/drugpolicy], p.9.
[19] Ibid., p.10.
[20] Ibid., p.16.
[21] Ibid., p.16.
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