我が国における医療大麻-患者の権利の視点から
古くから、医療の現場では、医師が患者の治療を決定し、患者はそれに従うというパターナリズムによる医療が行われてきた。しかし、近年、患者の権利が重要視されるようになり、患者が主体的に治療法を決定する医療が一般的となってきている。
患者の権利を示した重要なものに、世界医師会による「患者の権利に関するWMAリスボン宣言」がある。この宣言は1981年に採択され、医師が是認し推進する患者の主要な権利を述べている。そこでは「良質の医療を受ける権利」「選択の自由の権利」「自己決定の権利」「情報に対する権利」「尊厳に対する権利」などが挙げられている。
現在日本では医療大麻を使用することが出来ない。その原因として、大麻取締法第4条の存在が最も大きい。この法律で「大麻から製造された医薬品を施用し、又は施用のため交付すること」「大麻から製造された医薬品の施用を受けること」を禁止しているからである。これは患者の権利を大きく侵害するものである。リスボン宣言に基づけば医療大麻が有効な患者は、医療大麻が自分の疾患に効果があるという情報を知る権利があり、医療大麻を使用する決定権を持つ。また、尊厳に対する権利があり、医療大麻により苦痛を緩和される権利を有しているのである。
さらに、リスボン宣言では、医師・医療従事者・医療組織は、この権利を保障し守る責任があり、法律・政府の措置・あるいは他のいかなる行政や慣例であろうとも、患者の権利を否定する場合には、この権利を保障ないし回復させる適切な手段を講じるべきであるとしている。まさにこの宣言の通りで、患者の権利を侵害する法律は変えるべきである。人を法律に合わせるのではなく、法律を人に合わせていくのが本来の姿と考える。
医療大麻は、欧米で医薬品として承認を受け、実際の医療現場で使われるようになってきている。特に、多発性硬化症、エイズ、癌といった難治性疾患の症状緩和において用いられ、有効性が確認されている。日本では、前述の大麻取締法の問題から医薬品の承認はおろか治験すら行うことが出来ないのが現状である。海外で広く使用されている医薬品が、日本で用いることが出来ないというのは大麻に限ったことではなく、最近「ドラッグ・ラグ」という言葉で取り沙汰されることが多くなってきた。
「ドラッグ・ラグ」とは、海外と日本の医薬品承認のタイムラグのため、海外では一般的となっている医薬品が日本では使用できない状態のことである。日本では世界で広く使用されている医薬品の約3割が未承認で使えず、また、日本での医薬品の承認に時間がかかり、上市が欧米と比較し2年から2年半遅れている。この原因として、治験着手時期、治験期間、承認審査期間の差が挙げられている。「ドラッグ・ラグ」は患者の権利を大きく損なうことであり、場合によっては生命や尊厳に関わる。これは日本の深刻な医療問題であり、医療者・患者団体などから大きな声が上がってきている。治験さえ行うことが出来ない医療大麻の「ドラッグ・ラグ」はどの位になるのか想像がつかない。
「ドラッグ・ラグ」に対する国民の声に対して、厚生労働省は2006年10月から2007年7月に「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会」を設置し報告書をまとめた。承認審査の見直しなどが課題として挙げられているが、特筆すべきは未承認薬を医療現場に提供するためのコンパッショネート・ユース(人道的使用)制度の導入について言及されている点である。これは、重篤な疾患で代替療法がない場合に、未承認薬の製造・輸入・販売を許可する制度であり、欧米ではすでに導入されている。具体的な導入時期は明らかではないが、今後議論が深まっていくことと考える。
この制度の主なターゲットは、生命にかかわる疾患の治療薬のようである。一方、医療大麻の適応は、多発性硬化症・エイズ・癌などの難治性の疾患の症状緩和であり、直接の治療薬ではない。しかし、治癒の望めない患者にとって、症状を緩和しQOL(Quality of life;生命の質)の高い人間らしい生活をおくることは非常に大切なことであり、ただ長く生きればよいわけではないだろう。適切な緩和医療というのは、人間の生命の尊厳のためにとても重要なことである。コンパッショネート・ユース制度の導入の際には、医療大麻についても適用を検討してもらいたい。
我々はまず、この医療大麻の現実について国民に広く知ってほしいと考える。そして、患者の権利の回復のため、国に大麻取締法第4条の改正を要求する。また、すでに開きつつある医療大麻の「ドラッグ・ラグ」に対して、人道的対策を望む。
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