マリファナ、オランダの挑戦

2000年8月19日

デルフトを発ちライデンに移動した。電車で30分もかからない。ライデンはオランダ最古の大学のある学術都市だ。町はゆったりとして落着いていて物を考えたりするには最適の場所だ。今回の旅も既に20日を過ぎ残すは1週間となった。ここでどうしてもまとめておきたいことがある。マリファナについてである。

●コーヒーショップ

日本語のコーヒーはオランダ語が起源らしいが、現在オランダでコーヒーショップといえばマリファナやハシシを吸う店のことである。オランダではマリファナの喫煙が許されている。酒場のような雰囲気で大抵は暗めの照明に抑えてあり18歳未満は入店できない。もちろんマリファナを吸ったりお茶やコーラを飲むことができるがアルコール類の同時販売は禁止されているので扱っていない。

アムステルダムを別にすれば必ずしも多くはないがどの町でも一周すれば数件のコーヒーショップを見かける。だが、基本的に宣伝してはいけないことになっているようで目立たないので慣れていないと気付きにくい。店内に入ってもこちらが買う意志を明確にしない限り何もでてこない。はじめての日本人旅行者がいきなり入ってもどうなっているのか戸惑うに違いない。

どの店にもメニューがある。酒の場合と同じようにハシシの産地や銘柄、マリファナの種類など細かく値段がつけられている。マリファナは一本6ギルダー300円ぐらい、ハシシは1グラム15から30ギルダーぐらいで酒代と似たようなものだ。ハシシの産地としてはモロッコ、アフガン、ネパール、インドなどある。モロッコ・ケタマ産のハシシが多いようだった。

店側から客に勧めることは禁止されているのでとっつきにくいが、もともと観光客むけではなく地元の人のための店なので当然かもしれない。店内にはゲーム機なども置いてあるが騒々しくはない。客はそれぞれのやり方があるようでいろいろな吸い方をしている。店で買って持ち帰ることもできる。


●麻はどのように利用されてきたか

マリファナもハシシもカナビス草からつくられる。マリファナは葉を乾燥させお茶のように細かくしたものやシンセミアといって穂のように小葉を密生させそのまま乾燥させたものなどある。タバコのように紙に巻いて吸う。一方ハシシは葉からでる樹液を固めたもので茶または黒色の塊状で細かくしてパイプで吸う。

一般に効力はハシシのほうがマリファナよりも強いとされているが、品種改良などでシンセミアも劣らなくなってきている。コーヒーショップではシンセミアが一番好まれているようだった。マリファナもハシシも原料さえあればアルコール類に比べてその製法自体はごく単純で難しくはない。酒のように工場で時間をかけて仕込むような工程はなく、原料の質が全体の品質に直結している。

カナビス草は紀元前3000年の昔から栽培されてきた。ドラッグとしての利用の歴史も古くインドでは数千年前から使われていたと考えられている。インドにおけるハシシの世界はどこよりも歴史があり多様だ。またイスラムの世界では酒は禁止されているのでハシシがひろく吸われている。ヨーロッパにおいては18から19世紀に喫煙の習慣が広まり、ボードレールやベルレーヌ、ランボーといった詩人たちは「ハシシクラブ」をつくりハシシを吸って詩を書いた。

医学薬品としてはアメリカの古い薬局方にも掲載されている。「カナビスチンキ」は麻の薬理成分をアルコールに溶かしたものである。マリファナが禁止されて医薬品としての利用も一時なくなったが、最近では見直されカルフォルニアなどでは医師の処方があれば医薬品として入手できるようになった。緑内障、多発性硬化症、うつ病、食欲不振、エイズ、末期がんなどに利用されている。

また、麻のドラッグ以外の用途も忘れてはならない。その繊維は麻布や紙として古くから利用されてきた。日本の縄文時代のポンチョのような「かんとう着」も麻から作られ、日本最古の書物である日本書紀も麻の紙に書かれている。盆の迎え火や送り火のたきぎは麻の茎を乾燥させたものである。また焚き火のようにいぶして蚊取りにも使われたりした。

17世紀のオランダが帆船で世界の覇権を握ったのも、その後イギリスが世界を席巻したのも、ピリグラムファーザーたちがアメリカで成功したのも実は麻があったからなのだ。帆船に使う帆やロープは麻から作られる。ピリグラムファーザーの子孫たちはアメリカで良質の麻を生産し、イギリス帆船の世界進出を支え、その輸出経済でアメリカでの基盤をつくった。

麻の繊維からは帆ばかりではなく、紙が作られ、さらに種からは油がつくられた。オランダでは風車を利用して麻の繊維をほぐし、種をしぼって油をつくっていた。帆船の船長は麻の帆で航海をし、麻の油に灯したランプの下で麻の紙に航海日誌をつけていたのである。

麻から製造した紙は薄く良質で時間が経ってもパルプのように変色したりもろくならない。グーテンベルグが印刷したもの麻の紙だ。当時の印刷物のほとんどが聖書であったらしいが薄く扱いやすい麻の紙がコンパクトな本を可能にした。聖書の普及によって一部の僧侶たちに独占されていた知識がひろまり宗教改革プロテスタントが興った。

17世紀のオランダにはピリグラムのように母国で迫害をうけ亡命してきた人たちが大勢住んでいた。もともと知的な人たちである。本を書いても発禁にされたがオランダでは出版できたことも亡命の大きな理由だった。そのころのオランダは世界の半数の出版数を誇る出版センターにもなっていた。もちろんそれを支えていたのは麻の紙であった。

また、オランダで絵画が発展したのも帆船の帆を利用して良質で変形しないキャンバスが安価に供給されるようになったことが関係しているのではないか。「キャンバス」の語源は麻の学名「カナビス」からきている。

近代では第二時大戦中に麻は、生産性が高く、強靭でかさばらない布としてパラシュートに使われた。


●麻という植物

麻の繊維は細く強靭であるばかりではなく、その成長は早く、栽培方法によっては半年で10メートル以上にも達するものもある。伊賀の忍者は麻を飛び越える訓練をしていたという。一日数センチも伸びるからハイジャンプのバーを毎日上げていくようなものだ。そのぐらい成長が早い。しかも一年草で、毎年、春に種から発芽し秋には枯れるという再生力がきわめて強く、ほとんどどんな気候でも育つ。

薬理用の麻は繊維を取るものと栽培方法が異なる。麻は雌雄異株の植物でマリファナやハシシは主に雌株からつくられる。枝が密生し種をつける包葉に活性成分が多く含まれるからである。背を低くして側枝を増やし葉がたくさん獲れるように栽培する。シンセミアは雄株からの花粉を遮断し種子を形成させないようにして栽培する。

これに対して繊維用には雄株がむいている。側枝がでないように密生して育てると茎が長くまっすぐ伸びてよい繊維ができるのである。帆船時代は帆をつくるのに適した麻を生産するためにいろいろな土地で栽培が試みられた。それまで使われてきた北アフリカ産のものよりもアメリカ産の麻は良質の繊維になった。

麻の植物学的な「種」には議論がある。マリファナ博物館では麻には葉の形状が明らかに違うカナビス・サティバとカナビス・インディーカの二つの種があると書かれて見本が展示されていた。しかしこれには別の種ではなく同じ種であり変種だという主張もある。アメリカや日本で法的禁止の対象になっている麻はカナビス・サティバだけでインディーカは明記されていない。これは麻にはカナビス・サティバ種の1種しかないことを前提にしている。

もし、麻には複数の種あるとする立場に立てば、所持で裁判にかけられても「カナビス・サティバでない可能性もあるから自分の持っていたものがサティバであることを証明しろ」と主張できることになる。ハシシのように加工後の状態からは種の判別は難しのでこの理屈が通れば証拠不十分になるだろう。かってこうした裁判がアメリカで行われたこともある。

いずれにしても麻という植物は生命力がきわめて強く、気候や土壌の条件に合わせて様々な形状に変化する。一年草だが環境を工夫すると何年も生育し続けたりするものもある。こうした変化自在の性質からはもとの種は一つで違いはすべて変種であるという主張がかなり窮屈にも思われる。また、最近ヨーロッパでは、麻にはいろいろな種があるという立場にたって薬効の少ない麻を産業用に認める動きもある。


●麻の活性成分

麻の薬理作用を引き起こす物質が完全に解明されたのは1950年代になってからである。麻の葉をアルコールで還流し成分をハシシオイルとして抽出分析するとカナビノイドといわれる多数の異性体から構成される物質がみつかった。その中のTHCといわれる成分が活性成分であることが判明するには時間がかかった。高度なクロマトグラフ分析法の出現まで待たなければならなかったのである。

アルコール、モルヒネやヘロイン、コカインなどの活性成分は19世紀には既に知られていた。それに比べ麻の分析には時間がかかった。異性体が多かったこともあるが、他のドラッグのように窒素を含んだアロカロイド類ではなかったことも影響していた。窒素がないために薬理作用の手がかりになるものがなかったのである。麻は20世紀前半にアメリカで薬理作用を理由に禁止されたがそのときはまだ活性成分は解明されていなかった。

麻のカナビノイドは多数の異性体から成るが、CBD(カナビジオール)、THC(テトラヒドロカナビノール)、CBN(カナビノール)が主要要素になっている。この3つは植物の生長の過程でCBD→THC→CBNと変化する。このうち活性のあるのはTHCだけである。繊維用や未成熟の植物はCBDが多く、また成熟し枯れた植物にはCBNが多いとされる。一般にTHCが最も多くなるのは成熟し開花する直前であるが、多くの場合THCAとしてカルボシキル基を伴った酸の形状をしている。

THCA自体には薬理的な効果はないが、熱によって活性のあるTHCへと簡単に変化する。マリファナやハシシを煙にして吸うのはこのことと関係している。熱で不活性のTHCAがTHCへ変化するからである。また、THCは酸化すると最終的に効力のないCBNへ変化してしまう。このために葉を細かくして練り上げたハシシは酸素と混じりやすく効力が減退しやすいと言われる。これに対して組織を破壊せずそのまま乾燥させたシンセミアには酸化しにくいという利点がある。

またTHCは水には溶けにくくアルコールや糖質、油脂にはよくとける。このことを利用してキャンディーやチョコレートに混ぜて食べられることもある。腸から血液に吸収される糖質や脂質に乗ってTHCも吸収される。肺から煙にして吸収するほうが効果が現れるのに時間はかからないが、食べた場合は量によって強力で長時間効力が持続する。


●ハシシを吸うとどうなるか

ハシシを吸うとその効果は2〜3数時間ぐらい持続するが概して穏やかなものである。時間感覚が遅くなったり、音楽が鮮明に聞こえたり、食欲が増したりする。時には色彩が強調されたり、暗いところから急に表に出た時に瞳孔の調整が追いつかずソラリゼーションのように感ずることもある。ハシシは幻覚作用があるといわれるが、LSDのような幻覚剤のように空間が極端に歪んでみえたり、無いものがみえたり、あるいは音が見えたりといった強い幻覚までは起こらない。気分が高揚することが多いが、体調や回りのセッティングの影響でネガティブな気分になることもある。

しかし、初めて経験する初心者は吸っても効かないと感じることのほうが多いかもしれない。ひとつには吸引が不十分で、タバコのようにふかしているだけでは肺に煙が到達せず活性成分が吸収されないからである。また、効いていてもその状態を認識できず効いていないように感じてしまうこともある。こうしたことからハシシの効果が分かるまでには何回か経験を繰り返す必要がある。

「麻薬」というと、中毒になって止められなくなり、使用量も増えていくと思われているがハシシにはあてはまらない。急に止めても禁断症状のようなものは起こらない。いわゆる身体的依存性は起こらない。また同じ効果を得るために使用量を増やすような必要もなく耐性も生じないのである。精神的依存についてはチョコレート好きがチョコレートを欲しがる程度のもので深刻なものではない。

日本の当局は「カナビス精神病」なる用語をつくりハシシを吸うと精神病になると喧伝しているが全くの嘘である。過去においてハシシユーザーには精神病が多いとした恣意的報告書もあったが、大規模な調査で確認された例はない。現在オランダでは多数の人がハシシを吸っているが精神病が増えたという話はないし、コーヒーショップに来るのも普通のひとである。

ハシシを吸うと凶暴になるという話もある。暗殺(アサシン)の語源がハシシにあるとしてそう主張されているがこれを積極的に支持する調査はない。凶悪犯罪を犯した人間がたまたまハシシの愛好者だったというようなことはあるかもしれないが、ハシシ自体が凶暴性を引き出すわけではない。ハシシでの暴力沙汰はむしろ少ないといわれる。これもオランダの状況をみれば分かる。

またハシシはヘロインなどより強力なドラッグをやりたいという動機を引き出すという主張もある。いわゆる「飛び石」論という理屈であるがこれも正しくない。もとよりヘロインなど強力なドラッグをやる人はハシシに限らずどんなドラッグにも手をだすことが多い。ハシシをやったからヘロインがやりたくなったという薬理的な因果関係はない。

むしろオランダにおいてはハシシを容認してから若年層のヘロインなどのハードドラックの使用は減っているという。もともとハシシ禁止を解いたのもハシシユーザーを地下に潜らせれないためなのである。禁止されていればハシシが欲しいひとはヘロインなどの密売人に接触せざるを得ずかえって「飛び石」論どうりヘロインなどに引き込まれるからである。オランダの現実は禁止自体が飛び石論を支る自家撞着の土台になってしまっていることを示している。

ハシシの薬物としての致死量は知られていない。アルコールなどは明確な致死量が存在し、しばしば死亡事故が起こっているがハシシの摂取による直接的な死亡例は報告されていない。一般的にアルコールのように摂取しやすく飲んでから酔うまでに時間がかかるものほど過剰摂取する可能性は高くなるが、ハシシは一度に多量に吸引することは困難なうえに吸うと効果がすぐに現れるので摂取量を調整しやすく過剰摂取になりにくいのである。どんなにがんばっても一日に10グラムのハシシは吸えないだろう。

ハシシはもとより嗜好品でありどの人にも合うというわけではない。しかし愛好者のなかにはその効果を積極的に活用しようとする人もいる。単にリラックスするためでなく創造的な仕事に活用しようとしているのである。繊細な音まで聞き分けられるので音楽関係者に利用者が多いのはよく知られている。また数学的な論理思考に向いているという人もいる。

しかしハシシを吸って自動車などを運転するのはアルコールと同様にやめたほうがいいだろう。とりわけ運転に慣れていない初心者はやめるべきだ。一般に運動感覚がくるうからである。眠くなったりもする。


●ハシシはなぜ禁止されたか

1937年アメリカは「マリファナ税法」をつくりマリファナ・ハシシを禁止した。麻の過去の利用やハシシの性質をみると何故ハシシが突然禁止されねばならなったかったのかだろうか。実はアメリカにおける禁酒法が関係しているのである。そのころになると麻は蒸気機関の発明による帆船の衰退やナイロンなど代替品の発明によって経済的にも過去ほど重要な産物ではなくなってきていた。

アメリカはマリファナが禁止される20年ほど前にアルコールを禁止した。いわゆる「禁酒法」である。これにはプロテスタントがカソリックの飲酒による乱れを正すという制裁的な側面があった。その影でアルカポネは酒を密造し大いに稼いだ。利権を守るためにギャングが横行し多くの人が殺された。取締まり当局のエリオット・ネスとの死闘はテレビドラマにもなった。

結局、禁酒法には無理があり、ギャングの資金元になり混乱ばかり引き起こして廃止せざるを得なくなる。だが廃止すればその取締りを担当してきた人たちの仕事が無くなってしまう。こうした場合、当局はどのように行動するか? パーキンソンの法則によれば「役人は仕事がなくなると仕事をつくりだす」。新たに禁止する対象をつくればいい。

その対象にマリファナは好都合だった。当時マリファナの喫煙は南部のメキシカンや黒人たちだけの習慣で白人の間では広まっていなかった。禁酒法では対立が白人同士だったことも深刻だった。マリファナならのばそうした対立もない。さらに、木材パルプ業界やナイロン業界は競合している紙や布製品で麻を締め出せば利益があるので禁止法の成立に積極的に荷担した。このようなことを背景に、当局は、マリファナは「殺人草(killer weed)」で人を殺人鬼にするとして禁止キャンペーンを組織的に開始した。

フロリダで一家全員を殺害した少年犯がマリファナを吸っていたとされる事件が繰り返し宣伝された。それまで麻の栽培をしていた農家には転作を奨励し麻畑をなくそうとした。しかし麻の栽培は広く行われていたためいきなり刑法で取締るには無理があった。栽培を届出制にして違反者には罰金として特別税を徴収するようにした。これがマリファナが禁止されたときの法律が税法だった理由である。禁酒法の廃止からおよそ4年後のことである。

マリファナを持っている者は、「麻を栽培しているはず、ならば届出と税金はどうなっている」か詰問される。貧しい黒人たちは税金を払えないことを見越して結局は刑務所にいれられるようにしたのである。その後、刑法による犯罪として扱われるように改正され取締りも強化された。

アメリカが世界で大きな力を持ち始めると、経済援助の条件などとして折に触れマリファナを禁止するように求めるようになった。国連やWHOを通じてもその普及をはかりはやがて大きな潮流になっていった。今やほとんどの国でマリファナは非合法化されるようになり、「アメリカの正義」がグローバルスタンダードになってしまったのである。


●オランダの挑戦

アメリカのマリファナ禁止法は、当時マリファナユーザーの政治的発言力は全くないのに対し、酒や木材パルプやナイロンの業界はその利害関係から支持し、また他の業界からもとりたてて反対もなかったことから、所持ばかりではなく栽培・売買も禁止しやがては植物としての麻そのものの根絶へと発展していった。しかしその成立過程からみて法の必然性に乏しく、利害関係だけで調整されたために論拠も曖昧なものだった。このために運用は「魔女狩り」的にならざるを得なかった。

禁止の根拠はマリファナを吸うと気違いつまり精神病になるいうものだったが、やがて1960年代に入りベトナム戦争やヒッピームーブメントなどの影響でその嘘が暴かれるようになった。それを機にいくつかの州ではマリファナを容認するところも出てきたが、連邦政府は気違い説を引っ込めてヘロインへの「飛び石」論を新たな根拠として掲げなおした。以来マリファナを最も危険な薬物とする主張を現在に至るまで変えていない。

世界各国はアメリカをスタンダードモデルに法律を整備したので似たような状況になっている。日本では敗戦でアメリカの主導で「カナビス取締法」が成立した。そのほか発展途上国へはアメリカはその援助と引き換えにマリファナの禁止を求めた。アラブのような昔からハシシが吸われてきたような地域でも従がわざるにを得なかった。栽培・売買・所持を禁じたアメリカ型が世界に浸透したのである。

しかしオランダの対応は全く違っていた。オランダにマリファナが広まったのは1960年以降、各国で嫌われものだったヒッピーを受け入れてからである。日本のような国ではマリファナを吸うピッピーなんか追い出してしまえといったようになるところだが、オランダはピリグラムをはじめよそで邪魔者にされた人々を受け入れてきた寛容の国である。追い出してではなく引き入れて問題を解決しようとした。

マリファナが、薬理的にみても穏やかな効き方であり、身体的悪影響もなく、社会的にも犯罪を引き起こさない、という事実を認め、問題はむしろ禁止しておくことでユーザーがマフィアと接触しさらに危険なドラッグに引き込まれることだ、といういわば「逆飛び石」論が展開された。マリファナを「ソフトドラッグ」として、ヘロインやコカインのようなハードドラッグと明確に区別するようになった。


●オランダの法律

その上で、ハードドラッグもソフトドラッグもどちらも悪いがソフトドラッグに関しては使用を黙認するという方針になったのである。このあたりの法律と運用に関しては少しややこしい。「法律違反だが法律では起訴しない」といういわばグレイゾーン政策を掲げた。個人の少量の所持や他のドラッグを売らないなどの強い規制をかけた上で店での売買を黙認し違反しても起訴しないと定めたのである。

オランダの法律の特徴は、アメリカ流の外科手術で根絶しようという方法ではなく、マリファナの使用は絶対になくならないのだからアルコールの販売のように制御つまりコントロールすることに眼目が置かれ、マリファナがほしい普通の人たちを地下組織マフィアに近ずけないようにすることにが重点になっている。

もとよりオランダのドラッグ対策はヘロインのようなハードドラッグの使用でさえ「犯罪」というよりはまず「健康被害」つまり病気として扱っている。そのために主管官庁は犯罪を取締る司法省ではなく福祉省になっている。売買は厳しく禁止されているがヘロイン患者が少量のヘロインを所持していても起訴されない。ほとんどの患者は犯罪を犯さないし他人の迷惑にもなっていないので薬をもっていてもしかたがないと考えているのである。

その上でエイズ防止のため清潔な注射針の配布や禁断症状がでたときの代替薬メタドンの提供などを行っている。こうした対策でヘロイン患者の9割がコンピュータに捕捉されているといわれる。このような国は他にない。またオランダの重度ヘロイン患者の割合はヨーロッパでも最も少ない国の一つであることが知られており、さらに若年層の地下との接触が減った結果、それもしだいに高年齢化しているといわれている。

いずれにしても地下に潜らせないことが重要なのである。マリファナの場合は健康被害も少ないソフトドラッグなので患者の治療というより地下組織との接触を断つことがいっそう重要なのである。

このような政策はオランダの治水管理という長い歴史と経験によって導かれたといえるだろう。オランダは低地国であり4分の1以上が海面下にあるといわれている。水をコントロールしなければ水没してしまう。水を敵として対立することではうまくいかないことを熟知している。むしろ水を積極的に引き込み利用して折り合いをつけてコントロールすることで解決しようとしているのである。


●麻の復権

アメリカ型のマリファナ対策は結局問題をこじらせたばかりで逆に犯罪の温床になってさえいる。取締る側がそれで仕事を確保していることは前述の通りだが、禁止されていることでマフィアの密売利益も莫大になっている。マリファナの真実を知らせず魔女扱いすることで両者の思惑が一致しているという奇妙な現実がある。

麻は一時はペストのように根絶すべき対象となったが、しかし最近では環境保護の面からも見直しがはじまっている。麻を活用すればパルプの代替として森林破壊の2割をくいとめられるという指摘もある。麻を合板にした建材カナスモーズは通気性に富むうえに保温性がよいことがわかりエアコンの使用量を減らすことで電力の消費を抑える効果もあることから注目をあつめている。また麻の種子から絞った油はジーゼル燃料や化粧品の天然素材エッセンス、クッキングオイルなどとして利用されだしている。ヨーロッパの一部の国では90年代後半に産業用麻の生産が解禁されている。

また、注目すべきはマリファナの医療目的の利用だ。マリファナには緑内障や多発性硬化症など有効な医薬品のない病気の症状を緩和する働きがあり、多方面から合法化を求める切実な声が上がっている。この動きは人口が増え、社会の高齢化が進むこの時代にあってはとどまるところはない。このことはマリファナ合法化の大きなきっかけになるだろう。

過去の麻と人間とのかかわりをみると、麻を根絶すべきというアメリカ型の考えがいかに不自然で環境破壊的かがわかる。余りにも娯楽用ドラッグとしてのマリファナの使用はかりを強調しすぎたために医療や産業への利用などの面が忘れ去られてしまったのである。しかし時代は変わり、医薬品や自然保護の面からも麻を見直そうという動きがヨーロッパでは新しい潮流になろうとしている。

オランダの決断は、観念よりも事実として麻をとらえ、根絶ではなくコントロールすることで若者がヘロインなどのハードドラッグに接触しにくい社会をつくりヘロインユーザーの増加を食い止めているのである。こうした先進性は麻を見つめ直すきっかけともなり、麻の歴史や文化との関わりを医療や環境保護の面からも考えようとする21世紀の道を開きつつある。

2000.8.19 ライデンにて