フィンランド

脆弱なカナビスと精神病の研究

Pub date: June 14, 2008
Author: Dau, Cannabis Study House
http://www.nhs.uk/news/2008/06June/Pages/Cannabisuseandpsychosis.aspx


未成年のカナビス使用は精神病を引き起こしやすいと盛んに叫ばれている。その真偽はどうあれ、未成年者がカナビスを使うことは好ましくない。それは、飲酒やタバコ、あるいは運転や結婚、契約などが好ましくないのと同じだ。未成年時は、特に身体や心、知力などが急激に発達する不安定な時期でもあり、将来に最も大切な時期でもあるからだ。

しかしだからと言って、カナビスが未成年にどのような影響を与えるかを調べようとする際には、警告的な意図を持って都合の良いデーターだけを集めたり、得られた結果をネガティブに誇張しても構わないことにはならない。当然のことながら、他の専門家でも納得できるような科学的なものでなければならない。


●今月のはじめに、イギリスのデーリー・メール紙は、『ティーンがカナビスを吸っていると、将来、深刻な精神病になるリスクが高まる』 というセンセーショナルなヘッドラインの記事を掲載した。
研究チームによると、ティーンエイジのカナビス・ユーザーでは、将来、本格的な精神病に陥るリスクが高くなることを示す精神症状が多く見られることが分かった。

……頻繁に使っているユーザーほどリスクは高まるが、早い段階でちょっと手を出した場合であっても悪い影響を受けやすくなる。

また、研究者たちは、思春期カナビスを使っていると、大きくなってから使い始めた場合よりも統合失調症になりやすいことも見出している。

この研究は、イギリス精神医学ジャーナルに掲載された『精神症の前駆症状を伴う思春期のカナビス使用』 と題するフィンランドの調査研究で、6000人以上の未成年にアンケート調査している。


●調査対象は、2001〜2002年に15〜16才になったフィンランド北部の9340人(うち少年4806人)で、クリニック施設で健康チェックを受けるかたわら、精神病の前駆症状調べる質問表とドラッグの使用経験の質問表に自己記入する方法で実施された。今回の研究では、カナビスの使用の有無について明確に回答した6298人(うち少年3043人)について分析が行われた。

精神病の前駆症状調べるのには、最近フィンランドで開発されたPRODスクリーン法と呼ばれる質問表が使われた。完全なPRODスクリーンは、全般的な状況質問9項目、精神病的症状12項目、社会生活機能7項目の21項目で構成されているが、今回は精神病関係に限定しているとして12項目だけが使われている。

実際の質問は、「いつもと違った何か奇妙な感じ、自分や周囲が不可解に感じたことがありますか?」 とか 「自分の意志ではなく何か特別なものに動かされているように感じたことがありますか?」 とか 「思考が荒っぽくなったり、考える速度を調整するのが難しくなったことはありますか?」 を主要3項目にして、過去6カ月までの経験に限定して調べている。

また研究者たちは、幼年期の感情的な行動について、8才当時の先生たちに質問をして情報も集めている。この結果や、性別、両親の社会階層、タバコなどの薬物使用経験などを考慮して、精神病の初期症状とカナビス使用の関連について分析して最終的な結論を導いている。


●分析結果は次のようになっている。
  • カナビスの経験者は352人で、全体の5.6%
  • 女性の経験率は6.1%で、男性の4.9%よりも多い
  • 5回以上の経験者は59人で、全体の0.9%
  • PRODスコアは、カナビス経験者が3.11で未経験者の1.88よりも1.65倍高い
  • 主要3症状すべてにyesと回答した人の割合も、カナビス経験者のほうが高い
  • カナビス経験回数が多くなるほどPRODスコアも高くなる

カナビス経験回数とPROD回答率
カナビスの経験回数 人数と
PROD項目yes回答の平均値
PROD主要3項目が
すべてyesの人数と割合
経験なし 5948  1.88 1749  29.4
1回 180  2.97 94  52.2
2〜4回 111  3.08 60  54.1
5回以上 50  3.68 29  58.0


研究者たちは、この結果をもとに、思春期のカナビス使用は精神病の前駆症状と関連しており、カナビス使用がその後の精神病発症の原因になると考えられると結論づけている。さらに、この研究を発展させれば、将来、カナビス使用と統合失調症の因果関係を示すこともできるようになると見込まれるとしている。


●では、この研究について他の専門家はどのように評価しているだろうか? イギリスで最大級のヘルス・サービス機関としている NHSのウエブサイト では、「この類の研究の結果から因果関係まで言及するには無理がある…… この研究ではこの分野でのさらなる研究が必要だとしているが、この方法では、研究デザイン的にカナビスが精神病を引き起こすことを証明することはできない」 として、具体的に次のように指摘している。

  • この研究では、カナビス使用と前駆症状についてのデータをある1時点で収集しているが、このような 横断研究 (cross-sectional study) では、研究デザイン上の理由から因果関係までは調べることはできない。最大でも 「関連がある」 というのがせいぜいで、解釈に当たっては他の因子が重要な役割を果たしている可能性もある。

  • 研究者たちは、8才時点での感情行動問題を考慮には入れてはいるが、8才から16才までの間に起こる可能性のある精神上の問題については何も検証していない。

  • さらに重要なのは、PRODスクリーン質問表は、精神病の診断のために設計されたのではなく、精神病になる前の早期症状や精神機能の変化が起こる時期に入ったかどうかを調べるのが目的で、ポジティブなスコアがそのまま精神病が起こっていることを示しているわけではない。

    しかも。スコアが100%の信頼性で精神病を予見しているわけでもなく、前駆症状の診断ツールとして使えることが証明されているわけでもない。

    その上に、研究者たちは、21項目から構成されるフルバージョンの質問表を使わずに12項目だけを取り上げて使っているが、このことが全体の精度にどのような影響を与えるのか明確になっていない。もし、偽陽性のスコアが多く紛れ込んでいれば、カナビスと症状の関連性も誇張されたものになってしまう。


●この研究は、研究デザインという最も基本的で重要な部分に問題があるだけではなく、調査データにも大きな疑問がある。その一つが全体のカナビス使用率で、この研究では5.6%になっているが、ヨーロッパ・ドラッグ監視センター(EMCDDA)の フィンランドの2003年の報告書 によれば、15から16才の使用率は7.5%になっている。

この違いは、調査地域が北部の田舎という事情が反映している可能性もあるが、当初の調査対象の9340人のうち3分の1の3042人がカナビスの使用についての調査に協力していないということも大きく影響していると考えられる。しかも協力していないのは男性に目立っている。

このことは、実際にはカナビスを使ったことがあっても、経験したことがないと嘘をついている人もかなり混じっている可能性があることを示しており、この研究の母集団やグループ分け自体の信頼性を著しく低下させている。


●また、この研究では、一回だけのカナビス経験でもPRODスコアが未経験者よりも一気に高くなっているが、これはおそらく、カナビスを使ったからスコアが高くなったのではなく、もともとスコアが高くなりがちな精神に問題を抱えている人ほどカナビスに手を出しやすいことを示していると考えたほうが妥当性がある。

普通、初体験の一回だけでは、カナビスが効いているのかどうかすら分からないことが多く、効果が十分にわかるようになるには数回以上の体験が必要だからだ。過敏性の人は1回でも感じることもあるが、このような人は大抵がカナビス以前にすでにそのようになる原因を抱えている。

実際、この研究では、女性のほうがカナビス経験率が高くなっているが、もともと思春期で欝になる率は女性のほうが一般的に高いことが知られており、カナビス体験よりもそのことが直接的に反映していると考えることもできる。

精神病になる人は発症前からタバコやアルコールの使用率が著しく高く、他のドラッグもあまり抵抗なく使うことが知られている。また、カナビスの場合は、精神病の症状を軽減する効果もあることから、すぐにそれに気づいて常用するようになる人も多い。


●さらに大きな問題は、PRODの主要3項目の質問はカナビス・トリップでは割と 一般的に体験する感覚 と重なっていることで、カナビス経験者のPRODスコアが高くなっても何ら不思議ではない。このことは、カナビスと精神病の関係を調べた疫学調査では共通していることで、カナビスと精神病の関係が誇張されてしまう結果をもたらす

このようなことが何故起こるのだろうか? それは、この研究の研究者たちにも強く感じられることだが、実際には、研究者自身がカナビスのことを余り知らない からではないか? 

もしこの研究の研究者たちがカナビスのことをよく知っていたとすれば、回答者がカナビス体験と混同しやすい質問を安直に採用したり、1回のみの経験者、2〜4回、5回以上などというグループ分けをするだろうか? また、カナビスの形状、使った量や摂取法、素人が騙されやすいインチキ・カナビスではなかったかどうかなどについては全く質問していないが、特に初心者のカナビス体験に大きく影響するこのような点については最初から考慮どころか、その重要性についても思いも寄らなかったのではないか?


●精神病の予兆を調べる質問表を使った 最近の研究 としては、ニューヨーク州立大学アルバニー校心理学科の研究チームが行ったものがある。

この研究では、74項目から構成されるSPQ (Schizotypal Personality Questionnaire) と呼ばれる統合失調症的人格傾向を調べる質問表を使って、アルコールなどの合法的なドラッグだけを使用している人と各種の違法ドラッグも併用している人を比較した結果、カナビスの単独使用による精神病のリスクはほとんどないことが示されている。

また、未成年のカナビス使用と精神病の関係を調べた 最近の疫学研究 としては、オランダ・マーストリヒト大学のチームが中心になってカリブ海のトリダード島で行った調査がある。オランダの研究チームはこれまでにも各地で同種の 調査実績 があることでもよく知られている。

この研究では、12〜24才の若者472人に現在および過去のカナビス使用と精神病の症状とを聞き取り調査したところ、14才以上でカナビスを始めた人では精神病のリスクは増えないが、それよりも早期に開始した人ではリスクが増えることが見出されている。