一審判決文抜粋
(弁護人の主張に対する判断)
1. 弁護人は、(1)大麻取締法は憲法13条、14条、22条1項、25条、31条、36条に違反する、(2)本件には実質的ないし可罰的違法性がないので、このような事案に大麻取締法を適用することは憲法13条、14条、22条1項、31条、36条に違反する、(3)被告人が本件大麻を所持していたことは認めるが、その目的は腰の痛みを軽減するためであり、その所持目的には正当性があり、刑法35条の正当行為に準ずるものであり、みだりに所持していたのではなく、正当行為である旨主張するので、以下判断する。
2. 大麻が以下のとおり精神薬理作用を有しており、人体に有害なものであることは公知の事実である〔注1〕。大麻は摂取することによって陶酔的になったり多幸感をもたらす反面、衝動的あるいは興奮状態や不安恐怖状態になったり、妄想や幻覚の発現、パニック反応などの症状が生ずることもあり、特に多量に摂取した場合には、幻視、幻聴が現れたり、錯乱状態になることがある。多用者や常用者については精神的依存性がみられ、慢性的な人格障害として、自発性、意欲、気力の減退、生活の退嬰化が生じうる。したがって、大麻の有害性を否定することはできない。
3. 所論は、仮に大麻が有害なものであるとしてもこれを規制する手段として懲役刑を科することの不合理性をいうが、大麻の有害性が上記のような内容及び程度を有しており、個人のみならず、社会全体の保健衛生上の危険防止という公共の利益の見地から規制することは十分に合理的である。また、どのような範囲で法的規制を加えて、どのような刑罰をもって臨むのかについては原則として立法政策の問題であり〔注2〕、現行の大麻取締法による規制のうち、本件に関する法定刑は1月以上5年以下の懲役であり、選択刑として罰金刑はないが、その下限は懲役1月であり、その刑期も幅が広いし、執行猶予制度もあることからすると、前記規制の内容及び程度が立法裁量の範囲を逸脱しているものとはいえない〔注3〕。以上のことから、本法の規定は憲法13条、25条、31条、36条に違反しているものではない。また、被告人の大麻所持が吸引あるいは摂取する目的であって、栽培を職業とするものとは何ら関係がないので、憲法22条1項違反をいう点は失当であって、理由がない〔注4〕。
4. 心身に有害とされるアルコール飲料や煙草に対する規制と大麻取締法による規制との不均衡が憲法14条に違反するとの主張について
アルコール飲料、煙草と大麻とでは、それらの心身に及ぼす影響が異なるため、有害性の程度を単純に比較することは困難である。また、有害物に対する規制の内容・程度は規制対象となる物の有害性の内容・程度、それぞれの有害性の社会的認知度、規制対象物の文化的歴史的背景、その社会的効用の内容・程度、これらに対する国民の意識等を踏まえて検討されるべきであって、アルコール飲料や煙草は、古くからその社会的効用が認められ、広く一般に受け入れられてきたものであり、また、その摂取による心身に及ぼす影響についてもよく知られており、したがって過剰摂取等への対応も歴史的になされてきているのに対し、大麻についてはこれらの事情が歴史的に異なるのであるから〔注5〕、その規制が異なるからといって、直ちに不合理な差別とは言えず、憲法14条に違反するとはいえない〔注6〕。
5. 前記のとおり、大麻に有害性があり、その内容・程度からこれを規制することについて、合理性が認められる以上、その所持について、実質的ないし可罰的違法性があることは当然である〔注7〕。
6. 被告人の大麻使用は、腰の痛みを緩和するためであるというが、被告人は痛みを和らげるために、大麻を吸いたいと思って、渋谷のセンター街に出て、中東系の外国人に声をかけて、4000円で大麻樹脂を購入して使用したものであり、医師の処方に基づいて使用したものでないことが認められ、被告人の大麻所持が正当行為ないしそれに準ずるものであるといえないことは明らかである〔注8〕。
(量刑の理由)
大麻の使用が規制され、刑事罰に処せられることは上記説示したとおりである。
被告人は、アメリカに留学して、大麻を使用するようになり、平成16年7月に帰国した後、本件当日前述した経過で、大麻樹脂を購入して、これを所持していたのを警察官の職務質問を受け、通常逮捕されたものである。
しかしながら、被告人は大麻所持について、正当性を主張しているが、本件によって逮捕、勾留されており、犯罪となることについて、自覚する機会が与えられていること、被告人の母親が出頭して、被告人を監督する旨述べていること、被告人にこれまで前科前歴がないことなどを考慮して、今回に限り、刑の執行を猶予することとした。
【メモ】
〔注1〕 大麻の薬理作用等には議論の余地があり、原審のいうように人体に有害なものであることが「公知の事実」となっているとはいえない。
〔注2〕 本件の大麻所持はライフスタイルにかかわるものとして個人の自己決定権に含まれるが、憲法13条の幸福追求権の一内容をなすものとして、その規制は、規制目的の正当性を前提として、規制手段は合理性・必要性の認められる範囲内に止められるべきであって、「原則として立法政策の問題」にすぎないとするのは不当。また、憲法31条の定める適正手続の観点からは、刑罰規定が罪刑の均衡の点で著しく不合理なものであるときは同条違反となる。
〔注3〕 大麻取締法の規制目的が正当であると仮定しても、大麻の単なる所持も含めていかなる場合も規制の対象としている点で、合理性・必要性は認められない。また、常に懲役刑をもって規制している点、2回目からは確実に実刑となる点、執行猶予の場合も含めて逮捕・勾留を伴い、起訴後の保釈には極めて多額の保証金を要する点など、軽微な行為に対し過度に重い規制手段がとられているという面で罪刑の均衡を失し、著しく不合理な規制であるといえる。
〔注4〕 上記の理由から、大麻取締法は憲法13条・31条に違反し無効である。これに対し、憲法25条(生存権)、36条(拷問・残虐な刑罰の禁止)、22条1項(職業選択の自由)は、本件とは関係がない。
〔注5〕 原審は一方で大麻が人体に有害なものであることは公知の事実であるとしながら(注1参照)、他方で、アルコール飲料や煙草は心身に及ぼす影響についてよく知られているが大麻はそれと異なる(知られていない)、と言っている。この点で原審は自己矛盾を含んでいる。
〔注6〕 例えば、喫煙に対する規制は、未成年者喫煙禁止法はあっても事実上野放しであり、健康増進法25条は学校、飲食店等の管理者に受動喫煙を防止するための必要な措置を講ずる努力義務を課しているが義務の内容は不明確であり違反しても罰則等の制裁はない。千代田区の条例では、路上禁煙地区での路上喫煙に対し過料2万円以下(当面は2000円)、逮捕者は出ていない。 これと比べた場合、大麻は本件のような単なる所持に対しても懲役刑が科され、罰金刑の余地もなく、逮捕・勾留の事例も相次いでいるものであり、その差別的取扱いは合理性を欠き、法の下の平等を定めた憲法14条に違反することが明らかである。
〔注7〕 実質的ないし可罰的違法性の理論は、具体的行為が仮に違法性を欠くとはいえないとしても、可罰性が否定されるものであるが、原審は本件について具体的な検討をせず抽象論のみで結論を導いており、不当。
〔注8〕 原審は医師の処方がないことを根拠として正当行為でないと断じているが、本件のような場合医師の処方を求めること自体、少なくとも国内では不可能である。
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