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Taku博士の薬物政策論稿 > アメリカ国内のドラッグウオーとその社会的影響
第2節(1) ニクソン政権 ─ドラッグウオーの始まり

アメリカでドラッグウオー(War on Drugs) という言葉が実際に使われ一つの政治課題として取り上げられたのは1968年の大統領選のキャンペーンからである。

周知のように、60年代のアメリカでは既成の価値観に対する反発から生まれた若者文化、カウンターカルチャーがいくつも誕生し、都市部の中産階級の10代や20代の若者の間で、それまで下層階級のドラッグであったマリファナや新たなLSDなどのドラッグの使用が流行していた[2]。

マリファナの使用者は1965年から70年にかけての5年間で18,000人から188,000人へとおよそ10倍に増加し、1971年には少なくとも2,400万人の11歳以上の若者が一度はマリファナを試したことがあると推計されており、またヘロインの静脈注射によって肝炎に感染した者の数も66年から71年にかけて約10倍に増え、70年代初頭までにヘロイン使用者はおよそ50万人にまで増加している[3] 。

1914年のハリソン法の制定以後第一次、第二次世界大戦の影響でドラッグの使用が沈静化していた時代は終わりを告げ、60年代はドラッグがアメリカ社会を急激に席巻し始めた時代であった。

このころ議会共和党は、下院司法委員会のメンバーであったドン・サンタレーリを中心に、1968年の大統領選でどのような独自の政治的争点を持つかを模索していた。

当時、民主党のジョンソン政権はベトナム戦争で共産主義と戦っていたため反共政策を訴えても民主党との明確な相違点とはならないばかりか、世論は戦争遂行に対してほぼ二分されており、反戦の主張も撤退の主張のどちらも明確にはし難い状況にあった。

一方、内政の中心課題である経済は戦争景気で好調であり、インフレ率、失業率は共に低かった。こうした中、サンタレーリが明確な政治課題として着目したのは犯罪の増加であった。

当時多くの白人の間では60年代に頻発した黒人による暴動、デモ、また貧困を原因とした犯罪による治安の悪化、また若者の間でのドラッグ使用の流行に対する不安感が増大していた。

この問題にはジョンソン政権も当時の司法長官であったニコラス・カッツエンバックを中心に、法執行と裁判に関する委員会(Commission on Law Enforcement and the Administration of Justice)を1965年に立ち上げ、犯罪に関する調査と対応を検討させている。

2年後の1967年にまとめられた報告では、「貧困と不十分な住居、失業を撲滅する為の戦争こそが、犯罪撲滅への戦争である」、「医療、精神医学、家族カウンセリングサービスが犯罪に対抗するためのサービスである。より重要なことは、アメリカの都市部のスラムの生活を向上させるすべての努力が犯罪に対する努力である」と結論し、犯罪者の取り締りよりもむしろ犯罪を発生させる社会環境の改善を主張している [4]。

また非合法ドラッグの使用に対する法の適用についても、「これらの法の適用はしばしば、民衆の中の貧困層やサブカルチャー集団に対する差別へとつながる」とし、あくまでも「貧困それ自体が犯罪を生む」というリベラルな立場にたち、麻薬問題も麻薬を使用する社会的条件の改善によって対処しようという姿勢を打ち出していた。

こうした民主党の根本原因 (root causes) 論に対し、共和党のサンタレーリは、これでは犯罪を犯した個人は悪くなくすべて社会が悪いことになってしまうと反論し、カッツエンバックの報告とは対照的に、犯罪は法を犯す人々の個人的資質の問題であるとの主張を展開した。

彼は、犯罪者に対する厳しい法的措置を盛り込んだ法案の作成を開始しこの問題に対する民主党との違いを強調し、麻薬の使用も、これは快楽を求める犯罪的な堕落した行為であるとし、これを厳しく取締る主張をすることが最良の選挙戦略であると判断した。

これに従って、ニクソンはリーダーズ・ダイジェスト誌上で、「国は犯罪の根本原因を探すことをやめ、代わりに警察官の数を増やすことに金を使うべきである。アメリカの犯罪に対するアプローチは犯罪は素早く確実に処分することである」と述べ、取り締りの強化によって麻薬問題に対処する方針を打ち出した[5]。

彼はニューヨークの犯罪の半分は麻薬中毒者によるものであると犯罪とドラッグを積極的に結びつけ、ドラッグをアメリカで最大の社会問題であると宣伝し、これを処置するための厳しい措置をとることを宣言し大統領選に勝利した。

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[2] 60年代に若者の間でドラッグの使用が広まった社会的背景として、若者の人口比率の上昇、無制限な個人的満足を奨励する価値観の広がり、マスメディアの影響などが指摘されている。Courtwright, David T (2001) Forces of habit: Drugs and the Making of the Modern World, Cambridge, Massachusetts, and London; Harvard University Press, pp. 44-45.
[3] Musto, David F (1987) The American Disease: Origins of Narcotic Control, Expand Edition, New York and Oxford; Oxford University Press, p. 254.
[4] Baum, Dan (1996) Smoke and Mirrors: The War on Drugs and the Politics of Failure, Boston, New York, London; Little, Brown and Company, p. 5.
[5] Ibid., p. 7.

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