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Taku博士の薬物政策論稿 > アメリカ国内のドラッグウオーとその社会的影響
第2節(3) ニクソン政権 ─ドラッグウオーの始まり

こうした供給対策と並んで、ニクソン政権は国内での需要対策として麻薬使用者に対する取り締りの強化を柱に据え、1969年にBureau of Narcotics and Dangerous Drugs (BNDD)を創設し、ドラッグ事犯の取り締りに向けられる予算を、1970年の4,300万ドルから1974年には2億9,200万ドルへと大幅に増加させた[13]。

ここで取り締りの手段として新たに採用されたのが1970年に連邦法で認められたno-knock条項で、これは非合法ドラッグ所持の疑いのある家に警察が押し入る際にノックをせずにドアを蹴破ることを許可した条項である。

また1972年にニクソンは、当時税関長であったマイルズ・アンブローズをトップとするOffice of Drug Abuse and Law Enforcement (ODALE) を創設し、麻薬取締りの専門機関として密売人への手入れを強化した。

翌年、BNDDはODALEと合併し、現在アメリカの内外での非合法麻薬取締りの中心機関であるDrug Enforcement Administration (DEA)へと統合された。DEAは73年には7,490万ドルの予算が配分されているが、そのわずか2年後には1億4,090万ドルへとおよそ2倍に予算が増額され、人員も74年には4,000人規模となり名実ともにアメリカの麻薬取締りの中心機関となった[14]。

ところで、ニクソン政権はこのような取締りの強化を図る一方で、需要対策としてメタドンによるヘロイン中毒者の治療も促進している。
メタドンとは第二次世界大戦中にアヘンの供給が断たれたドイツで開発された合成アヘンで、モルヒネに代わる兵士の鎮痛剤として使用され、当初はヒットラーの名前にちなんでAdolphineと名付けられていた。

アメリカでは新陳代謝の専門医であるビンセント・ドールと精神科医で薬物中毒の専門家であったマリー・ニスワンダーによって1964年からニューヨークでヘロイン中毒者への代替物質として使用されている。

このメタドン治療促進の背景には、60年代からの社会改革運動の流れの中、個人的選択の自由として、ドラッグの使用を他人や国が干渉すべきではないというリベラル派の意見の盛り上がりがあった。

政府は中毒者に対する強行な政策を政治的にとることができず、かといって20世紀初頭のようなヘロインそのものを使用したメインテナンス治療を支持することもできなかった。

その点メタドンプログラムは、メタドンの配付により中毒者によるヘロイン入手のための犯罪が防止されるという効果と、中毒者がヘロインからメタドンの使用へと切り替えることで中毒者に社会復帰への選択の余地を与えるという点でリベラル派を納得させるものであった。

また注射針の使用を抑制できるので、肝炎、マラリアなどの感染症を予防する効果も期待された。

ニクソンは、1972年にSpecial Action Office for Drug Abuse Prevention(SAODAP)を大統領事務局に創設し、メタドン治療に詳しいジェローム・ヤッフェ医師を中心にメタドン治療プログラムを推進し、1973年までには全米で80,000人のヘロイン中毒者がメタドン治療を受けるまでに発展し一定の成果をあげていた[15]。

以上ニクソン政権は、その予算及び人的資源の規模から名実ともにアメリカで本格的なドラッグウオーを開始した最初の政権であった。しかし彼の在職中、アメリカ社会で非合法麻薬の使用が著しく抑制されることはなく、上述したようにヘロインやマリファナの国内外での取締りの強化は、アンフェタミンやLSD、またコカインなどの他のドラッグの流行を国内に生みだす一方で、新たな密輸ルートと密輸手段の発生を生みだしている。

このニクソンの失敗を受けアメリカ政府は以後70年代を通じて、ドラッグの取締りそれ自体に疑問を持つようになる。

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[13]Musto, David F (1987) op. cit. p. 257.
[14] DEAの予算と人員の推移はDEAホームページ(http://www.usdoj.gov/dea)DEA Stuffing and Budgetを参照。
[15]Carnwath, Tom and Smith, Ian (2002) Heroin Century, New York and London; Routledge, pp. 173-174.

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