ドラッグ・ツーリズムの空騒ぎ
マーストリヒトで起こっていること、いないこと
Source: Crossroads
Pub date: June 15, 2007
Subj: Drug tourism in Maastricht 窶 what is all the fuss about?
Author: Danya Chaikel
http://crossroads.journalismcentre.com/2007/ drug-tourism-in-maastricht-%e2%80%93-what-is-all-the-fuss-about/
「オランダに住んでいるんですって? なら、ポット吸いまくりなんでしょ?」 カナダの友だちにマーストリヒトに住んでいると話すと必ずこう聞かれる。そんなことないわよ、オランダの人だって滅多に吸っていないもの、と答ながら、この瀟洒なショッピング・タウンよりもバンクーバーのほうがよっぽど目立つと思っていた。
だが、マーストリヒトには毎年150万人のドラッグ・ツーリストがカナビスを求めてやってくるという報道を見て、自分が明らかに何かを見逃していることに気がついた。
コーヒーショップ?
嘘みたいな話だが、2年前に交換留学生として初めてマーストリヒトに着いたとき、さっそく新しい友だちとコーヒーで一息入れたいと思って歩いていると、街の中心にカフェを見つけた。うれしいことにあちこちにコーヒー・ショップがあった。私はコーヒーには目が無いので、この街は自分に合っていると思った。
だが、コーヒーのいい香りを期待して店の中に入っていくと、意外にもカナビスの匂いが漂っているのに気づいた。友だちを振り返って、「どうしてポットの煙の匂いがするの?」 と尋ねると彼は怪訝な顔をしたが、気を取り直して店員の女性に 「コーヒーをお願い、テイクアウトで」 と注文をした。まだカナダから着いたばかりで、スターバックスの気分が抜けていなかった。
カウンターの彼女も怪訝な顔をしながら、コーヒーは店の中だけしか提供できないという。ちょっと驚いて、彼に 「カフェなのにコーヒーをテイクアオトできないんだって。変わっているわね?」 と言うと、彼は笑い出して 「ここはコーヒーショップだよ。カフェじゃないよ」 と言った。
もちろんオランダがカナビスの寛容なことは知っていたが、正直なところ「コーヒーショップ」という用語はそれまで聞いたことはなかった。ストーンしているお客さんたちも私を見てクスクス笑い出した。私はすぐにこの「コーヒーショップ」という専門用語が、カナビスの販売を許可されたオランダ独特の表現で、お客さんは自分で吸う少量だけ合法的に買うことができる場所だと理解した。
でも、私は大いに混乱させられた。オランダの 「コーヒーショップ」 はカナビスを売っているところで、北アメリカでコーヒーを売っているコーヒー・ショップがここでは「 コーヒーハウス」、オランダのカフェはカナダのバーに相当し、「ティーハウス」 や 「ティーカフェ」 がカフェとレストランの中間らしい。ふ〜、コーヒー一杯も飲まないうちに実に多くのことを学んだ。漂っていたジョイントの煙のせいもちょっとあったかもしれないけど。
ドラッグ・ツーリズム
私は、また、マーストリヒトのコーヒーショップが世界的に有名なことも学んだ。ウィキペディアで 「ドラッグ・ツーリズム」 を調べると驚くべきことに、アムステルダムや南アジア、南アメリカとともに、「ドラッグ・ツーリストが頻繁に訪れるのがマーストリヒトで、ドイツとベルギーに国境を接している」 ためだと書かれていた。
当然、この事実は注目を浴びないはずはなく、マーストリヒトではホットな政治問題になっていた。ゲルト・リーアス市長は、この複雑で込み入った問題にプラグマティクな解決法を模索してきた。ここ何年かで、リーアス市長は何度も国際的なメディアに取り上げられ、ニューヨークタイムズやBBC、インタナショナル・ヘラルドトリビューンなどが、市長のカナビス政策について報道している。
市長が実施してきた政策は2つに大きく分けられる。最初が、マーストリヒトにあった30軒近い公認コーヒーショップを整理することで、監査を厳しくして半分を閉鎖している。2番目が、カナビスに対する神話を取り除くことで、他のヨーロッパ諸国にカナビスの現実を正面から理解するように求めている。
厳しい規則で管理
何年もハシシを愛好してきたマーストリヒトの友だちの一人によると、数年前から、コーヒーショップに入るときには身分証明書の提示を求められるようになったという。18才以上であることを証明する必要があるためだ。
オランダではカナビスの売り買いは普通に容認されているが、以前から、国のコーヒーショップ政策では、広告禁止、ハードドラッグの販売禁止、未成年者への販売禁止、5グラム以上の販売禁止、周辺の迷惑禁止、といった制限もかけられてきた。だが、実際には、オランダの伝統である 「ヘドーヘン(gedogen)」 で必ずしも厳格に守られてきたわけでもなかった。ヘドーヘンとは、許すとか共存する、寛容になるといった意味で、特に問題が起こらない限りは柔軟に対処することを表している。
リーアス市長は、2002年に就任して以来、この「ヘドーヘン」の伝統に挑戦を続け、以前には厳格に実施されてこなかったルールの適応を徹底させるようにした。現在では、ルールを破れば即座に営業停止処分が科せられる。1回目の違反では最低で3ヶ月の停止だが、2回めになると6ヵ月、3回目で永遠に停止され店は閉鎖させられる。
こうした政策の結果、コーヒーショップのオーナーも閉鎖されるのを恐れてルールを守るように努力するようになり、現在では、16軒だけが営業を続けている。
今年の夏からは、市との話合いでさらにドラスチックな自主規制が始まることになっており、マーストリヒトのコーヒーショップでは、来店したお客さんの指紋とIDのコピーをコンピュータで管理して、お客さんが18才以上で、一人5グラム以内しか売っていないことを証明できるようにすることを目指している。
神話と事実
だが、実際のところ、コーヒーショップの何が本当の問題なのかを言うことは難しい。未成年のドラッグ使用? 外国人ユーザーがドラッグを密輸して持ち帰って犯罪を犯すようになるから? それとも、単にマーストリヒトのショッピング・メッカのイメージがポット・スモーカーとは合わないから? たぶん、そんなすべてが組み合わさっているのだろう。
リーアス市長は、市のウエブサイトでドラッグ・ツーリズム関連問題も取り上げている。「 カナビスとコーヒーショップに関する13の誤解と1つの結論」 と題するページでは、さまざまな情報を使って、現在主流になっているカナビスに対する見方に異議を唱えている。
例えば、市長は、実際のデータを使って、コーヒーショップを閉鎖すればカナビス全体の使用も減るという見方は神話に過ぎないという。確かに、国連麻薬犯罪事務所のデータでは、カナビスを使っている若者の比率は、コーヒーショップでカナビスを「合法的に」買うことのできる唯一の国であるオランダが13%なのに対して、厳しい刑罰で取り締まっている国の比率はもっと高く、ベルギーやアイルランドやアメリカが17%、イギリスが20%、フランスが22%となっている。
また、市長は、オランダのソフトドラッグ政策に一貫性のないことが最も大きな問題の一つだと考えている。実際、オランダの法律は少し奇妙で、コーヒーショップでは、個人のお客さんに5グラムまでカナビスを販売できるのに、法的には商品を仕入れて在庫することができないことになっている。
マーストリヒトを訪れるドラッグ・ツーリストの要求にこたえるためには何千キロものカナビスが必要になるが、コーヒーショップでは、それを合法的に仕入れたり自分で栽培することはできない。つまり、フロントドアは厳しく監視されているのに、バックドアは何も管理されていないことになる。こうした状態について、リーアス市長はフランスのAFP通信に、「パン屋にパンを売ってもいいが、小麦粉を仕入れるのを認めないと言っているようなものだ」 と語っている。
実際には、国中でオランダ市民が、自宅の地下室や庭を使ってコーヒーショップ用のカナビスを栽培しているわけで、本当はみんな犯罪に絡んでいることになる。また、組織犯罪のギャングにしてみればこのブラックマーケットに入り込むのはあまりにも簡単で、ハードドラッグや他の犯罪行為も一緒にビジネスにしてしまう。
ここに、リーアス市長がカナビスの生産から販売まで一貫して合法化するように呼びかけてる理由がある。厳格な管理下で栽培を認めれば、地下に潜らせず、危険の可能性を取り除き、不正な家内栽培産業をなくすことができるという。
カナビス大通り計画
リーアス市長は、中心部のドラッグ・ツーリズムの要求を減らし、ドラッグの密売やそれに関連する犯罪の捜査で過重になっている警察の仕事を軽減すために、国境近くに 「カナビス大通り」 を作ってそこでカナビスを販売することをマーストリヒト市議会に提案している。
この提案については、オランダ国内では幅広い支持があるものの、反発もある。この4月には、ベルギーのフェルホフスタット前首相がオランダのバルケネンデ首相に書簡を送り、ベルギーの町から歩いて行けるほど国境に近いところにカナビス大通りを作ることに強い異議を唱えている。
ヨーロッパ全体の問題
こうした主張に対しては、リーアス市長は、問題はコーヒーショップにあるのではなく、ベルギー自身の政策の一貫性のなさにあると反論している。例えば、ベルギーでは3グラムまでのカナビス所持を認めておきながら買えるところはどこにもなく、結局マーストリヒトのコーヒーショップに来る結果を招いていると指摘している。
またこの問題について、リーアス市長は、ヨーロッパ全体で解決すべきもので、コーヒーショップを全部閉鎖したところで解決にならず、カナビスの取引を地下に潜らせて犯罪組織をさらに大きくするよりも、合法化して管理すべきだと主張している。
市長は、2005年4月に開催されたヨーロッパ議会のドラッグ・アクション・プラン2005-2008に関する公聴会でもこの問題を取り上げている。
証言 では、「ヨーロッパ議会は頑なな態度を改めて、カナビスがアルコールと同じ余暇活動であることを受け入れることが絶対に必要です。管理することで害削減が可能になり、犯罪を減らすことができます。いまこそタブーを打ち破る時なのです」 と述べている。
コーヒーショップの何が問題なのか?
組織犯罪のギャングやブッラックマーケットを排除したいというごく当然の要求を別にすれば、そもそもコーヒーショップの何が問題なのだろうか? なぜ街の中心から移動しなければならないのか? これはお偉いさんの紳士気取りなのではないか? 実際には誰が文句を言っているというのだろうか?
私はこの2年間マーストリヒトに暮らしてあちこち行ってみたが、特にコーヒーショップには入ることもなく、その存在が気になることもほとんどなかった。店の外で騒動が起こっているところなど見たこともない。強いて上げれば、アルコールに酔っ払った若者が通りで喧嘩しているのを聞いたことはあるが、それ以外にない。
マーストリヒトで暮らすようになって最初に驚いたのは、オランダ人のカナビスに対する姿勢だった。私は、カナダのブリティシュコロンビアから来たが、そこでは年間に49億ユーロものカナビスが取引されているほどカナビスが盛んだ。しかし、カナビスを使ったことのある友だちは誰も知らなかった。それはマーストリヒトでも同じだ。
知合いになったオランダの女友だちは、みんなカナビスをやったことはなく、全然興味もないと言っていた。私は、リーアス市長の狙いがそこにあると思った。カナビスが簡単に手に入るようになれば、スリルがなくなってストリートでの魅力もなくなってしまうからだ。
カナビスに対するマーストリヒト市の姿勢
住む以前にも何回かマーストリヒトを行き来していたが、最初はドラッグ・ツーリストに気がついたこともなかった。オランダのボーイフレンドから、「ベルギーやドイツのティーンエイジャーが、ここのコーヒーショップを目指して200キロも自動車を運転してくるんだ」 という話を聞いてはじめてその存在を知った。
それから、コーヒーショップの前を通る時にその話を思い出して注意して見たりもしたが、2年間で最悪といってもせいぜい、18才位の気弱そうな若者が店によろけながら入り込もうとして入口で惨めに追い払われるところしか見たことがない。
私は、ここではイメージ戦略が大きな役割を果たしているに違いないと思っている。2005年にマーストリトに来た時、新規オープンしたファッションのお店がこんなに多いことが信じられなかった。この程度の大きさの街にH&Mのデパートが3軒も本当に必要なのだろうか?
これは、街のプランナーたちが、マーストリヒトをショッピング・ツーリスト向けのファッショナブルな街にしようとしているからに違いない。だとすれば、確かにコーヒーショップから漂って来るポットの匂いやストーンした若者たちが、華麗なイメージに全くそぐわない。
何の問題もない
私はたまに、「ヘブン69」 というコーヒーショップに行くことがある。もちろんポットを吸うためではなく、素敵な野外テラスがあって、食事が本当においしいからだ。友だちも、ここのベジバーガーは街で最高だと言っていた。
行くといつも、お客さんたちは、食べて、吸って、ゲームに興じている。私もつられて気分が最高にメローになる。ノンスモカーの私の経験から言わせてもらうと、ここには何の問題もない。
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だが、現在最も注目を集めているのは、カナビスを求めて市の中心部にある14軒あまりのコーヒーショップを訪れるドラッグ・ツーリストで、その数は年間に150万人に達すると言われている。
しかし、マーストリヒトは人口12万人あまりの中都市で、必ずしも大きくはない。観光地化していない普通のオランダの都市の場合は、コーヒーショップ数がだいたい1万5000人に1軒の割合になので、マーストリヒトの場合は、住民向けコーヒーショップ数が7〜8軒程度で、残りの半数が観光客需要と考えることができる。実際、今回の移転計画でも8軒が対象になっている。
マーストリヒトの地図
この記事で紹介されているミシッシピーとスモーキーは、マース川に係留されている貨物船がコーヒーショップになっている。乗船するとディーラー・キャビンがあり、奥の船倉にはテーブルと席がずらーと並んでいる。
ヘブン69はオランダ最高のコーヒーショップと言われている。奥は半地下のルームとその上の階には屋根が開閉する野外テラスルームがある。明暗静騒すべてがあり、食事も豊富でおいしい。ブレックファーストからランチやデイナーまである。中心部の若干はずれたところにあるが、隣接したロータリーには駅へ行くバスが通っている。