イギリス
政争の具にされた
カナビスの精神病問題
Pub date: Sep 4, 2006
Author: Dau, Cannabis Study House
●カナビスのダウングレードと揺り戻し
2004年1月にイギリスでは、カナビスのドラッグ分類がB分類(最高刑5年)からC分類(2年)にダウングレードされ、実質的には大半が罰金刑又は警告で済ませるという非犯罪化が行われた。しかし、この決定に対しては、カナビス反対派からさまざまな危険性が語られ、撤回を求める動きも大きくなった。
反対派の理由は、最近になってカナビスと精神病発症の関係が医学研究で明らかになって、特に若年層のカナビス喫煙は統合失調症を引き起こしやすいことが問題になり、マスコミは盛んにその危険性について取り上げた。
攻撃は、ダウングレードを推進したデビット・ブランケット内務大臣にも向けられ、愛人絡みのビザ不正発給疑惑が内閣を揺るがすほどのスキャンダラスに発展した。年末の12月、ブランケット大臣は疑惑を否定しながらも、内閣を混乱させたとして辞任に追い込まれた。
●総選挙を控えた政府、再びカナビスに非寛容に
2005年の年が明けると、総選挙を半年後に控えたブレア政権は、悪影響を恐れて再びカナビスに非寛容な姿勢を強めるようになった。後任のチャールス・クラーク内務大臣は、カナビスが精神病を引き起こすという新たな研究が提出されたとして、ドラッグ乱用諮問委員会(ACMD)に対してダウングレードを見直すべきかどうかを諮問した。
5月の総選挙では、ブレア首相自らもカナビスに対する懸念を表明し、クラーク大臣と同様に、分類をもとに戻すことも考えていると述べた。
こうした背景に勢いを得た反対派は、あらゆる機会をとらえてカナビスによる精神病の恐ろしさを書き立てた。クラーク大臣に対しては、民衆に対する安上がりの教育情報としてマスコミを利用しているという指摘もあった。スキャンダル好きのマスコミも、子供が精神病になった親の悲惨な話などを盛んに取り上げて「教育」に協力した。
●全く新しいコンセプトの出現
だが、一方では、従来の賛成・反対という2極化された範疇に属さない主張も出てきた。カナビス・トラストという団体が、全く新しいコンセプトで、カナビスの合法化による精神病の害削減を訴えた。そこには、精神病患者と支援者の団体も加わっていた。全体とすれば少数とは言え、閉塞的な議論に風穴を明けるものだった。
主張は、精神病のさらなる研究とその成果を反映させた患者の環境改善、教育による若年層のカナビス使用の防止などで、害削減が大きな柱になっていた。さらに、その必然として、安全なカナビスの供給を保証しない非犯罪化ではなく、カナビスを合法・規制して標準的なカナビスが入手できるようにすることを求めていた。
カナビスを擁護する側の人たちも、少数とはいえカナビスで精神病が悪化する人もいることを知っているので、より正確な知識があればあるほど的確な害削減や教育ができるという見方から、さらなる研究を継続して行うことを支持した。
しかし、スキャンダル好きのマスコミには十分に理解されず、議論は従来の2極の泥合戦の様相が続いた。
●分類の変更なし
年が明けて2006年になると、ドラッグ乱用諮問委員会(ACMD)は、害は認めつつも、「疫学的なリスクは小さく、CからBに引き戻す根拠にはならない」 とした答申をまとめた。しかしこれを見たクラーク大臣は、答申を無視してB分類に戻すことを検討しているとリークされ、これに対して委員会の科学者や医療関係者たちは、政治目的で戻すなら辞職すると表明して対抗した。
結局、クラーク大臣は、カナビス分類を変更しないと最終決定。しかし、答申には、精神病問題の深刻さを考慮してさらなる研究と調査を求めるとの勧告も盛りこまれていた。これに対して大臣は、この春から数百万ポンドをかけてカナビスに関連する精神病の危険性を訴えるキャンペーンと研究、公共教育を実施すると表明した。
●政争の具として利用されただけの精神病問題
しかし3月になると、保健省の政務次官が、統合失調症全患者約4万人に対してカナビスに関連した統合失調症患者はごく少数だと述べ、実際には政府がカナビスの精神病問題に熱意を持っていないことが露呈し始めた。
さらに、5月に入って、クラーク大臣が外国人犯罪者の移民データ管理不備などで解任されると、後任のジョン・リード大臣は、カナビスと精神病問題にはあまり関心を示さず、費用をかけてキャンペーンなどを行うという約束はスクラップされ、政治問題としては立ち消えてしまった。
現在、これに対しては、カナビスをB分類へ戻すことには反対しながらも、見直し議論によって社会の精神病に対する関心を高めて偏見をなくすことを期待して活動に取り組んでいたリシンクなどから、政府が約束を守っていないと強い非難の声があがっている。
このように、イギリスにおけるカナビスと精神病問題は、政争の具として利用されただけで何ももたらすことはなく、C分類という非犯罪化だけが既成事実として残った。
一方では、カナビス反対派やマスコミも、精神病患者に対する思いやりからではなく、精神病をカナビス攻撃の材料に使うだけだった。結果的には、カナビスをなくせば精神病もなくなるといった誤った図式を社会に植え付け、むしろ精神病に対する偏見を助長してしまった。
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イギリスのカナビス政策を理解するうえで押さえておかなければならないのは、違法ドラッグが、危険と処罰刑量を組み合わせたABCの3分類で管理されていることだ。各ドラッグは、その時代の状況や要請によって属する分類が変更できるようになっている。
この変更は、法律の改正によるものではなく、科学者や医学関係者からなる諮問委員会の答申を経て、内務大臣一人の意志決定によって行われる。最終的には議会の承認を経てから発効するが、法律が変わるわけではない。
カナビスは、以前はアンフェタミンなどの同類のB分類に属していたが、害が少ないとして2004年にC分類にダウングレードされ非犯罪化が行われた。しかし、この決定に対する反発も根強く、カナビスと精神病問題を取り上げてB分類に戻すべきだという揺り戻しが起こった。
それ以後2年にわたってカナビスと精神病問題をめぐる政治劇が繰り広げられたが、実質的に変わったことは何もなかった。しかし、その中から、カナビスの合法・規制化による精神病の害削減という全く新しいコンセプトを持った取り組みも生まれてきた。