バポライザーの過去・現在・未来

Pub date: May 15, 2007
Author: Dau, Cannabis Study House


カナビスの蒸気を吸うことは古くから行われていた

カナビスを蒸気にして吸うことは、紀元前5世紀には行われていたという記録が知られている。ギリシャの歴史家ヘロドトスの残した記録には、スキタイ人が、サウナのように密閉した部屋の中で、灼熱した石に植物を置いて蒸気を作っていたと記されていると言う。

19世紀から20世紀の始めには、ヨーロッパやアメリカで医薬品としてカナビス・チンキが販売されていたが、薄めて飲んたり、そのまま舌下に滴らしたりする摂取法のほか、熱したナイフの上に滴下して蒸気を吸ったり、小さな穴の開いたフラスコ型のガラス管にオイルを入れて下から熱して蒸気を発生させてパイプのようにして吸うことも行われていた。また、現在でも、ハシシ・オイルを蒸気にして吸うオイル・パイプなども使われている。


Tod Mikuriya Vaporizing Oil

オイル・パイプ


1990年代になって関心が本格化

20世紀の前半までは、タバコによる喫煙の害もあまり知られておらず、カナビスの喫煙の健康への影響など誰も考えなかった。しかし、20世紀の中頃になると、タバコと肺ガンの関連が指摘され、シガレットにはフィルターが付けられるのが常識になった。

こうした背景の中で、1970年代の終わりにチルトという製品名のバポライザーが初めて販売された。製造元のテストでは、THCの放出率が80%で、タールも通常のパイプに比べて79%少なくなると報告されている。しかし、残念ながら、その後すぐに、カナビスなどの喫煙器具の販売禁止法が成立して姿を消してしまった。

1989年には、ハイタイムス・マガジンに、ドクター・ラングライフ(Dr. Lunglife)と称する人物が、近所のライジオシャックで入手可能な部品だけでバポライザー・マシンを製作する手順を公開している。

1990年代になると、さまざまなバポライザーが考案されるようになった。特に1994年には、現在のBCバポライザーの原型になるホット・プレートとガラス・ドームを組み合わせた製品のプロトタイプが発表されている。

  
カナダの BCバポライザー

また、同年にアムステルダムで開催された第7回カナビス・カップで、バポライザー普及の立役者として知られるイーグル・ビルが、初めて温度コントロール可能なヒートガン・タイプのバポライザーでクリーンでパワフルなハイを披露して、一気にバポライザーへの関心を高めた。


イーグル・ビル は、人々をバポライズすることに生涯を捧げた


知られていなかったTHCの気化温度

しかしながら、実際的な問題としてTHCなどのカナビノイドに気化温度については、2000年以前は定説が確立していなかったこともあって、温度コントロールよりも、燃焼させないことが大きなポイントになっていた。

その典型が、ホット・プレートとガラス・ドームを組み合わせたバポライザーで、ホット・プレート上で加熱する際に小型のガラス・ドームで密閉して酸素が供給されないようにして燃焼を防ぐように考えられている。一種の蒸し焼きともいえるが、同じように、セラミック・ヒーターでカナビスの周囲を密封して加熱するタイプも開発されている。

ヒートガン・タイプのバポライザーは、温度コントロールした空気の熱流に晒すことによって、燃焼させずに蒸気を発生させるように進化し、蒸気を大きな容器に貯めたり、水に通すことで冷却できるという長所もあったが、空気の流入量が一定でないことや回転モーターの摩耗金属やほこりが混入するという欠点も抱えていた。

いずれにしても、2000年以前のバポライザーは、嗜好用途とは違う医療的な利用に関しては十分な評価を得るには至らなかった。実際に、1999年の全米アカデミー医学研究所(IOM)が発表した報告書では、カナビスの医療効果を認めながらも、喫煙による弊害を度々取り上げ、「煙を出さずに迅速な発現を実現するカナビノイド搬送システム」 の必要性を指摘している。


ボルケーノの出現

当初のバポライザーは特に医療用途を目的としていたわけではなかったが、医療カナビスへの関心が高まってくるに従って、1990年代終わりにははっきりと医療向けのコンセプトを持ったバポライザーの開発も始まった。また、このころになると、カナビノイドの気化温度や燃焼温度についてもいろいろ知られるようになってきていた。

ドイツ・ストルツ・ビッケル社は、いったん蒸気をバルーンに貯めてから吸引するという画期的なアイデアをもとに、吸引力のない患者や体の不自由な人でも、ベッドに寝ながら、時間をかけてゆっくりと少しずつ吸引できるボルケーノ・バポライザーを開発し、2000年の11月に販売を開始した。


ストルツ・ビッケル社日本語ページ

ボルケーノでは送り込む空気量が一定に設定されているために、バルーンのサイズとカナビスの種類と量を調整することで、いつもTHCがほぼ一定濃度の蒸気をつくり出すことができるという他のバポライザーにはない特徴もある。このことは医療用途には非常に重要な要件になっている。ボルケーノは発売以来、現在でも、カナビスの医療用バポライザーとしては最も評判が高い。


嗜好用途ではバーダンパー

ボルケーノは発売後すぐにその性能と目新しさが評判になり、オランダのコーヒーショップでもよく見かけるようになった。しかし、ボルケーノは、人数によってバルーンの大きさを変えたり、バルーンに蒸気を装填するのに時間がかかったりして、コヒーショップでの多人数共用には余り向いておらず、ショップの方でも、大きさの異なるバルーンや細かいパーツなどの管理が大変で、もっぱらイベント用の道具としてしか使われなくなった。


オランダの バーダンパー

そこで2003年に登場してきたのがバーダンパーで、大きなホッカをベースに、カナビスを入れたボウルの上にヒートエレメントを装着して、ユーザーの吸い込む力で流入させて加熱した空気で蒸気を発生させるようになっている。

確かに、ボルケーノのような精密さはないものも、嗜好用途のユーザーにとっては、ライターの代わりにヒートエレメントを使うという点を除けば、普通のホッカの取扱いと全く同じで、ボルケーノのような装填時間もなく、カナビスを吸っているという実感があって素直に受け入れられる。ショップでも、1日に1回水を入れ替えるぐらいでメンテナンスが済むので、現在のところ、オランダのコーヒーショップでは、バーダンパーがバポライザーとしては最も多く設置されている。

また、現在、最も新しい嗜好用バポライザーはボング型のハーボライザーで、ボングの圧倒的なヒット感を、煙のようなラッシュなしに軽く吸入することができる。普通のボングを使えない肺の弱い人や女性でも利用できるので、今後人気が上がるかもしれない。


フランスの ハーボライザー



なぜ肺搬送システムなのか

このように、バポライザー開発の最近の流れは、携帯できる高精度の小型化を含めて、嗜好用途と医療用途に方向性に違いがますますはっきりしてきたところに特徴が見られる。しかし、喫煙にしてもバポライザーにしても、肺を経由した搬送システムという点では同じで、胃から吸収する経口摂取や舌の下の粘膜から吸収させる方法とは根本的に異なっている。

それは、肺の表面が、総面積100平方メートルにも及ぶとされる肺胞群に覆われ、線毛や粘膜の無いおよそ5億個の気嚢を通じてカナビノイドが直接血流に送り込まれるようになっているために、効果が迅速に表れることが理由になっている。

これに対して、胃や腸からの吸収では、水溶性でないカナビノイドの吸収が遅く一定していない上に、時間のかかる吸収過程でTHCの一部は11-ハイドロキシーTHCへと代謝して効力が変化してしまうので安定性がさらに失われる。また、サティベックスのように舌下をターゲットにするのは、赤い部分の血管が表面近くまで浮き出しているので吸収が早いためだが、肺ほど迅速でもなく、絶対的な面積も小さいので吸収効率に劣っている。

当然のことながら、肺を経由した搬送システムで効果が迅速に現れるということは、ユーザーが摂取中に効果を感じられるわけで、必要な摂取量を自分でコントロールして摂取を中断できることにつながっている。


将来の展望

肺搬送システムの発現の迅速性という点では、現在、カナビスだけではなく、他の多くの医薬品でも注目が集まっている。最近、タバコの喫煙による害がますます声高に叫ばれるようになって、肺から吸収させるものはすべて良くないという風潮も強いが、従来の最低でも10分はかかる経口型鎮痛剤やけいれん緩和剤に対して、秒単位で発現する肺搬送システムの開発が進んでいる。

肺搬送システムとすれば、ボタンを押すスプレータイプの定量吸入器、乾燥したパウダーを送り込むドライパウダー吸入器、液体吸入器などが開発中で、インスリン・パウダーを吸入するエクスベラ(Exubera)はヨーローパとアメリカですでに承認されている。エクスベラは格好が小型ボングそのものなので、カナビスを吸っていると間違われることがあるかもしれない。


サンフランシスコの Vapore.Inc


パロアルトの Alexza Pharmaceuticals

カナビスに関しては、液体吸入器型のバポライザーが最も可能性があるが、いずれ、迅速性に欠けると評判がいまいちのサティベックス経口スプレーを製造しているGW製薬が採用に乗り出すかもしれない。

しかし、カナビスは品種の多様性がさまざまな病気の症状に対応していることから、決まった種類だけの抽出液体だけではカバーしきれないないので、現在のハーブそのものをバポライズする装置が無くなることはないだろう。小型のものとしては、電池で駆動するタバコのバポライザーの開発が進められており、カナビスにも応用されるようになるかもしれない。


パウダー・インシュリン吸入器エクスベラ と タバコの携帯型バポライザー

いずれにしても、カナビスは喫煙されるから医薬品として認められないという現在のステレオタイプは、やがて時代遅れの主張になっていくに違いない。