復刻によせて

日本の停滞とオランダの発展


● 『Fancy’s  Leaf』 という本を30年前の1973年に書いた。当時、日本でマリファナを知っている人間は今ほど多くはなく、実物を手に入れるのもそう簡単ではなかった。しかし、そのぶん実際に吸っている人の多くはその体験を単なる遊びとしてではなく、貴重で真摯なものとして受け止めていた。やがて、世評とは異なり、マリファナはそれほど危険なドラッグではないことを身をもって知ることになった。気違いどころかとても心が穏やかになる。このようなすばらしいものをどうして陰でこそこそ吸わなければならないのか? 自分が狂っているのではなく、法律や役人たちが狂っているのではないか、と薄々気が付き始めていた。

しかし、それを裏付けるような日本語の資料は身近にはほとんどなく、あっても実際には体験したこともない人たちが憶測で書いたものか、さらにその孫引きみたいなものばかりだった。何が真実なのか? まともな情報が求められていた。体験的に真実を知っていてもそれだけでは親や友達ですら説得できない。ましては国の法律の理不尽さに迫ることもできない。

アメリカから資料を取り寄せ、国会図書館に日参して外国の学術論文を調べた。驚くべきことがたくさん書かれてあった。まとめているうちにだんだんこの本の原稿ができ上がってきた。だが、石油ショックの紙不足もあったが、内容が内容だけに出版してくれそうなところはなく、しかたなくすべてを自分で手書きして、友達に教わりながら印刷や製本も自から行い300部(B5判170ページ)ほど制作した。ほどなく大半は友達を通じてマリファナ愛好家たちに配布され新しい知識は歓迎された。

●この本が書かれて以降に新しく出てきた重要なカナビス・キーワードには、シンセミラ、医療用カナビス、コーヒーショップがある。これだけ見ただけでもこの30年間に世界は大きく変貌したことがわかる。

オランダで最初のコーヒーショップ 「メロー・イエロー」 が誕生したのが1972年で、ほぼこの本が書かれたのと同時期だ。当時のカナビスの規制は日本の状況とそれほどの違いはなかった。しかし、オランダではそれ以降、カナビスの使用と所持が非犯罪化され今日のコーヒーショップ文化が開花することになった。密輸に頼っていた供給もシンセミアの導入ですべてを国内でまかなうことができるようになって大規模な密輸問題は自然消滅してしまった。また医療用カナビスも正式に認可され専門の製薬会社まで出現している。当初は 「麻薬国家」 などと非難されたが、今ではその寛容政策の先進性が評価され 「ダッチ・モデル」 などと言われるようにすらなっている。

アメリカではカナビスは連邦法では現在でも禁止されたままだが、州法レベルでは医療カナビスが合法化されているところもある。最近では世界中で医療カナビスの合法化を求める活動が顕著になってきている。非合法であるが故の合法化運動も激しくいろいろな方面での研究も盛んだ。カナダやイギリスもアメリカを待っていられなくなって次々に寛容政策を採り始めている。

このほかにもカナビスからは、紙、建築材料、油、プラスチックや食品や化粧品などさまざまなエコ商品が開発され、環境保護という面からも大変注目を集めるようになってきた。カナビスからは人間が生活していくのに必要なあらゆる物資を生産することができるとさえと言われている。

●しかし、それと日本の状況を比べると日本は本質的に30年前と余り変わっていないのではないかとも思う。マスコミは思考停止状態で相変わらず無知な報道をくりかえしているし、厚生省もいまだ 「カナビス精神病」 などというありもしない病気をかかげて取り締まりの柱に据えている。情けないことに、本来は正しい知識を追求すべき大学などですら真実を知ろうとすること自体を放棄してしまっている。

おそらく、今では、アメリカや日本の当局もカナビスには深刻な害がないことを知っている。医療カナビスの利点も知っている。それなのに何故頑なに嘘をつき続けるのだろうか?  法律制定の歴史やその背景を調べると結局は役人や関係者や政治家の利権なのだということがわかる。害があるかどうかとか、医療的に有効かどうかなどとは関係なく、禁止という法律が自分たちに有利に働いているから手放せないのだ。

役人たちはそれで自分の職や地位が確保され、政治家は選挙民にいかに自分が若者のことを心配し国民の健康に心をくだいているかを手っ取り早くみせかけることができる。国のためという大儀で大本営流の嘘を許し、欺瞞を見抜く知識のない民衆に恐怖を植え付けていいカモにしている構図が見える。

●半年ほど前にオランダのハーレムに旅行したときに、2002年末に発行されたオランダ・コーヒーショップの30年史 『ダッチ・エクスペリエンス』 という本に出会った。カナビスに関して、この30年間のオランダの発展と日本の停滞とはあまりに対極をなしていてとても興味深かった。

その相違を考えながら、あらためて 『Fancy’s  Leaf』 を読み直してみた。データや引用は古いものの、主張の本質的な部分ではいまでも全然古くないのではないかと思った。逆に、古さという利点もある。アメリカでマリファナ税法が制定された事情や、日本で 「麻薬」 と言う言葉が発明されたからくりなど、今では確かめることが難しい事柄も取り扱っている。日本の現状を見直すために、この本を資料として復刻すれば再び役に立つのではないかと思った。

結局、何をやるにしても知識が必要なのだ。カナビス自体は数千年の歴史があるわけだから基本的な部分の知識はそう変化するわけでもない。この本に書かれた知識も今でも十分に役立つと思う。そうした基本知識のうえに社会生活や医療や環境といったキーワードを組み合わせていけば新しい時代が見えてくる。

2004.4