カナビス・ユーザーが

コカインを使うようになるリスクは104倍



神話

カナビス・ユーザーはノン・ユーザーに比較して、コカインを使うリスクが104倍になると見積もられている。


事実

当然のことながら、倍率は2個の数字を割り算して算出される。しかし、この神話では元になる2個の数字が一体何であるのかは明示されていない。

この神話では、おそらく、カナビス・ユーザーでコカインを経験したことのある人の率と、カナビスを使った経験がなくてコカインを使った人の率を割り算して算出している。

実際、この方法は後述するように、コロンビア大学薬物中毒・乱用センターが使っていたことでも知られている。例えば、カナビスを使っている未成年は、使わない未成年に比較してコカインを使うリスクが85倍になるとしているが、85倍という数字は、カナビス・ユーザーでコカインを使ったことのある人の割合(17%)をコカイン・ユーザーでカナビス未経験の人の割合(0.2%)で割って算出している(17/0.2=85)。(John Morgan and Lynn Zimmer. Marijuana Myths, Marijuana Facts: A Review of the Scientific Evidence. 1997. p. 35)

だが、もともとカナビス未経験でコカインを使った人は少ないので、リスク倍率が大きくなっているのは、多くのカナビス・ユーザーがコカインを試しているからではなく、コカイン・ユーザーでカナビス未経験の人が極端に少ないために出てきているに過ぎない。

このことは、カナビスをアルコールに置き換えてみればわかりやすい。アルコール・ユーザーでコカインを経験したことのある人は少ないかもしれないが、コカイン・ユーザーでアルコール未経験の人も限りなく0に近いだろう。例えば、それぞれを5%と0.01%とすれば、「アルコール・ユーザーはノン・ユーザーに比較して、コカインを使うリスクが500倍」 ということになる。

結局、リスクが104倍という数字は統計を使った詭弁になっている。


●カナビス・ユーザーではコカインを使うリスクが104倍になるという主張は、アメリカ連邦麻薬局(DEA)の サイト に見られるが、その引用元になっている国立ドラッグ乱用研究所(NIDA)の サイト には104倍という具体的な数字はなく、「非常に大きい(much greater)」 としか書かれていない。

だが、NIDAの引用元をさらに辿れば1975年の非常に古い研究がソースになっている。実際にこの研究に104という数字が出てくるのかを確かめることはできなかったが、少なくともこの結果を追認する新しい研究のないことを示しており、現在のNIDAのサイトでも、「カナビスを使っている多くの若者は他のドラッグをやるようにはならないが、リスクの増大を明確にするためにさらなる研究が必要」 と確定的な研究ではないことを認めている。

また、ホワイトハウス麻薬撲滅対策室(ONDCP)が2002年11月出した 「アメリカの検察当局に宛てた公開書簡」では、コカインを使うリスクは104倍などという大きな数字ではなく、8倍としか書かれていない。

もっとも、この8倍という数字もトリックで、もともとコカイン・ユーザーはいろいろなドラッグを試す傾向が強く、カナビスを経験していない人のほうが圧倒的に少ない。当然のことながら、コカイン・ユーザーの母集団内でカナビスの経験者と未経験者の数を比較しても、カナビス・ユーザー全体の姿を反映したものにはならない。


●カナビスがゲートウエイ・ドラッグかどうかは、コカイン・ユーザー側から見るのではなく、カナビス・ユーザーの側から全体を見て、どのくらいの割合でコカイン・ユーザーになったかを見る必要がある

2006年にヨーロッパ・ドラッグ監視センター(EMCDDA)が発表した 報告 には、ドラッグの多重使用についての分析が掲載されているが、分析では、メインに使用しているドラッグでユーザーをグループ分けして、それぞれのグループについて最近1年間の他のドラッグ使用率を調べている。


EMCDDA Annual Report 2006

このグラフから明らかなように、カナビス・グループは他のドラッグを使うこと自体が圧倒的に少ない。実際、コカイン・グループでカナビスを使った割合が85% (89%ならONDCPの言う8倍になる) になっているのに対して、カナビス・グループでコカインを使った割合は20%以下にしかなっていない。

また、アメリカ国家統計局がまとめた薬物乱用に関する年次データ(1994年)によると、カナビス体験者でコカインの常用者にまで行き着く人は100人に1人程度の割合でしかないことも示されている。


Federal Household data, as cited in John P. Morgan and Lynn Zimmer. 1997.
Marijuana Myths, Marijuana Facts: A Review of the Scientific Evidence. p. 36, Figure 4-2:
Very Few Marijuana Users Become Regular Users of Cocaine.



104倍の謎

結局、DEAの104倍という数字の出典については明確には分からないが、コロンビア大学薬物中毒・乱用センター(The Center on Addiction and Substance Abuse)が1994年に出した 報告書 では、タバコとアルコールとカナビスの内のいずれか1つを使った人がコカインを使うリスクは、何も使っていない人の104倍になると書かれている。つまり、アルコールだけでも104倍、タバコだけでも104倍、カナビスだけでも104倍ということになる。

またこの報告では、カナビスを使っている子供は使わない子供に比較してコカインを使うリスクが85倍になるとしているが、85倍という数字は、カナビス・ユーザーでコカインを使ったことのある人の割合(17%)をコカイン・ユーザーでカナビスを使ったことのない人の割合(0.2%)で割って算出している。この計算法で、仮りにカナビスを使ったとことないコカイン・ユーザーの割合0.2%が0.163%だとすれば、倍率はおよそ104倍になる。また、カナビス・ユーザーでコカインを使ったことのある人の割合が20.8%になっても104倍になる。

このように分母の数字が小さい場合は、僅かな変化で倍率は極端の変わってしまう。いずれにしても、リスク倍率が大きくなっているのは、多くのカナビス・ユーザーがコカインを試しているからではなく、コカイン・ユーザーでカナビスを使ったことのない人が極端に少ないために出てきているに過ぎず、統計を使った詭弁になっている。

また、104という数字は、上の図にあげたアメリカ国家統計局の年次データからも出てくる。原資料の入手が困難で正確な数字は分からないが、図の解説には、アメリカ人の約7200万人がカナビスの経験があり、コカインの常用者は約70万人だと書かれている。図では、カナビス・ユーザーがコカイン常用者になる割合をおよそ100人に1人としているが、丸められた数字を僅かに調整すれば104人に1人という数字が出てくる。

実際、NORMLの資料 では104人に1人という数字が使われているが、DEAの著者はこの数字を誤って逆に使ったのではないか? それともただの偶然か?