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カナビスは運転能力を損なう
神話
カナビスは、注意力、集中力、協調力、反応時間など自動車の安全運転に必要なさまざまな能力に影響を与える。実際、カナビスを使っていると、距離感の判断、信号への反応、標識の確認が難しくなることが示されている。こうした影響は喫煙後24時間も持続することもある。最近の調査では、無謀運転の検問の際45%の人からカナビスの陽性反応が出ている。
事実
この神話の注目すべき点は、カナビスが 「交通事故の主要な原因になっている」 とは言わないで、運転に悪影響を与えると言っているところにある。
カナビス禁止論者の目的は、カナビス・ユーザーの運転は危険で恐ろしいという印象を人々に植え付けることにあるので、カナビスの事故リスクがアルコールよりもずっと小さいという本当の事実を知らせるわけにはいかないからだ。実際に、カナビスのリスクが少ないことは多くの研究で明らかにされている。
確かに、カナビスに酔うと注意力や反応時間などに影響が出て運転に必要な精神運動機能が損なわれることはシュミレータ実験で示されているが、その程度はアルコール以下で、さらにアルコールの場合と違ってカナビスの影響下では通常そのことをドライバー本人が意識しているので、危険な状況を避けるようにスピードを落として安全を確保しようとすることも示されている。
また、多くのドライバーからカナビスの陽性反応が出ているといっても、その大半がアルコールにも陽性でカナビスのみのドライバーは非常に少ない。さらに、尿検査の陽性反応は、体内に数週間も残存するカナビスの不活性代謝物に対するものであって、必ずしも運転時に影響があったことを示しているわけでもない。
さらに、カナビス喫煙による影響が24時間も持続するという主張に至っては極端な誇張になっている。この主張は1980年代後半に行われたフライト・シュミレータによる実験を根拠にしているが、極めて恣意的な実験によるもので、測定機器が格段に進歩した現在でも再現されたという報告は見当たらない。
●実際にどのくらい危険か?
問題は、カナビスの酔いによる精神運動機能への悪影響が、実際の事故にどの程度関与しているのかという点にある。これまでの調査結果で全体に共通している結論としては、リスクが増えることは間違いないが、少なくともアルコールのリスクに比較するとカナビスのリスクはずっと少ないことが明らかになっている。
例えば、衝突事故の過失性を調べた1990年代の7つの研究について総合的に検証した2002年の報告書では、「カナビスとアルコールの摂取量と衝突事故の過失責任の相関を調べた研究からは、血中にカナビノイドが検出されたドライバーとドラッグが検出されなかったドライバーの間には事故の過失に明確な違いのあることは見出せなかった」 と結論を書いている。
しかし、カナビスとアルコールを併用している場合は、双方が影響しあって相乗的にリスクが高まることも示されている。
また、2005年9月にメリーランド大学の研究チームが発表した報告では、1997年から2001年までに自動車事故で病院に搬送されて体内からアルコール、コカイン、カナビスが検出された2500人以上の事故ドライバーを分析した結果、アルコール検査で陽性を示したドライバーでは素面のドライバーに比べて衝突の過失が著しく高いが、カナビスの場合は、男性でも女性でも衝突の過失との相関は見出せなかったと書いている。
2005年12月に発表された過去最大規模のフランスの 研究 では、自動車事故死にからむ10748人のドライバーに対して血液中のドラッグとアルコールの残存量を調査しているが、その結果、カナビスの単独使用で血液中にTHCが残っている場合は事故を起こすリスクが若干高くなっているが、それでもアルコールのリスクに比較すればはるかに低くなっている。
カナビスのリスクの程度はTHCの量が増えると大きくなり、リスク・スケールでは1.9から最高で3〜の範囲になっている。これに対して、アルコールのリスクは、最低が3.3で最高は40を超えている。スケールの3ポイントは、アメリカで飲酒運転の許容限度となっている血中アルコール濃度0.05%の相当しているが、血液検査でカナビス陽性になったドライバーの大半はそれよりもリスクが低いことになる。
また、カナビスが関連している死亡事故の割合は全体の2.5%(1.5%〜3.5%)となっている。だが、これに対してアルコールの場合は全体の28.6%(26.8%〜30.5%)で10倍以上も多くなっている。
研究者たちは、「カナビス影響下で運転すると衝突事故を起こすリスクが高くなるが、血中にアルコールが検出された場合に比較すれば、死亡事故原因としては極めて低い」 と結論を書いている。
2007年1月にカナダの研究チームが発表した 対照研究 では、1993年から2003年に死亡事故を起こした20〜49才のアメリカでの自動車死亡事故を分析し、血液または尿に微量のカナビスが検出されたドライバーは、アルコールで低レベルの陽性反応を示した人よりも危険な運転をすることが少ないことが明らかにされている。
研究者たちは、年齢や性別、過去の運転歴などの交錯因子を補正したデータをもとに、カナビスのみに陽性でアルコールが検出されなかったドライバーは、全く素面の人に比らべれば危険な運転をする可能性が若干高くなるとしながらも、「この数字は、アルコールや一部の医薬品のリスクに比べれば小さいことも示されている」 としている。
また、アルコールに関しては、低レベル(血中アルコール濃度0.05%)の陽性反応の場合でも素面のドライバーに比べて危険な運転をする傾向が著しく高くなる、と結論付けている。
●カナビス喫煙後の運転への影響時間
以上のように、アルコールほどではないにしろ、カナビス喫煙で事故リスクが増えることは間違いない。しかし当然のことながら、時間が経つに従って影響が弱まり、どこかの時点で素面のドライバーとリスクの差はなくなる。
その指標になるのは酔いが強さと直接関連している血液中のTHC濃度で、高くなるほどリスクも大きくなる。血中濃度は喫煙直後に急上昇し、ピークに達するとその後はまた急激に下がって行く。その過程でTHCは、運転能力に影響しない不活性のTHC-COOH に代謝していく。一部は、活性の強い11-ハイドロキシーTHCへも変化するが、喫煙の場合は食べたときほど多量には生成されないので影響は少ない。
2007年11月に国際研究チームが発表した報告では、過去の疫学研究やシュミレータ実験などの結果を総合的に検証して、THCの血液中の濃度が5ng/ml以下のドライバーの衝突リスクは素面のドライバーに比べてが高くなるようなことはなく、 運転時の影響レベルとすれば、血中THC濃度7〜10ng/mLがアルコールの血中濃度の0.05%と同等であると結論を出している。
こうした分析から、リクレーショナルでたまにカナビスを吸う人の場合は、一般的に喫煙後2時間程度で血中のTHC濃度リミット以下まで下がることがわかる。また、食べた場合はピークが2〜5時間後で11-ハイドロキシーTHCへの変化も多いことから、リミットを下回るには少なくとも6〜8時間以上かかると考えられている。
また、神話では、カナビス喫煙による影響が24時間も持続すると書いているが、この主張は1980年代後半に行われたフライト・シュミレータによる実験を根拠にしている。この実験では、10人のパイロットをカナビス・グループとプラセボ対照グループに分けて、ジョイント1本吸うとどのような差が出てくるかを調べている。
その結果、日常的な操縦では差がなかったものの、さまざまな困難な状況設定を組み合わせた場合に、「非常にわずか」 の差が24時間後にも見られたとしている。しかし、その差は、パイロットの年齢の違いによる差よりも小さいとも書いている。また、同じ研究チームが行った別の実験では、4時間以降に何らの差も見出されていない。
また、2008年5月に発表されたイスラエルの運転シュミレータを使った 研究 でも、カナビスの影響は24時間後には全く見られないことが報告されている。
このフライト・シュミレータの実験を、カナビス禁止論者たちがどのように利用してきたかについては、『ダッチ・エクスペリエンス』 に興味深い話が紹介されている。
●安全運転のためのリスク削減
2007年11月に発表された スエーデンの報告には、酔っ払い運転の疑いで血液検査を受けた人の使用ドラッグ別の割合が掲載されている。
それによると、血液検査をうけたドライバーの60%近くがアンフェタミンに陽性反応を示し、カナビスについては20%の人が他の違法ドラッグと一緒に検出されているが、THCだけが陽性となったケースは4%のみになっている。また、すべての規制薬物に陰性だった人の割合は15%で、アルコールのリミットを越えたドライバーは30〜50%となっている。
このデータで興味深いのは、カナビス単独では酔っ払い運転の疑いをかけられる人が非常に少ないことだ。酔っ払い運転の疑いをかけられても何のドラッグも検出されなかったドライバーが15%もいることを考えればチェックは相当厳しく行われているはずで、それにもかかわらず、カナビス単独で疑われずに検問を通過している人が実際には少なくないのではないかと思われる。
このことと、先に上げたメリーランド大学の研究で、41才から60才までのドライバーでカナビスを使っていた人がドラッグを使っていなかった人よりも統計的に事故の過失が少なかったという結論を考え合わせると、カナビスの影響下にあるドライバーはより慎重で安全な運転をする傾向があって検問でも目立たないのではないか?
実際、イギリスの環境交通地域省(DETR)の依頼で行われた交通研究所(TRL)の 運転シュミレーターを使った実験 では次のように結論を書いている。
「カナビスの喫煙では、総合的に見て、特に動体を追跡視認するといった精神運動能力に測定可能な影響を受ける可能性が認められるが、運転時に必要な分散した操作を行うといった高次の認知機能への影響については決定的の損なわれるとまでは言えない。カナビスの影響下で運転しているドライバーは、自分の機能が損なわれていることを意識しているので、運転が難しくなるとスピードを落としてそれをカバーしようとする。」
こうした点はありがたいことに、カナビスそのものに安全運転のためのリスク削減効果があることを示しているが、さらなるリスク削減のためには次のような対応策をあげることができる。
運転中は絶対にカナビスを吸わない
最低でも、喫煙後2時間、食べた場合は6時間は運転しない
アルコールは併用しない
運転前に、カナビスを使用した後であることを再度意識し直す
いつも以上にスピードを控え、車間をとって余裕のある安全運転を心がける
●政治・社会面での問題
上の血中濃度の変化グラフからもわかるように、THCは代謝してTHC-COOHに変化していくが、THC-COOHの濃度は減らないまま長期間体内にとどまる。これはカナビノイドが油溶性で水に溶けにくく、体外へ排出されるのに数週間もかかるためで、水溶性のアルコールや他のドラッグが数時間から数日で排出されてしまうのとは非常に異なっている。
だが、このことが政治・社会面で大きな問題を引き起こしている。尿テストではTHCそのものを調べるのではなく、長く残存するTHC-COOHを対象に検知するので、尿テストでは、実際の運転に支障がなくてもカナビス陽性になることがある。
本来、カナビスで酔っ払い運転しているかどうかは、血液検査などでTHCそのものを測定しなければわからないが、血液検査は専門的で大掛かりな装置を必要とすることから、警察官が簡単に実施できないという事情がある。
このために、検査を尿テストで行って陽性になったらすべて酔っ払い運転として処理してしまうゼロトレランス法が多くの国や地域で施行されている。しかし、この政策は、アルコールなどに比較して不公平であるばかりではなく、「事故や、ましては交通違反すら犯していない市民に対して、犯罪者として当局は権力を振うことが許されるのか?」(ウェイン・ホール教授) といった人権問題の側面も持っている。
NORMLのシニア政策アナリストのポール・アルメンターノ氏は、「アルコールであれ、処方医薬品であれ、あるいは違法ドラッグであれ、あらゆる薬物の影響下で運転することを止めさせるという目標そのものに反対する人はいませんが、いわゆるゼロトレランス法は、法律本来の趣旨からして不適切で非倫理的なのです。しかも、カナビスの影響下で運転することを防止するには何も役立っていないのです」 と語っている。
「どんなに好意的に見ても、こうした法律では複雑な社会の問題に対処するには融通性がなさ過ぎますし、悪く見れば、カナビス・ユーザーを捕まえるために交通安全のための法律を悪用しようとする歪んだ意図が隠されているとも言えます。」
こうしたことは、外人ツーリストのために 広い駐車場やドライブスルーの利用できるコーヒーショップ を作ろうとしているオランダのことを考えてみれはわかる。オランダでは、カナビスの酔っ払い運転はあまり 深刻な問題になっていない。実際、EUの中でもオランダの自動車事故による死亡率はマルタに次いで 最も低くなっている。
いずれにしても、アルコールよりもずっと運転リスクの少ないカナビスを、運転に危険だからという理由で禁止しなければならない合理性はどこにもない。
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同じような結果は、コロラドやオランダでの研究でも出ている。
・Drugs and traffic crash responsibility: a study of injured motorists in Colorado Lowenstein and Koziol-McLain, J Trauma 50(2):313-30 (2001)
・Psychoactive substance use and the risk of motor vehicle accidents” [in the Netherlands], KLL Movig et al, Accident Analysis and Prevention 36: 631-6 (2004).