期待高まる天然のカナビス治療研究

Source: Slate (Washington Post Newsweek Interactive)
Pub date: Nov 06, 2008
High Expectations: Research into medicinal marijuana grows up.
Autor: Amanda Schaffer
http://www.slate.com/id/2203922/


驚異の薬の可能性

この夏、イギリスとイタリアの研究チームは試験皿を使った実験で、カナビスに含まれる成分がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(通称MRSA)を死滅させることを 見出した。MRSAは凶暴な細菌として知られているが、最近ではニューヨークの産科病棟で7人の赤ちゃんと従業員4人が 感染 して大騒ぎとなっている。この影響で、新生児室や老人ホームばかりではなく身近な学校やロッカールームまでもが恐怖に襲われた。

理屈からすればいつの日にか、カナビスから取り出した成分を利用した局所クリームが開発されて、抗生物質の効かないMRSAなどの悪性細菌に感染した患者さんに使われるようになるはずだが…

カナビスには驚異の薬になる可能性があることが示されたのは、これが初めてというわけでもない。ここ数年では、カナビスやその関連生成物が マウスの肺腫瘍の成長を抑制する ことが示されているほか、ラットの動脈硬化を改善 したり、タバコ喫煙者の弱った精子の卵子結合能力を高める ことなども明らかされている。

体内でTHCなどのカナビス成分を吸い付ける働きをしているのがカナビノイド・レセプターと呼ばれる 受容体 で、カナビスが効果を発揮するメカニズムの基本を担っている。また、体内で自然に生成されるエンドカナビノイドも同じレセプターに結合する。こうした成分とレセプターの相互作用は、食欲から炎症、痛みの知覚などの非常に広範囲の機能に影響を与えるために、この分野での研究が急速に増えている。


研究進展状況は分野でさまざま

カナビスにはヒッピーやリクレーショナル・ドラッグといったイメージが付きまとっていたが、それもこのところの基礎科学研究の隆盛で変わりつつある。治療効果が確認されている疾患もさまざまで、外傷性脳損傷炎症性腸疾患アレルギー性接触皮膚炎アテローム性動脈硬化症、骨粗鬆症、アルツハイマー病 などへのカナビノイド治療の期待が急激に高まっている。

だがこうした熱狂の中では、可能性はあってもいつまでも次の段階に進展していかない研究も少なくない。例えば、外傷性脳損傷の研究は将来が約束されているように見えるが、人間の臨床試験の結果は 良し悪しが入り交じった ものになっている。また、他のケースについても、実験は遅々として進んでいないものも多い。

そんな中でも着実な進展の兆候が見られる分野もある。最も有望な一つは神経損傷に関連した痛みの軽減を目的とした分野で、多発性硬化症の症状改善などがよく知られている。また、2007年春から行われているいくつかの二重盲検臨床試験では、カナビスの喫煙によってHIVなどの疾患にともなう神経変性の痛みが緩和されることが見出されている。

また、カナビスの成分には、神経性の疼痛を軽減したり筋肉の痙攣を減らす可能性も指摘されている。現在ヨーロッパでは、多発性硬化症患者を対象に、カナビスの2つの成分を含んだサティベックスと呼ばれる舌下型のスプレーを使った臨床試験が最終ステージまで進んでいる。サティベックスの紆余曲折した話はこれまでにもさんざん聞かされて食傷気味だが、結果には注目させられる。


官僚たちの悪夢

カナビス研究の隆盛は、政府の官僚たちにとっては悪夢でもある。連邦議会は1970年、カナビスが 「乱用の恐れが高く、医療的に使うことも容認できない」 ドラッグとみなして、規制薬物法の第一類 に区分けすることを決めている。これによって、たとえカナビスの恩恵を研究しても、販売することは事実上不可能になった。

1980年代になると、食品医薬品局はカナビスの最大の精神活性物質であるTHCを化学合成したマリノースを医薬品として承認した。マリノールは経口カプセルで、化学療法にともなう吐き気や嘔吐の治療薬として開発され、後には、エイズ患者の食欲増進薬としても認証を受けている。

だが、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のドナルド・アダムス臨床医学教授によると、患者が全面的にマリノールを受け入れることは決してなかった。マリノールは、カナビスを喫煙するのに比較すると、投与してから効果が発現するのに非常に時間がかかるだけではなく、肝臓で成分が分解されてさらに精神活性の強い物質に変化してしまうために、精神への副作用がさらに大きくなってしまうという欠点があるからだと言う。


喫煙カナビスと痛みの研究に州が支援

またマリノールは、アメリカでは痛みの治療薬としては認証されていないこともあって、さらなる研究を推し進めようとする動きもある。だが、それが喫煙カナビスを使った研究であれ、より優れた調剤法の探求であれ、あるいは他の症状治療の試験であれ、いずれにしても連邦政府からは冷たい目でしか見られることはない。

しかしながら、喫煙カナビスと痛みの研究のために州から支援してもらうところも出てきた。カリフォルニア州は、2000年にカリフォルニア大学医療カナビス研究センター(CMCR)に研究資金を提供することを決めている。CMCRでは、研究プロジャクトの提案それぞれについて、国立衛生研究所スタイル(NIH-style)の評価過程で精査して研究資金を割り当てている。

また、研究者たちには、州や連邦の規制にどのように対処したらよいかのアドバイスも行っている。例えば、イゴール・グラント所長によると、カナビス・シガレットを入手するには、連邦のルールに従って記録を残し、床に適正にボルト付けされた保管場所を整えてセキュリティーを確保する必要がある。


ゆっくりだが、着実な成果

研究はゆっくりと進んできたが、ここに来ていくつかの成果も出版されるようになってきた。最初の臨床ベースの 研究の論文 は2007年2月に神経学ジャーナルで報告された。

この研究では、HIVで神経損傷を受けた50人の患者を対象に二重盲検試験を行った。この神経損傷では、しばしば、疼痛、痛みのあるしびれ、焼け付くような痛みなどと表現される不快な症状に見舞われる。試験では、毎日カナビスを吸っていた人では慢性的な痛みが34%減った。アブラム教授によると、この結果は、通常使われる抗けいれん剤や抗うつ剤のような薬と同等だと言う。

今年になってからも6月と8月に別々の盲検試験の論文が発表されているが、どちらも同様な治療効果が明確に示されている。6月の研究 は、脊髄損傷などにともなう広範囲な神経性の痛みを持つ患者に焦点を絞って実施された。8月の研究 は、再びHIV関連の症状に焦点を当てている。

どちらの研究でも、カナビスを吸った患者は、プラセボのシガレットを吸った患者よりも著しく痛みが軽減している。これら3件の研究はどれもが規模は比較的小さいものの、全体としてみれば十分に説得力を持っている。


開発の最終段階をむかえているサティベックス

最近行われている 他の研究 でも、カナビスが多発性硬化症の痛みばかりではなくさまざまな症状を和らげることが明らかになってきている。イギリスのGW製薬が開発したサティベックスは、すべにカナダで願の痛みや多発性硬化症にかんれんした神経性の痛みの治療薬として認証を受けている。

サティベックスは、天然のカナビスから抽出した精神活性物質THCと精神活性のないカナビジオールの2成分が含まれており、舌下にスプレーして摂取するようになっている。サティベックスは、喫煙する必要がないので燃焼毒を吸引しないでも済むという利点がある。

また、マリノールのように飲む必要もないので肝臓を通過せず、分解されてより精神活性の強い成分に変化することもないばかりか、血液への吸収も迅速で発現も比較的早い。GW製薬によれは、通常の服用量ではハイになるような精神的な副作用はまず起こらない。

2007年に発表された多発性硬化症患者189人を対象にした この二重盲検臨床試験 では、サティベックスを使った人たちが、予期できない筋肉けいれんの回数が著しく減少したと 自己報告 している。この臨床試験は、現在最終ステージをむかえてヨーロッパ5か国で実施されている。また、GW製薬はアメリカでも、癌の痛みをかかえる患者に対して第2および第3フェーズの臨床試験を行っている。


解き放たれるカナビス治療

このように、ここ数年で天然のカナビスを使った治療の本格的な研究が行われるようになってきたが、成果がさらに続けば、カナビス治療は、床にボルト付けされるような状態からすぐにでも解き放たれることになるだろう。

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