医療カナビス是非論争
両派の主張に科学はどのように答えているのか
Source: Los Angeles Times
Pub date: 18 Aug 2008
Medical marijuana: What does science say?
Author: Jill U. Adams, Special to The Times
http://www.latimes.com/features/health/ la-he-marijuana18-2008aug18,0,4886601.story
賛成派の主張
反対派の主張
バポライザーについて
尋ねる相手によって、カナビスは危険なのでヘロインやPCPと同じように違法にしておけなければならないと言われたり、逆に、カナビスは奇跡のハーブでさまざまな医療恩恵を持っているが、政府は悪害を並べ立てるだけで、そのような価値はないとして調べようともしていないと言う答えが返ってきたりする。
カナビスの非犯罪化や医療カナビスの合法化に取り組んでいるマリファナ・ポリシー・プロジェクトのブルース・ミルケン広報部長は、「結局のところ、カナビスの成分を化学合成する研究では、いっそうピュアでしかも 「ハイ」 にならないような成分を作り出すことが目標となっています。そこには、病気の人が天然の植物をつかえなように犯罪化して、非常に高価で合法的なピルを売る意図が隠されているのです」 と言う。
これに対して、ホワイトハウス麻薬撲滅対策室(ONDCP)のトム・ライリー広報官は、カナビス運動家たちはフリーパスを求めているのであって、「正規の医薬品認証プロセスを免れようとしているだけなのです」 と批判している。
アメリカでやっと始まった医療カナビス研究
アメリカでは、最近までカナビス研究と言えばその悪害を追求する研究が主で、医療的な可能性を調べる研究は実質的に認められていなかった。しかし、医療カナビスに関する政治的な議論が相も変わらず繰り替えされている中で、カリフォルニア州の医療カナビス研究所を中心に、数人からなる研究者の小グループが、カナビスの喫煙で痛みや吐き気、筋肉の痙攣などの治療ができるかどうかを調べるために本格的な研究を開始している。
研究者たちは、どのような薬であってもリスクはあると言う。例えば、アメリカのどの家庭の薬箱にも入っているアスピリンなどの鎮痛剤や虫刺されに使う抗ヒスタミン剤ですら何らかのリスクを持っている。医師が医薬品を処方するときには、当然、その医療メリットとリスクとのバランスを考える。なのに、なぜカナビスではそれができないようになっているのか、と彼らは疑問を投げかける。
カナビスには、慢性的な痛み、癌の痛み、多発性硬化症、エイズの消耗症候群、化学療法にともなう吐き気、などに医療恩恵のあることには間違いなく真実だが、それらを理解して利用しようとすることに対しては妨害もあると研究者たちは言う。また、カナビス使用によるリスクを徹底的に調べた科学研究では、確かにリスクもあるが、一般的には小さい範囲に収まっているとも言う。
サンフランシスコ総合病院で血液学と腫瘍学部門の部長を務め、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の臨床医学の教授でもあるドナルド・アブラム博士は、癌のいたむに苦しみ、ものが食べられず、良好な睡眠が妨げられ、治療の副作用で吐き気や嘔吐に悩まされ、自分の置かれた状況に落ち込んでしまうような患者さんたちの面倒をみているが、医療カナビスを利用できるカリフォルニアに住んでいることに感謝していると言う。
「患者さんとは、医療カナビスについて話すことができますし、治療に使うことを薦めることも珍しくありません。」 だが、一方では、連邦政府当局はカナビス・ディスペンサリに対する強制捜査を繰り返し、患者さんに推薦状を書いた医師に対しても何かにつけて詮索してくるという現実もある。
カナビスの医療利用に関しては賛否両論があるが、そのいずれもが極端に偏りやすい。以下ではそれを見直すきっかけになるように、科学がどのように答えているかを示している。
●賛成派の主張
カナビスには慢性痛や吐き気に医療効果がある
従来の鎮痛剤ではあまり効果の得られないような神経障害性の疼痛が、カナビスの喫煙で緩和されることはいくつかの研究で示されている。
カナビスが医療的に利用され始めたのは、数千年前にまで遡ることができる。紀元前の時代では、中国で医療用のお茶として使われていたほか、インドではストレスの除去、またアジア全域、中東、アフリカでは、耳痛や出産などの痛みの緩和のために利用されてきた。
ここ数十年の最近の研究では、カナビスには、HIVや糖尿病、脊髄損傷、癌、多発性硬化症などにともなう神経障害のほか、さまざまな種類の痛みに効果のあることが明らかにされている。また、化学療法や抗レトロウイルス療法の副作用で発生する吐き気や、エイズの消耗症候群による重度の食欲喪失にも役に立つと言われている。
カナビスのこうした作用は、THCをはじめとする60種類ものカナビノイド成分によって起こる。もともと脳内にはエンドカナビノイド(内因性カナビノイド)と呼ばれる物質が自然と生成され、神経細胞の専用レセプターと結合して生理作用を引き起こすことが知られているが、カナビスの外因性のカナビノイド成分はたまたま同じレセプターに結合して似たような働きをする。
現在では、THCを化学合成して製造したマリノールと呼ばれる合法処方医薬品も利用できるようになっている。しかし、経口投与で摂取されるマリノールは、吸収に大きなばらつきがあり、ケースバイケースで効果が予測できないことや発現が遅いといった欠点があり、研究者たちは、カナビスを喫煙するのに比較して効果がずっと劣っていると言う。
カリフォルニア大学サンディエゴ校医療カナビス研究センター (CMCR)の所長を務める精神科医のイゴール・グラント博士は、「THCの搬送方法としては、喫煙法が非常に効果的なのです」 と話している。
連邦法ではカナビスが違法になっているので、カナビスを使うことには厳しい制限が課せられている。まず、患者がカナビスを使うためには、カリフォルニア州のように医療カナビスを認めた州でなければならず、また、研究で使用できるカナビスは、政府の国立ドラッグ乱用研究所(NIDA)が支給する何種類かの効力の違ったカナビス・シガレットでなければならず、臨床研究での扱いには細心の注意が求められる。
こうした制約の中で、カリフォルニア大学サンディエゴ校の医療カナビス研究センターは、カナビスの安全性と医療効果を調べるためにいろいろな臨床研究をバックアップしている。その研究成果としては、次のようなことが示されている。
神経因性疼痛
最近の君球では、カナビスには、神経障害が原因となって起こる慢性疼痛に緩和効果のあることが示されている。この種の痛みは、炎で燃やされたような感覚や、単に何かが触れただけでも傷つけられるような感覚をともない、アスピリン系の医薬品はもとより、オピオイドのような強力な鎮痛剤にすら頑固に抵抗してであまり効果が見られない。
2007年の 神経学ジャーナルに発表された研究 では、HIV感染で神経因性疼痛になった50人の患者を対象に、1日3回カナビスまたはプラセボ(活性成分を抽出した残りかす)を5日間喫煙してもらって、痛みの強さを 「痛み無し」 から 「考えうる最悪の痛み」 でスケール化した尺度を使って測定した。その結果、カナビス喫煙グループでは、痛みの率が34%減ったのに対して、プラセボ・グループの削減率は17%にとどまることが示された。
2008年の6月にジャーナル・オブ・ペインの発表された 別の研究 では、脊髄損傷や糖尿病などのいろいろな病気によって起こった神経因性疼痛に苦しむ38人の患者を対象にカナビス喫煙の効果を調べた結果、緩和効果のあることが示された。
使われたシガレット・ジョイントのTHCは、0%(プラセボ)、3.5%、7%の3種類で、吸い方は、最初が2服、2度目が1時間後に3服、さらに1時間後に4服に設定している。喫煙前の平均の痛みの率は100ポイント・スケールで55だったが、最後の喫煙の1時間後の数値は、THCが3.5%と7%のグループが共に46%減ったのに対して、プラセポ・グループでは27%の低下にとどまった。
鎮痛剤は、しばしば実験的に引き起こした痛みに対してどの程度効果があるか調べられるが、カナビスの場合も同じ実験が行われている。2007年の麻酔学ジャーナルに発表された研究では、15人の健康な志願者に対してチリ・ペッパーの刺激成分として知られるカプサイチンを皮膚注射して強制的に痛みを引き起こし、効力の異なるジョイントを喫煙してもらって痛みの度合の時間変化を調べた。その結果THC4%の中濃度のカナビスで最も痛みが緩和することが示された。
これら3件の痛みの研究ではいずれも、神経因性疼痛に対しては、カナビスの喫煙のほうが他の鎮痛剤よりも緩和効果をもたらすと結論づけている。だが、根治されるわけではない。グラント教授も、「その点では他の鎮痛剤と同じです。痛みを緩和しておくには、繰り返し使い続ける必要があります」 と語っている。
研究の被験者たちもハイを感じているが、その程度は人によってさまざまだ。また、カナビスは思考に影響を与える。特に強いジョイントを吸った後では、記憶を要する作業や複雑なロジックが必要な仕事では問題が見られる。確かに問題が残る場合もあるが、たいていは慣れて困らなくなる。実験でも、感覚がストレートでなくなったからという理由で途中で中断してしまうような人は出ていない。
グラント教授は、人それぞれに薬に対する反応が異なり、耐えがたい副作用が出るケースもあるので、治療法を選択することが重要だと言う。抗うつ剤も神経因性疼痛の治療に使われているが、口の渇き、便秘、泌尿器問題を引き起こすことがあり、特に緑内障を抱える人は避ける必要がある。アスピリン系の薬を避けなければならない人もいる。「こうした点では、常にカナビスはいずれの代替としても良好です。」
多発性硬化症
多発性硬化症は、筋肉のけいれん、痛み、振戦の襲われる。多くの患者の証言では、カナビスの喫煙によって症状が緩和することが知られているが、二重盲検による対照試験はまだほとんど実施されていない。
2008年4月のアメリカ神経学会年次総会でプレセンされた 予備研究 では、51人の多発性硬化症患者に、THC4%のジョイントを3日間毎日喫煙してもらった結果、けいれんの強さが32%、痛みが50%減っている。これに対してプラセボでは2%と22%だった。また、5人の人が、強度のハイ、めまい、疲労の副作用で中断している。
天然のカナビスから成分を抽出して舌下スプレーにした薬の多発性硬化症の臨床試験もいくつか行われている。2007年のヨーロッパ神経学ジャーナルに掲載された 研究 では、189人の患者のおよそ半数で、筋肉のけいれんが少なくとも30%改善されている。
しかし、2004年の神経学ジャーナルのカナビス抽出液を使った 研究 では、14人のうち5人が腕の震えの症状が改善したと証言しているものの、客観的な測定による軽減は見られなかった。これは、測定対象にはなっていない何らかの症状改善が、カナビスの気分改善効果の結果として出てきていることも考えられる。
吐き気
2008年のヨーロッパ癌治療ジャーナルに掲載された レビュー では、化学合成されたカナビノイドを使った30件の臨床研究を分析して、標準的に使われている抗嘔吐剤に比較して、カナビノイドのほうが化学療法にともなう吐き気や嘔吐の緩和効果が高いと結論づけている。そのようなカナビノイドの一つが合成THCのマリノールで、まさに抗嘔吐剤として食品医薬品局(FDA)の認証を受けている。
上のレビューは合成カナビノイドについてだけ検証したものだが、喫煙カナビスのほうが効力が高いという患者証言も多い。喫煙カナビスについては、抗レトロウイルス治療にともなう吐き気に苦しむHIV患者を対象にした 研究 が行われている。また、医療カナビス研究センター(CMCR)では、化学療法で吐き気と嘔吐に悩まされている患者についても喫煙カナビスの効果の研究を続けているが、グラント教授によると、実験に参加してくれる被験者の確保に苦労していると言う。
●反対派の主張
カナビスには害がある
ドラッグ乱用精神保健局(SAMHSA)の実施した最新のドラッグ使用&健康全国調査によると、アメリカではカナビスは最も広く使われている違法ドラッグで、過去1年間に使った人は2500万人、生涯経験者は1億人に上っている。
しかしながら、イギリス政府直属の独立機関で、科学専門家同士の集まりでもあるドラッグ乱用問題諮問委員会(ACMD)の委員長を務める デビッド・ナット教授によれば、カナビス中毒の率とその深刻度は、合法的なドラッグのアルコールやニコチンの中毒に比較すれば小さい。
確かに、カナビスのリクレーショナル利用は中毒を招くこともあり、煙による吸引は肺にとっては健康的とは言えない。研究者の中には、カナビスをヘビーに使っていると、精神病やうつ病のような精神の病気になりやすくなると主張している人もいる。
そのリスクの大きさはどのくらいで、医療恩恵を上回ると言えるほどなのだろうか? ホワイトハウス麻薬撲滅対策室(ONDCP)のトム・ライリー広報官は、2006年4月にFDAをはじめとする保健社会福祉省(HHS)の諸機関が 合同で発表した声明 を引用しながら、「そもそもカナビスには医療価値はなく、一方では、その害については衆知証明されている」 と語っている。
彼は、処方医薬品のバイオックス(Vioxx)の例を上げて、FDAは、バイオックスの効果が証明されているにもかかわらず、少数の人の心血管のリスクを高めることが分かって市場から撤退させていると指摘した上で、カナビス使用による悪影響はそれよりもずっと大きく、「カナビス依存症で治療を受けるティーンはアルコールなどの他のドラッグよりも多くなっている」 と言う。
麻薬取締局(DEA)が管轄する 規制薬物法 では、カナビスは第1表に分類されている。この分類のドラッグは、中毒するリスクが非常に高く、医療的な価値もないとされている。
しかし、この分類が行われたのは1970年で、その直後から分類変更を求める動きも活発に行われてきた。現在では、カナビスのリスクについては、科学者たちも見直しをはかっており、確かにリスクはあるものの、その程度は小さいという見方になっている。
例えば、10年ほど前にはONDCPの要請を受けて、全米アカデミー医学研究所が、科学的な証拠に基づいてカナビスの医療利用について徹底した調査を行っている。1999年に発表された報告書 では、「喫煙に関連する害を別にすれば、カナビス使用による悪影響は、他の医薬品で許容される範囲内におさまっている」 と書いている。
2008年2月には、アメリカでも2番目の規模の医師グループであるアメリカ内科医師会が医療カナビス研究への支持する ポジション・ペイパー を発表して、医師を刑事訴追から守ることと、カナビスの規制薬物分類を変更して害の少ないドラッグに分類し直すことを求めている。
一方イギリスでは、カナビスは、所持や売買の最も低いカテゴリーであるC分類に分類されている。現在、イギリス政府当局はもっと厳しいB分類にするキャンペーンを展開しているが、その諮問を受けたドラッグ乱用諮問委員会(ACMD)は、カナビスをより害のあるドラッグに再分類する 科学的な根拠はない と答申している。
カナビスのリスクを調査するのに当たっては、しばしばヘビーなユーザーが被験者に選ばれる。そのような研究デザインは簡単で便利ではあるが、ヘビー・ユーザーは通常、カナビス喫煙の他にも色々な特質を抱えているので、結果の解釈が曖昧でトリッキーになりやすい。
この点について、精神分析医でカナビス研究者としても知られるイギリス・ウエールズのカーディフ大学のスタンレー・ザミット教授は、ヘビー・ユーザーを使った研究では、測定された値の中からカナビスによる影響による部分だけを切り離して取り出すことは容易ではないと話している。
精神症
2004年にイギリスでカナビスのC分類へのダウングレードが実施されて以降、それに反対する勢力が中心になってカナビス使用と精神病の発症の間には関連があると盛んに叫ばれるようになった。ザミット教授は、2007年にイギリス保健省から、現在あるエビデンスを基にしてカナビス使用による精神病の長期的リスクを調査するように依頼された。
教授は多数の文献を調べて、一定の基準を満たす研究だけを集めてメタ分析を行い、結果を 2007年のランセット に発表した。この論文で定義している精神病には、妄想や厳格が見えるといった自己申告症状から、臨床的に感情病、不安障害、統合失調症などと診断された病状まで幅広い範囲の精神障害を含んでいる。
論文の中で、彼は、カナビスの使用が精神病のリスクの増加と関連していると結論付けている。しかし、リスクは小さいとも指摘している。カナビス使用による全体のリスク上昇は40%で、ヘビー・ユーザーの場合は2倍ほどになるとしているが、誰でも生涯に精神病を患うリスクは2〜3%なので、カナビス使用でリスクが増えたとしても最悪で5%にしかならない。
「従って、95%の人は、たとえ毎日カナビスを使っていても精神病にはなりません。」
「また、調査した論文には大きな制約も抱えています。リスクの上昇を引き起こしている原因が、実際にはカナビスそのものなのか決して断言できないのです。つまり、示されているのは相関関係だけで因果関係ではないのです。」
さらにヘビー・ユーザーの場合は、いろいろな面で通常のユーザーとは違った特質を持っているので、そうした要因がドラッグの使用を増加させたり、精神病のリスクを高めたりしている可能性があり、分析てはそのような可能性を完全に取り除くことはできない、とも言う。
結局、ザミット教授は最終的な結論として、「現在あるエビデンスからでも、精神病のリスクには注意する必要があると十分に言うことはできます」 と語っている。
これについて、ニューヨーク州立大学アルバニー校の精神分析医であるミッチ・アーリーワイン教授は、たとえ実際にカナビスの使用が精神病のリスクを高めたとしても、タバコなどの合法的なドラッグも含めて他のドラッグと比較すればリスクは小さい、と話している。
また、グラント教授は、1960年代にカナビスの使用が飛躍的に増加しているものの、その後の統合失調症発症数は増えていないと指摘している。「カナビスが統合失調症を引き起こすとすれば、使用率が増加すれば発症率も変わって来るはずですが、多くの研究で、発症率はずっと変わらず、最近では下がる傾向すらあることが明らかになっています。」
うつ病
2001年のアメリカ精神医学ジャーナルに掲載された 研究 では、1920人の成人を対象に15年間にわたってカナビスの使用とうつ病の関係を調べている。調査開始時点ではうつ病の症状が見られた人は含まれていないが、その後の経過で、カナビスを使っている人のほうが、使っていない人よりも4倍もうつ病の症状を起こしやすいことが示されたとしている。
この研究については、ザミット教授も2007年のランセット論文の中で他の23件の論文とともに検証しているが、データのほとんどは精神病とさえ言えないものだと言う。また、上の研究も含めて大半の研究が、カナビスを使いはじめる前にうつ病の症状が起こっていなかったか確かめておらず、うつ病の症状のある人はカナビスで自己治療していることも少なくないという現実のパラメータを除去できていないとも指摘している。
思考障害
2003年の国際神経心理学会ジャーナルに掲載された 文献レビュー では、カナビス喫煙後に体内からTHCが排出された後でも認知機能に影響が残るかどうかを検証している。その結果、カナビスの長期使用者では、単語を思い出すテストで記憶力に僅かな影響が残ることが示されたが、注意力、言語スキル、反応時間には差は見られなかった。
この研究を行ったグラント教授は、「実際に驚いたのですが、カナビスそのものがそのような影響を引き起こしていなくても、カナビス・ユーザーがあまり気にしないで不健康な行動、例えば、アルコールを少し多く飲んだり、他のドラッグを使ったりすることが、悪いテスト結果を起こしている可能性が見られるのです」 と言う。
2002年のアメリカ医師会ジャーナルに掲載された 研究 では、51人のヘビーなカナビス・ユーザー(1日ジョイント2本)に対して、15単語のリストを使った単語記憶テストを行ったところ、非ユーザーよりも平均で2〜3単語少ないことが示されている。(中断後平均17時間)
しかし、2001年の一般精神医学アーカイブに掲載された 別の研究 でも、61人のカナビス常用者について同じテストで調べているが、中断後1週間では悪影響が残っているものの、28日間の中断後ではその影響もなくなっている。
未成年の脳
脳機能と精神障害について調べた上の研究は、大人のカナビス・ユーザーについてのものだが、未成年の場合の影響については余り良く分かっておらず、データは錯綜している。
2000年に中毒疾患ジャーナルに掲載された 研究 では、58人のカナビス・ユーザーを集めて脳を画像診断装置で調べている。その結果、17才以前にカナビスを使い始めた未成年の場合には脳の構造に変化が見られたが、それ以降に始めた人には見られなかったとしている。
アーリーワイン教授は、「IQについても、週に1回程度の人や止めた人では変化はないのですが、ヘビーに使っているティーンでは若干下がるというデータもあります」 と指摘して、未成年期は、脳神経同士が多数の連携を新しく作る時期なので、カナビスのような精神活性のドラッグは、そのプロセスに悪い影響を与える可能性もあると言う。
肺
脳にどのような影響があるかという以前の話として、肺を通じてカナビスの煙を吸い込むとどうなるかという問題がある。カリフォルニア大学ロサンゼルス校デビッド・ゲフィン医学部の教授であるドナルド・タシュキン博士は、カナビス使用の呼吸器への影響について25年以上も研究を続けてきた。
1980年代に初頭には、280人のカナビスのヘビー・ユーザー(平均、1日ジョイント3本で15年間)を集めて、タバコの喫煙グループと比較している。カナビス・グループにはタバコを併用している人も含まれているが、タバコ・グループには、何も吸っていない人も含まれているが、カナビスの喫煙者は含まれていない。
タシュキン教授は、それ以来何10年にもわたってそれらのグループを比較した研究を行い、多数の論文を発表している。「これらの研究は、カナビスの常用している人では、肺に対してタバコの常用者と同じような影響を受けるはずだという仮説を立てて始めたのです。どちらの煙も、違いよりも似たところのほうが多かったからです。」
その後、タシュキン教授のチームは、カナビス喫煙グループには慢性気管支炎の症状が多いことを見出している。1987年のアメリカ呼吸器疾患レビューに掲載された 研究 で、タバコの喫煙者と同じように慢性的な咳、痰の生成、喘鳴などが見られることを報告している。
また、1998年にアメリカ呼吸器&救命医療ジャーナルに掲載された 研究 では、気道とその内側の細胞を調べた結果、カナビス・グループのほうが膨張具合や赤み、分泌液が多くなることを見出している。
タシュキン教授は、「生体検査では、タバコのユーザーと同じ程度に広範囲にわたって粘膜に大きなダメージを受けることが分かったのです。これは、タバコ・グループが毎日22本のタバコを吸っているのに対して、カナビス・グループのジョイント喫煙本数が3本でしかないことを考えると驚くべき結果でした。タバコよりもカナビスのダメージのほうが大きいことを示唆しているわけですから」 と言う。
だが、カナビス喫煙者とタバコ喫煙者とでは、もっと重要な点で違いがある可能性もあった。2005年のアメリカ疾病対策センターの統計データによると、カナビス・グループでは、タバコ・グループに見られるような深刻な慢性閉塞性肺疾患(COPD)が 起こっていない、とタシュキン教授は指摘する。COPDは、アメリカの死亡原因では第4位に上げられており、毎年13万人が亡くなっている。
一方、アメリカでは最も多い癌の一つである肺癌でも毎年16万人もの人が亡くなっているが、タシュキン教授は、カナビスの肺癌に対する影響を調べるために、600人の肺癌患者と、年齢や社会経済階層、家族歴、アルコールと他のドラッグ使用など癌に関連する可能性のある要因がマッチした対照群をつかって比較研究を行っている。
2006年のガン疫学バイオマーカー&予防ジャーナルに掲載された 研究結果 によると、癌と対照のグループの双方には多数のカナビス常用者が含まれていたが、統計的な違いは何も見られず、カナビスの使用と肺癌の間には何も関連のないことが示された。
これに対して、タバコ喫煙者では使用量が多くなるに従って肺癌のリスクは、1日1パック以下では30%、1〜2パックでは800%、2パック以上では2100%も増えることが示されている。
一方、タシュキン教授の結果とは逆に、肺癌のリスクが増えるという研究もある。その一つは、2008年のヨーロッパ呼吸器ジャーナルに掲載された研究で、79人の肺癌患者と300人の対照群を比較している。その結果、ヘビーではないユーザーではリスクの上昇は見られないが、10年間毎日カナビスを吸っているヘビー・ユーザーではリスクが5倍になるとしている。
だが、タシュキン教授は、この研究の規模があまりにも小さく、ヘビーなカナビス・ユーザーが20人しか含まれていないと 批判 している。「このようにサンプル数が少ない研究では、結果が異常なインフレ見積りになってもおかしくないのです。」
●バポライザーについて
有害な煙を出さずに喫煙と同等の効果
バポライザーは、カナビスの煙を発生せずに活性成分を蒸気にして取り出し、同じ医療効果が得られるようにした装置で、本格的なもの は2000年以降に見られるようになった。
今日では、喫煙するものはどのようなものでも健康に悪いと受け取られるので、サンフランシスコ総合病院で血液学と腫瘍学部門の部長で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のドナルド・アブラム教授は、新しいバポライザー吸引装置の性能を評価するために、18人の健康な被験者を対象にして予備試験を行っている。
アブラム教授は、「バポライザーは、燃焼が起こる温度以下でカナビスを熱する装置で、基本的にはヒート・エレメントと送風ファンで構成されています。生成された蒸気はファンによって上部に取り付けられたバルーン送り込まれますが、患者はそのバルーンから吸引するわけです」 と説明する。
2007年の臨床薬理&治療学に掲載された 研究 では、THCのレベルは喫煙した場合と実質的に同じで、被験者は同じように 「ハイ」 になったと報告している。吐き出した息には、喫煙した場合の一酸化炭素は全く見られず、喫煙するよりもバポライザーを使ったほうが気持ちが良いと言う感想も聞かれる。
サンディエゴの医療カナビス研究センターのグラント所長は、「この研究で、喫煙に頼らなくでもバポライザー装置を使えば、カナビス全体の成分を安全に効果的に搬送できることが示されたわけです」 と話している。
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