カナビスと新薬開発

医学研究の潮流変化

人間のカナビス医療利用には数千年の歴史があるが、その薬用成分が明らかにされてきたのはここ半世紀ほどのことに過ぎない。それは、カナビスの成分や人間の生理機能が余りにも複雑で、科学的に調べるための十分な知識や装置がなかったからだった。

カナビスの医療利用は、長い歴史のなかで膨大な経験が積み上げられてきたが、20世紀半ばの禁止法の施行によってその経験の多くが隠蔽され忘れ去られてしまった。

カナビスの研究といえば、政府が拠出する膨大な研究費に群がる研究者たちのカナビスの悪害証明が主要なテーマになってしまった。

しかし、出てくる結果は、当初意図したものとは全く正反対でカナビスの危険性を疑問視するものが大半だった。やがて、研究テーマを失った研究者たちは、科学的探求心と職業維持のためにカナビスの医療利用の研究に目を向けるようになった。

一方、近年のカナビス使用の広まりとともにその医療的な経験が再び見直され,住民からは医療カナビスを求める声がいっそう大きくなった。そうした世論とバイオケミストリーや脳医学や探索装置の発達がカナビスの科学研究を後押しした。

21世紀に入りカナビノイド・レセプターとエンドカナビノイドの作用の仕組が解明されると医学研究の成果が一気に噴出してきた。それに伴いカナビスの悪害を追求する研究は完全に傍流へと押しやられた。科学が科学らしさを取り戻し、カナビス・コミュニティで長く語られてきた経験にやっと科学が追い付いてきた。

例えば、2006年6月にハンガリーで開催された国際カナビノイド研究学会(ICRS)では、科学者や、薬理学者など350人以上の専門家が集まり200以上の研究発表が行われている。

学会のスポンサーにも、サノファ・アベンティス、アラガン、アストラゼネカ、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ、ケイマン・ケミカル、イライリリー、メルク、ファイザー、などの大手の製薬関連会社が名前を連ねている。また、サティベックスで知られるGW製薬の名前もみられる。

学会で発表された研究のアブストラクトはPDFでも読むことができる。カナビノイド・レセプターとエンドカナビノイドについての関心がいかに高くなってきているかがかわかる。


医薬品の開発と認可

現在の医薬品としての認可基準からすれば、成分や品質の一定制を明らかにすることが求められるが、カナビスそのものではこの基準に合致しないので、カナビスが正式の医薬品として認可される可能性は全くといってもよいほどない。

カナビスを医療利用したい患者や医師からすれば、カナビスが安全なもので実際に医療効果を実感できれば認可医薬品かどうかは2次的な問題に過ぎないが、製薬会社の立場からすると、医薬品の開発には長い期間と多額の費用が必要なために特許や寡占的な販売が見込まれないと手を出すことができないという事情がある。


IOM, Marijuana and Medicine:   Stages of clinical testing  クリックで拡大

マリノールを開発したロクサン・ラボは,禁止法以前はコロンバス製薬としてカナビス医薬品を製造販売していた。また、市場投入はされなかったが、1985年にTHC製剤セサメットを開発したイーライリリー社も禁止法以前からカナビスに取り組んでいる。

当然のことながら、製薬会社は自然の植物を独占することはできないので、開発の対象は特定の成分を合成したり、投与法を工夫したりすることに向けられるが、最近までカナビノイドの治療メカニズムがあまり解明されていなかったために、これまでは単純な医薬品しか提供できなかった。

それでも、現在ではカナビスが単に禁止されているという背景に守られて製薬会社はなんとか市場を確保しているが、医療カナビスの使用が認知されて患者自らがカナビスを栽培して薬を自給できるようになると、この構造は崩壊してしまう。


カナビスの医療効果判定

天然のカナビスが医薬品として認可されていないので 「効果は証明されていない」 と的外れなことを言う人も少なくないが、逆にいえば医薬品の認可試験が行われて効果がないと証明されたこともない。

実際には、天然のカナビスには医療効果がないわけではなく、成分・品質が一定していないこと、喫煙で摂取されること、特許の対象にならないことなどから、単に製薬開発の対象とはならないだけのことの過ぎない。

多くの患者が天然のカナビスの安全性や医療効果を実感している (マリノール対天然のカナビス)。ところがこれに対しても、患者の証言などあてにならないと乱暴なことを言う人がいる。しかし、医学の根本は患者の証言にある。医薬品の認可テストでも、テスト薬の有効性を最終的に決定するのは患者の証言なのだ。

医薬品の臨床試験では二重盲検法によって薬の有効性が評価されるが、この方法はもともと製薬会社や医療の提供側の立場に立った評価法ということができる。例えば、ある試験薬によって対照群よりも60%の人に治癒効果が認められれば優秀な医薬品と判定されるだろう。だが、患者からみれば、それでも40%の人に対してはその薬は役に立たない。

患者側の立場から効果を判定する方法としては、N-of-1 trial というアプローチがある。この方法は、特定の一患者に対していろいろな治療法を適用してどの治療法が一番有効かを判定するもので、医師の厳格な監督と文書管理のもとで、患者にすべての情報を与えて実験新薬や未認証の薬なども投与して実施する。

その結果、カナビスが一番効いたと患者と医師が判定すれば、その患者にとってカナビスが有効な薬と言うことができる。実際に、カナビスの有効性を証言しているケースは、認可医薬品をいくつも試して効かなかった患者がカナビスで症状の改善を得た場合が大半をしめている。


天然のカナビスとカナビノイド新薬の複合利用

カナビスは西洋医学で言うこれまでの医薬品とは違う。普通、医薬品は特定成分だけを抽出したり化学合成して製造するが、カナビスを構成する化合物は多様・複雑で、全体が複合して好ましい効果を発揮する。とても現在の製薬技術程度ではそのすべてを再現することはできない。

確かに成分を純化して含有量を一定にした医薬品もめざましい効果をもっている。しかし、これは対応する体内の処理システムが一方向の働くような割りと単純な場合に特に言えることで、刺激をフィードバックしながらバランスをとるような複雑なシステムが介在する病気ではせいぜい限定的な効果しか期待できない。

カナビスを体内で処理するエンドカナビノイド・システムは逆方向の神経経路をもっている。この経路や働きが明きらがにされたのはやっとここ数年のことに過ぎないが、それほど隠されていた機能でいままでの常識が通用しない。だが、この機能が発見されたことで、これまでとは全く違った医薬品が開発される可能性も出てきた。

今後、製薬会社が求めらるのは、マリノールやサティベックスのような単純な天然のカナビス・アナロジーや代替品ではなく、よりピンポイントで選択的にカナビノイド・レセプターに作用して特定の病巣に効果のある医薬品の開発だろう。

例えば、合成カナビノイドのデクサナビノール(HU-211)には静脈注射できるという特徴があり、血栓症や塞栓性発作や、頭を強打して脳症候群を起こして意識を失ってしままった人などには、直後に静脈注射すれば有効な可能性がある。

また、精神効果を引き起こすCB1レセプターには作用せず、CB2レセプターだけに選択的に作用して精神効果を起こさないカナビノイド派生商品が開発されることも考えられる。さらに、スキンパッチ、坐薬なども、「乱用の恐れ」のあるという規制薬物法の定義に制限されないので、普通の薬のように扱うことができる。

だが、研究は始まったばかりであり、こうした医薬品が本格的に登場してくるには2020年ごろまでは待たねばならないかもしれない。

一方、天然のカナビスの場合は、品種や栽培方法によって成分や強さが多様で、成分が一定の普通の医薬品とはまったく異なるが、このことが欠点になるようなことは余りない。むしろ症状により適合した品種を選べることや、発現の早い喫煙やバポライズで摂取量を患者自身でコントロールできるといった利点もある。そして、何よりもカナビスには実質的に致死量が存在しないという安全性がある。

天然のカナビスは「薬草」であり、漢方のように体全体の調子を整え、例えば、不眠や神経痛や食欲不振など日常生活のクオリティを高める働きがある。こうした効果は上のピンポイント医薬品とは守備範囲が違うばかりか、患者自身でも栽培できるので経済性なども全く違う。両者は択一的なものではなく、複合利用してこそ最大の医療効果が期待できる。

また、医療の根本を支える医師に対しては、今後、天然のカナビスの品種による効力の違いなどとともに、特別にチューニングされたカナビノイド医薬品を上手に組み合わせて利用する方法について学ぶことが求められるようになるだろう。