カナダの医療カナビス・システムと実際

Source: Monday Magazine
Pub date: 27 Feb 2008
Subj: Blowing Smoke
Author: Jason Youmans
http://www.mapinc.org/drugnews/v08/n227/a02.html



フラストレーションと混乱の極み

カナダのビクトリアに住むティム・ウイルキンスさん(仮名)は、昨年、医療カナビスの所持のライセンスの更新のために、カナダ保健省指定の8ページにも及ぶ書類を苦労して書き終え、医師の署名に65ドルを払って書類を整えて、8月22日に保健省カナビス医療利用課 (MMAD、Marihuana Medical Access Division) に送った。期限が切れる13週間も前だった。

ウイルキンスさんは、「もう何年か経験がありますから、処理に時間がかかることを知っていますから」 と言う。新しいライセンスは11月27日に届いたが、8週間以内に発行するというMMADの約束よりも5週間も遅れていただけではなく、古いライセンスの有効期限も3日過ぎていた。

「このシステムはフラストレーションと混乱の極みですが、さすがにここまで来るとジョークみたいですよ。以前は、政府の連中がこれほど能力がないまぬけで、イライラするのろまだとは思ってもみませんでした。」

35才になるウイルキンスさんは、石油ガス会社の地震探索の仕事をしていたが、遺伝性の運動・感覚神経障害による変性と筋肉の消耗疾患で絶え間のない慢性痛に襲われて仕事をあきらめなければならなかった。1999年に同僚から痛みの緩和にカナビスを試してみればと奨められる前は、カナダで違法になっているドラッグをやってみようなどとは思ったこともなかったと言う。

「私は、今も昔も法律を守る市民ですからね。ですが、医療カナビスが自分にとってどういうものなのか突然分かったのです。」 彼は、製薬会社の処方医薬品には強い副作用があるが、カナビスを吸うとそうした副作用なしに日々の痛みが何とか緩和できると言う。

だが、この記事で本名を使うことを断ったのは、まだ世間には医療カナビスを使うことに顔をしかめる人が少なくないからだとも話している。

ライセンス対象疾患および症状
  カナダ保健省カナビス医療利用課(MMAD)は、渋々ながらも、次の7種類の疾患と病状に対して医療カナビスに治療効果があると認定している。

 
 
  • 多発性硬化症: 激痛と筋肉けいれんの症状緩和
  • 脊髄損傷: 激痛と筋肉けいれんの症状緩和
  • 脊髄疾患: 激痛と持続性の筋肉けいれんの症状緩和
  • 癌: 激痛、悪液質、無食欲、体重減少、激しい吐き気の治療
  • HIV/エイズ: 激痛、悪液質、無食欲、体重減少、激しい吐き気の治療
  • 重度の関節炎: 激痛の治療
  • てんかん: 発作の治療
  •  


    やる気のない政府

    今日では、ウイルキンスさんのような進行性の重度疾患を抱える人たちが、筋肉の弛緩、痛みの緩和、抗鬱、食欲刺激などさまざまな症状の治療にカナビスをきちんと使えるようにしようとますます大きな声を上げるようになってきた。しかし、決定的な力を持つ政府の支持を勝ち取るには大きな壁が立ちはだかっている上に、官僚たちののらりくらりした態度がますます怒りを助長している。

    これまでカナダの裁判所は、政府に対して、患者に医療カナビスを確実に提供することや、民間による供給を法的に保護するように繰り返して命令を出している。しかし、医療カナビス提供を担うカナビス医療利用課とその運用フレームワークとなるカナビス医療利用規則(MMAR、Marihuana Medical Access Regulations)は、正式な政治の意志決定を経ていないので中途半端なままの状態になっている。

    医療カナビス支持者や法廷の弁護士や原告たちは、このことで、国で最も弱い人たちが最前線で闘うことを余儀なくされていると口を揃える。

    政府は通常の医薬品を使った治療については熱心に取り組むが、どうして同じような熱意を持って医療カナビスに取り組もうとしないのか?

    現在の保守政権だけでなく前のリベラルな政権も同様に、研究が十分でないことと国連の単一条約を守る義務があることを理由に上げているが、批判家たちは、政府側の頑なな姿勢はドラッグ戦争に執着するアメリカ政府からの圧力と、効果のある天然の薬が市場に溢れることを恐れる製薬産業の横槍が原因だと指摘している。

    いずれにせよ、政府が医療カナビスの分野に熱心でないことは間違いなく、医療カナビスを推進しようとしている人たちから見れば、保健省のカナビス医療利用課は、医療カナビスを安全に安く提供しようとする信頼できる供給源とは言えず、むしろ反対にその障害にすらなっている。


    政府の認定患者数

    ビクトリアに住むジェーソン・ウイルコックスさんは、「マリワナの医療利用の担当課(Marihuana Medical Access Division)などという陳腐な名前を付けていることからして、このプログラムには初めから失敗が運命付けられていたようなものです」 と言う。

    彼は、15年前にHIV/エイズ陽性と診断されて以来、食欲の促進、痛みの緩和、ステロイドによる興奮作用の抑制、体の消耗防止のために医療カナビスを使ってきた。また、医療カナビスを使うことで、それまで使ってきたステメチル、レストーラル、パーコセットなど4種類以上の処方医薬品をやめることができたとも話している。

    ウイルコックスさんは、カナビス医療利用課が発足した当初から付き合ってきたが、山のような問題に遭遇してきた。遅延は当たり前で、説明は矛盾し、製品やその摂取の方法に関するアドバイスは全くなく、栽培に際して直面する法的な問題にも答えられない。こうしたことについては、このプログラムに登録した人の数を見れば一目瞭然で、うわべだけで体制を整えたことがすぐ分かると指摘する。

    確かに、2007年12月現在、政府から所持を認められた患者数は2329人しかいない。プロググラムが開始されたのが1999年であることを考えれば惨憺たる結果というほかない。

    実際、保健省の委員会が2002年に発表した研究では、医療目的でカナビスを使う人の数を120万人と予想していた。また、1999年にはアメリカのオレゴン州でも医療カナビス・プログラムが始まっているが、人口がカナダの10分の1で、しかも依然としてドラッグ戦争が続いているにもかかわらす、登録者数は1万5927人まで増えている。

    さらに驚くべきことに、2329人の認定患者のうち、政府の提供している医療カナビスを利用している人はたった488人しかいない。この数についても、批判家たちは、政府のカナビスの品質が悪く返品してきた人の数を含んだもので、実際の利用者はさらに少ないはずだと言う。


    実際の医療カナビス・ユーザー数

    プログラムの開始からほぼ10年、政府自身が医療カナビスの提供を始めたのは2003年から5年も経っているのに、医療カナビスユーザーの大多数は、法的には違法と考えられている方法でカナビスを入手し続けている。

    ビクトリアにあるバンクーバーアイランド・コンパッション・ソサエティでは、症状を証明する医師のサインさえあれば医療カナビスやその製品を提供しているが、創設者のフィリップ・ルーカス代表によれば、会員745人の中で政府の認定カードを持っている人は60人程度しかいないだろうと言う。

    また、ビクトリア・カナビス・バイヤーズ・クラブの創設者のテッド・スミス代表は、市内にある店には2200人〜2300人の患者が医療カナビスを求めてやってくると言う。もちろん、医師の医療カナビスを推薦する証明書は必要だが、「保健省の書類の書いたことのある人は、たぶん100人から150人くらい」 しかいない。

    2006年には、ダンカン市でアイランド・ハーベスト (カナダでは唯一有機栽培認定を受けた医療カナビスを提供していることでも知られている) を運営しているウエンディ・リトルとエリック・ナッシュの二人が調査を実施している。

    その結果によると、コンパッション・クラブ全体ではおよそ1万5000人に医療カナビスを提供している。この数は、カナビスを医療利用していると見積られている120万人のおよそ1.3%で、保健省のカナビスの0.02%と合算しても1.32%に過ぎず、医療カナビス・ユーザーの98.68%が友人やストリートのブラック・マーケットでカナビスを調達していることになる。

    カナダの裁判所は、国には合法的で安全で信頼できるカナビスを提供する責任があると明確に裁定を下しているが、この数字を見ればいかにそれが達成されていないのか如実に示している。ルーカス氏は、「これが他の保健プログラムだったなら、国民は激怒していますよ。ですが、問題が医療カナビスのことになると、政府の数字には普通のスタンダードが適用されなくなってしまうのです」 と憤る。

    ジェーソン・ウイルコックスさんは、カナダの医療カナビス・ユーザーたちは闘い続ける中で権利を僅かづつ獲得しきたが、その権利をさらに拡大する必要があると言う。「裁判所はすでにわれわれの権利を認めているのに、なぜ、体が不自由で死にそうなわれわれが闘い続けなければならないのでしょうか? 体が不自由でも、まだ歩き続けろと言うのでしょうか?」


    困惑する政治家たち

    確かに、国が医療カナビス・システムを標準的な医療システムとして受け入れることになれは、政府は全く無視を決め込むとまでは言わないまでも、なかなか前へ進もうとしなくても驚くほどのことでもないだろう。

    現在のカナビス医療利用プログラムは、もとはと言えば、政府が主導した科学研究や聞き取り調査をもとに思いやりに根ざして作られたわけではなく、さまざまなレベルの裁判所の命令を受けて、官僚がにわか作りで始めたものだからだ。

    1999年のHIV患者のジム・ウエイクフォードが治療のためにカナビスを栽培し所持する権利をめぐって争われた裁判で、オンタリオ高等裁判所は彼の権利を認めて、逮捕の恐れなくカナビスを利用できるようにすることを保健省に求めた。これに対して、政府は正面から控訴せずに嫌々ながら判決を受け入れて、これからは基準を満たした患者には規制薬物法56条の適応除外が受けられるようにする宣言した。

    この時以来、政府は、裁判所の命令には最小限度の小手先で対応するようになり、患者側が裁判に訴えて憲法違反だという判決が出て命令されるまで何もしようとはしなくなった。

    2000年にはオンタリオ控訴審が、基準も明確ではなく規制監督する部署もないままに規制薬物適応除外をするのは憲法違反だという判決を下し、保健省に対して医療カナビスを合法的に定常供給することを求めた。これを受けて、保健省は2001年にマニトバ州のプレイリー・プランツ・システム社とカナビスの栽培委託契約を交わし、カナビス医療利用規則(MMAR)を定めて認定患者に写真付きのIDカードを発行するようになった。

    しかし、患者への医療カナビス配布システムをなかなか整備しようとせず、2002年に保健省の大臣を引き継いたアン・マクレランは、カナダ医師会の年次総会で、「この問題については、ここにいる人たちと同じように、科学的な証拠に乏しく、法的にも後ろ向きな問題であると思っています。とりわけ、反タバコ・キャンペーンを推し進める最大勢力である政府の所管責任者としては、何とも皮肉な立場に置かれていると感じています」 と語り、計画を棚上げする意向を示した。

    この時はまた、「確かに裁判所は何らかの折り合いをつけるように言っていますが、必ずしも私や前任のアラン・ロックに義務を負わせているとは思っていません。裁判所は進むべき方向を示しただけです」 と語っている。

    だが今日からして見れば、マクレラン大臣の懸念は全くの取り越し苦労で、医療カナビス患者の多くはジョイントを吸うのではなく、煙による発癌性物質が発生しないバポライザー装置で蒸気を吸引したり、成分を濃縮したスプレーで吸入したり、粉にしたカナビスをクッキーやカプセルにしたり、チンキやオイル、あるいはお茶にして摂取している。また、ビクトリア・カナビス・バイヤーズ・クラブでは、筋肉や関節の痛みを緩和するパッチすら開発している。

       
    保健省の発行しているライセンスの種類
     
  • 所持許可ライセンス  (ATP, Authorization to Possess)
  •      医師の推薦した量のカナビスを所持できる患者ライセンス。

     
     
  • 本人栽培ライセンス  (PPL, Personal-use Production Licence)
  •      所持許可ライセンスを持っている本人が、医師の推薦した医療必要量までカナビスを栽培できる患者ライセンス。

     
     
  • 指定者栽培ライセンス  (DPL, Designated-person Production Licence)
  •      所持許可ライセンスを持っている患者が指定したケアギバーが、患者の医師が推薦した医療必要量までカナビスを栽培できる指定者ライセンス。ケアギバーは複数の患者から一度に指定を受けることはできない。  


    入手可能という幻想

    政府が煮え切らない状態を続けている中、2003年1月にオンタリオ高等裁判所のシドニー・レーダーマン裁判官は、政府の医療カナビス・プログラムが安全で合法的に 「入手可能という幻想」 を作り出しているだけに過ぎず、憲法違反だとして、7月9日までにカナビス医療利用規則(MMAR)で認定された医療ユーザーが合法的にカナビスの供給を受けられるようにすることを政府に求めた。

    保健省は、期限の前日の7月8日になって、認定患者から書面による申し込みがあれば、プレイリー・プラントシステム社の栽培した医療カナビスを提供すると発表した。オランダでも同年の9月から薬局で政府の医療カナビスの販売を開始しているが、それよりも僅かに早く、国が医療カナビスを配布するのは、温情プログラム(IND)で1979年に初めて政府が医療カナビスを配布したアメリカに次いでカナダが2番目の国になった。

    しかしながら、これで保健省のプログラムの問題が解消されたわけでもなかった。10月7日には、オンタリオ控訴審でカナビス医療利用規則には新たに5箇所の項目が憲法的に妥当ではないとする裁定が下された。その中には、ケアギバー栽培に対する報酬禁止や一人の患者にしか供給できないとしている制限、コンパッション・クラブに対して栽培や製品の製造を制限している条項などが含まれていた。

    だが、12月になって保健省は、認められていない製品の流通をコントロールする必要性や、薬局で販売するために医薬品としての基準を保つ必要性、国連の単一条約を遵守することなどの理由も盛り込んで制限を正当化する新たな利用規則を出してきた。そこには、医療カナビスを薬局で販売することを認める条項そのものは含まれていないが、それは現在でも変わっていない。

    新たな利用規則をめぐっては、2008年1月に連邦地裁のバリー・ストレイヤー裁判官が、ケアギバーの提供できるのは一人としている制限について憲法違反だという判断を示している。

    ストレイヤー裁判官は、「私の見解とすれば、これまでの裁判で認定医療患者には適切なカナビスを入手する権利があるという判決が確立しており、連邦政府側が自身の契約者から購入することを強要したり、自分で栽培するか特定の栽培者一人に強制したり、あるいは政府と契約していない栽培者が供給できる患者数を不必要の制限することは、権利と自由の憲章とは相容れず、反論に耐えらるだけの根拠を持っていない」 と書いている。

    また、バンクーバーアイランド・コンパッション・ソサイエティも、現在、2004年にメトチョーシンの施設が強制捜査を受けたことに対して、保健省が民間に医療カナビス供給を恣意的な基準で不必要に制限しており憲法違反だとして、ブリティシュ・コロンビア最高裁で争っている。

    いずれにせよ、こうした裁判を通じて、政府の行動を最初に要求したのは患者たちであり、今もカナビスの医療利用システムを改善するように求め続けているのもまた患者たちである事実には変わりない。


    超スローモーな事務処理

    多くの患者さんは、保健省のカナビス医療利用課の対応にはコンパッションのかけらもなく、書類の処理には気の遠くなるような遅れは当たり前で、電話での問い合わせにも長い時間待たされると口を揃える。

    すっかりフラストレーションの塊と化したティム・ウイルキンスさんは、「もう何度も問題を経験していますので、今ではすべての電話やメールのログを残してあります。笑えないコメディですよ」  と言う。

    もし政府がカナビスを合法的な正規の医薬品の一種と考えていたならば、それを扱う部署の人間はこれほどまで侮辱的でぞんざいな扱いをすることは決してないのではずだが、患者支援グループのカナディアン・フォー・セーフアクセスが情報公開法を使って入手した2006年7月11日のカナビス医療利用課のスタッフ・ミーティングの議事録を見れば、患者の前に立ちはだかる壁がどのようなものなのか垣間見ることができる。

    この議事録では、スーザンという名の女性が登場して、更新手続きの変更点に関するコールセンターのスタッフ側の対応方法について書かれた 「標準電話対応」 と呼ばれる文書の説明をしている。

    「現在のプログラムでは、更新申し込みに必要となるすべての書類が整ってから更新ライセンスの発行まで8週間ほどお待ちいただくことになります。必要なすべての書類を受け取ってから6週間経たずに電話での問い合わせをいただくと、いったん待ち順ファイルから外されることになりますので、更新手続きの見直しや処理が遅れることになります。」

    スタッフたちはこのように説明するように指導されている。医療カナビス・コミュニティでは日頃から、保健省の係に問い合わせすると、順に並んだファイルから質問者のファイルを取り出して、終わると順番の最後に戻しているという噂が流れていたが、この議事録はそれを裏付ける恰好になっている。


    恐ろしいほど複雑で非効率

    ウイルキンスさんは、「通じる電話回線が1本だけで、問い合わせサービスでは一度に一人づつ対応して、名前と電話番号を聞いてから1日に2度ほどまとめてカナビス医療利用課に回しているようです」 と言う。

    保健省側は、どのような質問にも3営業日以内に回答することを約束しているが、ウイルキンスさんの電話のログを見ると、2007年のライセンス更新での問い合わせには、36日もかかっている。昨年の回答は41日後になっている。

    こうした遅れについては、問い合わせに応じているカナビス医療利用課のスタッフは2人だけしかいないので、ますます約束が遅れるのも当然かもしれない。また、2007-8年度の利用課全体の予算もたったの94万1109ドルしか計上されていない。

    ダンカンに住むグレン・スパイサーさんは、更新書類はライセンスの期限が切れる4ヶ月も前に提出したのに、「期限を2日過ぎた今でも何の音沙汰もない」 と言う。アーティストで生物学者でもあるスパイサーさんは、前立腺癌の痛みの治療に医療カナビスを使っている。

    彼はまた、保健省は書類の山を前にしながらも、ごく単純なことを 「恐ろしいほど複雑化して、非効率」 になっていると指摘する。「カナビスよりもはるかに危険な医薬品であっても、医者のところに行けば簡単に手にいれられますよ。」

    所持許可ライセンス (ATP) の申請書は33ページもある厖大なものになっている。これに、住所の変更や医師の変更などがあれば、さらに追加の修正書類を提出しなければならない。これに対して、オレゴン州の医療カナビス・プログラムでは、最初に提出する書類は8ページしかない。また、保健省のライセンスでは、たとえ病状が慢性的であったり終末期であったりしても毎年更新することが要求されている。

    バンクーバーアイランド・コンパッション・ソサイエティのルーカス代表は、保健省が患者の要求に迅速に対応できないのであれば、コンパッション・クラブを法的に保護して責任を移譲すべきだと言う。「医療カナビスは、しばしば、死期の迫った人を落ち着かせて尊厳のある死をむかえさせてくれますが、政府のプログラムがこうした人のニーズに対応していないために、犯罪者として死ぬことを余儀なくさせているのです。」

    しかし、保健省の部署を担当するウイリアム・キング主任は、アイランド・ハーベストのリトルとナッシュの両代表に宛てた2007年1月の手紙の中で、「コンパッション・クラブにはカナビスを生産したり販売したりすることは法的に認められていません。そのような活動は規制薬物法に違反することになります」 と主張している。


    患者たちを傷つける保健省の熱意の無さ

    カナダが医療カナビスを受け入れる予備段階から今日に至まで、保健省は、サービスに対する患者たちの満足度を本格的に調べる必要があると考えたことは一度もなかった。利害関係者を集めた検討会が2度ほど開かれたことはあるが、この会議は患者から意見を聞く目的ではなく、患者側の代表は最小限に抑えられる一方で、警察や製薬会社の代表が参加したものだった。

    保健省が必要ないとして見ようとしていなかった患者たちの経済状態や意識については、フィリップ・ルーカス氏とグェルフ大学の教授が協力して調査しているが、その研究結果(未発表)からは、医療カナビスに対する保健省の熱意の無さが誰を傷つけているのか如実に示されている。

    例えば、調査対象グループの経済状態で最も大きな部分を占めているのが年収1万〜1万9000ドルの人たちで、全体の4分の1以上の28.6%になっている。また、以前より家計が苦しくなって食事が満足に取れなくなったと悩んだことがありますか、という質問に対しては、「時々ある」 にチェックしている人が最も多く、33.7%に達している。

    このことは、政府のプログラムに対する批判の多くが、価格が安く安定的に入手できるカナビスを必要としている社会の底辺で暮らしている人たちから出されていることを示している。これに対して、お金のある患者たちは、たとえブラックマーケットからカナビスを調達する場合であっても、もっとずっと容易に逮捕される恐れも少なく入手できる。

    ジェーソン・ウイルコックスさんは、その他にも保健省のプログラムには入り交じったメッセージが影を落としていると指摘している。カナビス医療利用規則で決められているライセンスには、患者本人のカナビスの栽培を認めたPPLライセンスがあるが、それが現在では混乱の一つになっていると言う。

    保健省のウイリアム・キング主任は2007年の手紙の中で、「保健省では、本人栽培ライセンスを序々に廃止していくことを目指しています」 と書いている。このことに関してウイルコックスさんは、政府がPPLライセンスを導入した当初から言っていることだからと一応冷静には受け止めている。

    だが、彼は、現在、パートナーで同じHIV患者のアン・ヘノビーさんと栽培したカナビスを分け合ったりしてやりくりしているが、PPLライセンスが将来どうなるのかわからず、政府は早くはっきりしてほしいと思っている。

    「彼らは、何ができるのかを知らせないことで私たちを人質に取っているのです。引っ越して新しい家庭の持っても栽培を始めた途端に、個人栽培のルールが変わったと言って警察にドアを蹴破ぶられるようなことになるのはまっぴらですからね。」


    ハイコストな保健省のカナビス

    ウイルコックスさんは、昨年は栽培に失敗して、新たな植物が育つまでの4ヶ月間は政府のカナビスを注文してしのいだが、その代金6726ドルは未払いのままで、毎月2.5%の利子まで請求されている。彼は7才の娘を抱えて公共住宅にに暮らしているが、年収は障碍者手当てのおよそ1万ドルしかなく支払うこともできない。パートナーのヘノビーさんも約3000ドルが未払いになっている。

    カナダでは、医療カナビスは州の健康保健に対象にはなっておらず、保健会社も補償対象にすることはほとんどない。このために、医療カナビス・ユーザーは費用のすべてを全額自分で賄わなければならないが、ウイルコックスさんとヘノビーさんは、保健省からの請求書を無視することを選んだ。

    「今では、二人とも請求書の封を開けて見ることもありません。」

    昨年の4月には、保健省がプレイリー・プランツ・システム社から仕入れたカナビスには15倍もの値段が付けられて販売されていることが明らかになったが、それに憤慨したウイルコックスさんとヘノビーさんは、保健省のトニー・クレメント大臣に宛てて手紙を書いて、そのような大幅な利益をのせている理由の説明を求めた。

    クレメント大臣から直接の返事はなかったが、手紙を回されたカナビス医療利用課のロナルド・デナウルト課長からは、「ご指摘の件ですが、保健省の提供している医療カナビスには一切利益は上乗せしていません。保健省では、均一で高品質の医療カナビスを認定した人たちに相応な値段で利用していただけるように誠意努力しております」 という返事が送られてきた。

    しかし、デナウルト課長の言い分は、情報公開法で仕入れ価格を調べたブリティシュ・コロンビア・コンパッション・ソサイエティのライエル・カプラー研究員の分析とは全く異なっている。

    政府がプレイリー・プランツ・システム社と交わした契約書では1キロ当たり328.75ドルで年間420キロ仕入れることになっているが、カプラー研究員は、この重量にはカナビスで最も効力のある花の部分だけではなく、茎や小枝、種、葉なども含んでいることを忘れてはならないと指摘している。

    カプラー研究員の見積りによれば、保健省を通じてカナビスを購入した人全体では1キロ当たり5000ドルで、1オンスあたり約10ドルのカナビスがユーザーの手にする最終価格で150ドルになっている。また、この調査の行われた昨年の4月の時点での保健省の負債総額は30万ドル以上で、契約開始からそれまでにプレイリー・プランツ・システム社に支払われた金額は総額で1027万8276ドルになっていると言う。

    保健省のウエブサイトによれば、2007年4月の所持許可ライセンス(ATP)保持者は1742人で、そのうち政府のカナビスを購入しているのはたったの351人だけしかいない。


    コンパッション・クラブのバッズ(THC18%)と保健省のカナビス(同12%)
    保健省のカナビスは、茎や小枝、種もグラインドされて含まれている
    Too many unanswered questions: Health Canada Cannabis


    単一栽培と独占の弊害

    保健省のカナビスは、マニトバ州フリンフロンの銅と亜鉛鉱山の廃坑を利用したプレイリー・プランツ・システム社の地下農場で独占的に栽培されている。

    保健省は、単一品種による栽培であるについては製品の均一性を保証するためだとしているが、カナビスの医療効果は品種ごとに異なっているために一種類だけではそれそれの患者の病状に十分に対応できない。特にサティバ種とインディーカ種では生理的にも精神的にも効果に大きな差があり、保健省の主張は現実的ではなく大きな問題になっている。

    また、医療カナビス・ユーザーは喫煙ばかりではなくカナビスをクッキーなどに加工して摂取しているが、保健省は国の提供するカナビスを加工すること明示的に禁止しており、摂取方法も限定されてしまうという問題もある。

    この点について、デナウルト課長の手紙には、「いずれにせよ、化学的にTHCを抽出するといった方法については、カナビス医療利用規則(MMAR)の中では想定していません」 と書いている。

    カプラー研究員は、合法医療カナビスの配布を政府の手に委ねておくことは、患者ばかりではなく納税者の利益までも踏みにじることになると指摘している。

    「保健省が1500%のも粗利を上乗せしていることは、供給源の独占によって生じるリスクの大きさを浮き彫りにしている。保健省の政策とプログラムは非効率なやり方で納税者に税金の負担を強いるもので、一私企業の資本と設備の充実のために独占を許してボロ儲けさせ、患者と納税者に不利益を押しつけているように見える。」


    本人栽培に待ち受けるさまざまな障害

    たとえ本人栽培ライセンス(PPL)を持っている患者さんであっても、必ずしも簡単に栽培できるわけでもない。ティム・ウイルキンスさんの最近の経験はそのことをよく物語っている。

    ウイルキンスさんは、本人栽培ライセンス保持者で自分でカナビスを栽培することが認められているにもかかわらず、カナビスを栽培していることを理由に住んでいたアパートを追い出された。新しく移った家でも栽培できないために、オンライン広告サイトのクレイグリストを使って、栽培のための場所を喜んで提供してくれる人を募った。

    最終的には、小さなボビー農園に住んでいる中年の仕事持ちカップルと契約することにした。ウイルキンスさんは理想の場所を見つけたと思い大いに期待していたが、その期待はあっさり裏切られて地下室で栽培することを要求された。まもなくウイルキンスさんとカップルとの関係もおかしくなり始めた。

    カナビス医療利用規則では他人が栽培場に入れないようにすることが求められているために、ウイルキンスさんは栽培場所のドアに南京錠を取り付けたが、彼らはその鍵を渡すように要求してきた。また、収量を最大化するためには成育状況を頻繁に観察する必要があるが、場所を訪れる度に知らせることも要求してきた。

    やっとの思いで収穫までこぎつけたが、刈り取った植物を乾燥させて処理する場所の使用料として、収量の20%までも要求された。


    医師たちの困惑

    現在の医療カナビス・プログラムが具体化して以来、保健省は医師たちにカナビスの監視員の役割を果たすように強要してきた。しかし、医師たちは、カナビスの複雑さや摂取の方法、副作用などについては直接的な情報をほとんど持っていないために、現実には、患者の申請書類に署名することを躊躇するのが普通になっている。

    アイランド・ハーベストのエリック・ナッシュ代表は、「患者さんたちの苦情で最も多いのは、カナビス医療の使用を推薦してくれる医師を見つけることができないことなのです」 と言う。

    しかしながら、医師たちのためらいは、法的に中途半端なカナビスを処方することに対する懸念よりも、しばしば保健省の官僚的な手続きに関わりたくないということのほうが大きな原因になっている。

    最近ではカナダ医師会も、医療カナビスが患者の生活の質を高めるのに効果的な役割を果たしているという認識が序々に受け入れられつつあるが、2003年に、当時のダナ・ハンソン会長は、「医師としては、十分な科学的裏付けや安全や効果の情報もない薬の門番になるわけにはいかない」 と述べている。

    だが、こうした医師会の常套句に対しては、普段医師たちが処方している医薬品であっても、それを製造している製薬会社が提供している以上の知識は持ち合わせている医師はほとんどいないではないかという批判もある。

    また、カナダの医師の95%が加入していると言われる医師賠償保険組合では、医療カナビス使用患者からの法的訴えを回避するために、いまだに免責同意書を医師たちに送付している。このような書類は、バリウムやコデインなどの中毒性で危険な医薬品を処方するときにさえ求められていない。


    停滞するカナダの医療カナビス研究

    2008年1月、ドラッグ戦争が続くアメリカでは、12万4000人の医師が加入しているアメリカ内科医師会が、カナビスの医療可能性を探る総合的な研究に実施を支持するポジション・ペーパーを発表したが、次のように結論を書いている。

    「エビデンスは、医療カナビスがある特定の病状に有効であることを示しているばかりではなく、カナビノイドが多数の疾患に有効であることも示唆している。カナビノイドの医療価値とその最適な投与法を調べるために、さらなる研究が必要となってきている。」

    だが、カナダでは、2006年にハーパー新政権が400万ドル医療カナビス研究予算をすべてキャンセルしてしまい、医療カナビスの治療価値を探る研究が当分は行われそうにない情勢になっている。

    こうした流れのなかで、保健省とそれを操る政治家たちは医療カナビスを禁止論者の視点からしか見ようとせず、政府のカナビスの配布に当たっては必要以上に細かい管理を強いている。こうした過剰なコントロールは、医師たちが、カナビス医療利用規則を振りかざす官僚体制と向き合うことを躊躇わせる結果を招いている。

    また、保健省は、ここ2、3年にわたって医師に直接電話を入れて、患者への処方量を1日5グラムまでにするように「指導」するようになった。こうした動きに対しては、医師も患者も自分たちのプライバシーへの不当な侵害だとして非難している。


    介入を深める保健省

    しかし、保健省の介入は意図的に行われていることも明らかになっている。

    2007年3月にカナディアン・フォー・セーフアクセスが情報公開法を使って入手したやり取りの中で、カナビス医療利用課の事業部門のマネージャであるバリー・ジョーンズ主任がロナルド・デナウルト課長に対して、「私も、プログラムを改めるよりも、われわれの影響力を強めることのほうが良いと思います」 と応えている。

    こうした方針にもとづいて、保健省は、医師に対して影響力を強めるために、医療カナビスの処方量を下げるように盛んに働きかけている。勧告では1日の処方量を1〜3グラムとしているが、その理由として、医療カナビスの効果についてはほとんど分かっていないからだと主張している。

    実際、ビクトリアのジャーソン・ウイルコックスさんが2007年11月に受け取った手紙の中で、デナウルト課長は、「カナビスの使用に医療価値があるかについては、また科学的には証明されていません」 と書いている。

    だが幸いなことに、カナダの医師たちは、保健省の言い分だけを聞いているわけではなく、医療カナビスが患者に恩恵をもたらしているという事実に目をそむけたりはしていない。そのために、医師たちの中にもコンパッション・クラブのプログラムを積極的に支持する人が出始めている。

    バンクーバーアイランド・コンパッション・ソサイエティのフィリップ・ルーカス代表は、「コンパッション・クラブのプログラムでも保健省と同じように患者さんに医師の推薦を求めています。コンパッション・クラブは準合法的なものでグレーエリアであるにもかかわらず、医師たちは保健省とのやりとりや介入を嫌って、われわれの書類にサインするようになってきています」 と語っている。


    ゆっくりだが、時代は確実に変わりつつある

    カナダ政府はカナビスに対して執拗に攻撃を加える姿勢を変えようとはしていないが、医療カナビスはゆっくりではあっても、着実に社会に受け入れられつつある。レスブリッジ大学の社会学者であるレジナルド・ビビー教授が2006年に行った調査では、93%のカナダ人が、病気の治療にカナビスを合法的に使えるようにすることを支持している。

    しかしながら、公共政策とそれを取り巻く政治家たちは、悲惨なまでに時代に取り残されたままになっている。だが、西側諸国でカナビスが広く使われ始めた1960年代に青春を謳歌したベビーブーマーたちは、この何十年かで老いて病気になっていく。こうした時代を向かえてさまざまな変化が出てくることはまちがいない。

    アイランド・ハーベストのエリック・ナッシュ代表は、「ベビーブーマーが自分の薬を自分で選ぶという基本的な権利を行使し始めれば、社会のファンダメンタルな部分にも変化が及んでいくと思っています」 と話している。

    とは言っても、科学的データではなくイデオロギーで社会政策を構築することに血道を上げる政府に挑んでいくことは、苦しい戦いになることは間違いない。

    ティム・ウイルキンズさんは、カナビスの医療的恩恵を身を持って知っていても、法的にカナビスを使う権利があることが分かっていても、病と痛みの中で生きている普通の人間にとっては、物陰から正面切って表に出て行って闘うことなど恐くてとてもできないと言う。