4.1 用語
大麻は、植物Cannabis sativaのいくつかの精神活性の調剤品を意味するのに用いられる一般的用語である。大麻の主な精神活性成分は、Δ-9-テトラヒドロカンナビノール(THC)である。THCと構造的に類似している化合物は、カンナビノイドと称される。さらに、最近特定された構造的にカンナビノイドと異なるが、それでも薬理学的特性の多くを共有するいくつかの化合物を付け加える。メキシコ語の'malifana'は、多くの国で大麻の葉あるいは他の天然の植物原料に言及する際に頻繁に用いられる。未受粉の雌株はシンセミーリャと称される。大麻植物の花の咲いている最上部からの樹脂はハシッシュと呼ばれる。大麻油(ハシッシュオイル)は、天然の植物原料あるいは樹脂の溶媒抽出によって得られるカンナビノイドの濃縮物である。
4.2 大麻とさまざまな調剤品
大麻は少なくとも60のカンナビノイドを含んでおり、それらのうちのいくつかは生理活性である。最も関心のある化合物は(-)トランス-Δ-9-テトラヒドロカンナビノール(以下では、特に明記しない限り単にTHCと称される)であり、それは植物中で最も強い効力を有するカンナビノイドある。カンナビノイドもまた、カルボン酸誘導体(例えばtetrahydrocannabinolic acid)の形で、植物中に存在する。THC含有量とカンナビノイド構成は、品種と生育条件によって広く異なることが知られている。大麻のTHC含有量は一般的に0.5~4パーセントの範囲である(Huestis et al., 1992)。大麻油、ハシッシュとシンセミーリャは、全て平均的植物原料にまさるTHCの濃度を含む。シンセミーリャは、7~14パーセントのTHC濃度を持つ可能性がある。ハシッシュのTHC含有量は一般に2~8パーセントの範囲であるが、10~20パーセントと同じくらい高い可能性もある。大麻油の中のTHCの濃度は、15~50パーセントの間で変化する。大麻のTHC含有量に関する関心は、最近の屋内の水耕法の栽培技術の進歩によって更新された。たとえば、これらの成果は、オランダの麻、いわゆる'Netherweed'において、THC含有量を20パーセントと同じくらい高い濃度に高めた。
服用量
一般的なジョイントは、0.5~1.0gの大麻草物質を含み、THC含有量は5~150mgの間でさまざまに変化するであろう(すなわち一般的に1パーセントから15パーセントの間で)。喫煙で摂取されるTHCの実際の量は20~70パーセントと推定され、残りは燃焼あるいは副流煙を通して失われる。マリファナタバコから被験者へのTHCの生物学的利用能、(タバコの中のTHCの血流に達する割合)は5パーセントから24パーセントと報告されている。これらの変数の全てがあれば、喫煙によって吸収されるTHCの実際の服用量が簡単に定量化されるわけではない。
一般に、少量の大麻(例えば2~3mgのTHCが利用できるような)は、時折のユーザーに短時間の快いハイを生み出すことをもたらし、そして、一本のジョイントは2人または3人の個人に十分であるかもしれない。重度の喫煙者は1日につき5本以上のジョイントを消費するかもしれず、ジャマイカの重度の使用者の間では、たとえば1日につき420mgのTHCを消費するかもしれない。THCの治療的な可能性を評価するために計画された臨床試験では、一回の服用量は、カプセルの形で最高20mgの範囲
に設定された。人間の実験的な研究では、10、20と25mgのTHC量が、中程度から高い量へと徐々に投与された。
大麻の曝露の薬理学的、毒物学的な結果は、植物中の非常に多くの成分の原因によるものとみられる。そのうえ、大麻喫煙は、多数の熱分解による生成物の形成を生じる。気化した段階は酸化窒素、一酸化炭素、シアン化水素とニトロソアミンから構成され、そして、微粒子の段階はフェノール類、クレゾール類、多環芳香族炭化水素類を含む多くの既知の発癌物質を含有する。喫煙の間、tetrahydrocannabinolic acid(それは精神活性を欠く)はTHCに変わり、こうして大麻の効力を増す。
4.3 合成カンナビノイド
カンナビノイドが中枢神経系で引き起こす影響のメカニズムを研究するために、多数の構造変化が、THC分子でなされた。THCへの小さな構造変化は、深くその精神状態に影響する力を変える;これは、作用の非常に特殊なメカニズムを示す。さらにまた、組織的構造修正は、THCよりかなり強力である新しいカンナビノイドの開発という結果をもたらした。顕著な例は、二環式アナログCP 55,9402(*2)と11-hydroxy-dimethylheptyl-Δ-8-THCを含み、後者はTHC自体より数100倍強力である。効力の強化に加えて、これらの合成は、明確にTHCの構造と異なる、いくつかのカンナビノイドの開発を導いた。構造の多様性と強化された効力の開発にもかかわらず、これら全てのアナローグは、THCの行動に関する影響の完全な捕体を生じる。
*2 この化合物の化学名は、(-)-cis-3-[2-hydroxy-4-(1,1-dimethylheptyl)phenyl]-trans-4-(3hydroxypropyl)-cyclohexanol である。
4.4 受容体
カンナビノイドアナローグの構造的な必要条件の認識は、脳におけるカンナビノイド受容体(レセプター)の探索を促した(Howlett et al., 1990)。有力な二環式カンナビノイドの放射標識された形態を用いて、Devane他(1988)は、3つの主要な特徴によって表される結合部位を特徴づけることができた:カンナビノイドアゴニストは高親和性で結合し、非カンナビノイドは結合しなかった、しかも、この部位は脳において非常に高い存在量で存在した。
さらに、Compton他(1993)は、作用の受容体に基づくメカニズムの必要な基準、受容体との親和性とさまざまな化合物の生物学的効力との間の非常に高い相関関係を示した。
この受容体は、人間を含むさまざまな哺乳類の種を通して類似したパターンで、脳のさまざまな領域に特異的に分布している。大部分の受容体は、大脳基底核、小脳、大脳皮質と海馬に存在する。この分布と大麻のいくつかの作用の間にはおおよその相関関係が存在するように見える。たとえば、海馬と皮質の結合部位は認知機能における大麻の繊細で神秘的な作用と関連があるかもしれず、一方大脳基底核と小脳のそれらは大麻によって引き起こされた運動失調と関係するかもしれない。
脳のカンナビノイド受容体に加えて、末梢型受容体は、脾臓内のマクロファージで特定された。末梢型受容体は、脳の受容体とは構造的に異なる。この観察は、他のまったくユニークな機能的な役割の受容体サブタイプが存在するかもしれないという可能性を示唆するので重要である。
4.5 内在性リガンドと内在性カンナビノイドシステム
カンナビノイド受容体の内在性リガンドは、最近特定された(Devane et al., 1988, and 1992)。
アナンダミドとして知られるそれは、いくつかの薬理学的分析における大麻の作用と類似した作用をするように見えるが、Δ-9-THCよりはるかに強力でなく、より短い持続時間しか持たない。
アナンダミドが、神経伝達物質または神経調節物質としての働きをするためには、適当な合成と代謝の経路がなければならない。合成は、ネズミの脳のホモジェネートで起こることが示された。アナンダミドは、脳、肝臓、腎臓と肺を含むさまざまな組織によって分解される。アナンダミドタイプの化合物の仲間が存在するかもしれないと言う証拠が判明している。
最近の神経科学における進歩がカンナビノイド神経化学システムの存在を示唆するが、脳でのその役割や他の神経化学システムとの関係は解明されていない (Mechoulam et al., 1994) 。今までのところ、主要な機能的な役割のための直接的な証拠はない;それは、したがって、内在性カンナビノイドシステムが機能において主に神経調節性であるということかもしれない。カンナビノイドシステムの操作の結果は、現在は推測的であるに過ぎない。脳における受容体の局在性とカンナビノイドの薬理学的作用に基づいて、少し例を挙げれば、認知、記憶、報酬、痛みの知覚や運動協調性での役割を予知することは、合理的である。現在、どのような範囲の大麻の使用が内在性カンナビノイドシステムを調節するプロセスを変えるかどうか明らかにされないままである。
4.6 アンタゴニスト
脳におけるカンナビノイド受容体のアンタゴニストの働きをする実験的な化合物が特定された(Rinaldi-Carmona et al., 1994)。この化合物は、カンナビノイドの薬理学的作用を防ぐか逆にする。それはカンナビノイド受容体に高度に選択的であるように見え、他のさまざまな脳の受容体とは結合しない。
このアンタゴニストの発見は、中枢神経系でのカンナビノイドの機能的な役割を研究するための価値ある手段を提供する。
4.7 薬物動態
THCは経口摂取より喫煙による摂取のほうがより速く吸収される。各々の一服は、肺の肺胞嚢を囲んでいる毛細血管のベッドを通して循環系に届けられる薬の小さな大量瞬時投与を意味する。Huestis他(1992)は、大麻タバコ(1.75パーセント~3.55パーセントのTHC含有量)を吸っている人で大麻喫煙の一服の後でTHCの検出可能な量の計測(7~18mg/ml)を報告した。被験者間でかなりの可変性があったが、経験豊かなユーザーが1.32、1.97と2.54パーセントのTHCを含んでいる大麻タバコを喫煙したときには、ピークの濃度で100mg/ml以上 (Ohlsson et al., 1980; Perez-Reyes et al., 1982; Huestis et al., 1992)に達することが明らかになった。明らかに、喫煙の力は、どれくらいの薬の量が吸収されるかについてかなりの影響を与える。一服の回数、間隔、保持する時間と肺気量が、この可変性に寄与する。
大麻は耐性がない人によって喫煙されたとき、生理的、行動性の影響は速く現れる。Huestis他(1992)は、ピークの効果は低い(1.75パーセント)または高い(3.55パーセント)用量のシガレットの喫煙の開始から17.4±4.8と13.8±4.2分後に起こると発見した。最大の効果は、大麻喫煙の最後の一服の後の4~6分の範囲に記録された。
THCの血漿中濃度は、その高い脂溶性に従って脂肪組織に薬が再分布して速く下降する。ピークの血中濃度とピークの薬理効果の間の遅れは、中枢神経系への侵入と、以降のTHCの脂肪組織による迅速な取り込みとの遅れと関係がありそうである(Barnett et al., 1982; Barnett et al., 1985)。
一般に、行動性、生理的影響は、使用の4~6時間後にはベースラインレベルに戻る。THCの血中濃度は薬によって引き起こされる影響の前にピークに達し、そして、THCの血中濃度と薬理学的影響の間の分離を導く。この時間の不一致が研究者に生物の流体と組織でのTHCとその代謝物質を測るための技術を向上させ(Cook, 1986; King et al., 1987; Gjerde, 1991)、THCの濃度と大麻によってもたらされる生理的、行動性及び遂行能力の変化との間の関係を確立する薬物動態学的/薬力学的モデルを開発することを導いた(Chiang & Barnett, 1984)。
4.8 研究の不足
内在性カンナビノイドシステムの果たす役割を構成する、さまざまな神経化学的プロセス(例えば合成、放出、不活性化、貯蔵、その他)を特定することは、このシステムの生理的役割を発見するために重要である。この知識は大麻の使用が内在性システムをどのように変化させるのかどうかを理解する基礎となるであろう。もう一つの優先事項は、多様な構造的特徴を持つカンナビノイドアゴニストとアンタゴニストの有力な範囲の開発である。これらは、潜在的な治療的カンナビノイド剤の開発を探るために必要である。血中カンナビノイド濃度と行動に関する影響の関係を明らかにさせ、慢性的な使用の薬物動態学と子宮内曝露に引き続く胎児性代謝をよりよく理解するための継続的な努力がなされなければならない。